123話 虫取
夏らしい話を書きたくて書きました。
「私以外の人類滅びないかなぁ」
「やさぐれ過ぎでしょう」
洒落おつ(死語)なオープンカフェでお茶を飲みつつ、行き交う人々を眺めながらぼやくと、隣のゴルデに嗜められた。
「仮にも勇者が使う言葉じゃないでしょうに…」
「勇者?誰が?」
「あんたでしょう……」
そう言えばそうだ。それらしい活躍しなさすぎて、すっかり忘れてた。
「すっかり忘れてたって顔してるわね……」
「忘れてたわ。勇者らしいことなんてした覚えないからね。あっ、でも糞ゴリラと牛野郎共を倒したのは勇者らしいかな?」
「あれは一応は守るべき人類でしょう……。見た目と力は魔族よりだけど……」
疲れたようにため息を吐くゴルデだが、疲れたのは私の方だ。あの無駄に耐久力と持久力に優れた化け物共を行動不能にするのにどんだけ苦労したことか……。
「そういや、魔族と言えばアリスとも戦ったわよね。まあ、アリスなんかよりも、よっぽど牛とゴリラの方が手強かったわ」
「やめてあげて。膝付いて泣いてるわよ」
なんかはしっこでアリスがシクシクと泣き始めた。
泣きたいのはこっちだわ。あの二股野郎のせいですっかり気落ちしてしまった。なんにもやる気が出ないし、気持ちがすっかり沈んでしまっている。
クソッ……一発で済ますんじゃなく、何十発も殴っときゃよかった。そうすりゃ、多少は気が晴れただろうに……。
※尚、ドランくんは全治1ヶ月の重症で入院中です。
「ああ……癒しがほしい。とは言え、なんか身体も動かしたい。なんか、ほのぼのとした依頼でも受けてリフレッシュしようかな?」
「スポーツ感覚?あんたは依頼をなんだと思ってるの……」
ゴルデは呆れたように私を見つつ、紅茶を一口飲んでからため息を吐いた。
「で?どんな依頼を受けるつもり?」
なんだかんだで面倒見がいいんだよな、ゴルデは。悪い男に簡単に引っかかるタイプだわ。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「いや、別に。で、依頼だけど、あれかな~。なんか子供の依頼とか受けたいなぁ」
「子供の依頼?なんで?」
不思議そうするゴルデに、私は保温材杖をつきながら遠い目をしながら語った。
「いや、子供からの依頼なんて、なんかほのぼのとしてるじゃん。それに、依頼を達成した後なんか、きっと無邪気に喜んでくれたりしそうじゃん?それがなんか……失われた私達の純粋さを思い起こさせてくれて懐かしくなるじゃない。こんな愚かで無知な時期もあったんだなってさ……」
「あんた、性格が段々と歪んできてない?」
ゴルデが化け物でも見るかのような目を私に向けてくる。失礼だな。
「それならばちょうどよい依頼があったぞ」
そう言って、洒落乙なオープンカフェにそぐわない容姿をしたザッドハークが一枚の依頼表を出してきた。
「どんな依頼?」
「どれどれ、えーと……依頼主はトーマスくん八歳か。内容は、『こども虫相撲大会で優勝したいので、つよい虫を捕まえてきてください』だってさ」
「虫の捕獲依頼か。ハッ!実に子供らしい」
「あんた今の顔を鏡で見て見なさいよ……」
なんかゴルデが更には呆れたような顔をしているが今は無視だ。虫だけに。
さて、依頼は虫の捕獲か……。確かにほのぼのとしているし、森に行ったりすれば多少の気分転換にはなるかな。
「いいんじゃない?その依頼受けようか」
そう言うと、ゴルデが意外そうな顔をした。
「へえ、受けるんだ。てっきり虫が嫌だとか言って断るもんだと思ってたわ」
「山間部育ちを舐めないでよ。虫なんて隣人みたいなもんよ。何度、自転車でやぶ蚊の群れやらクモの巣に顔を突っ込んだことか……。おかげで虫は慣れっこよ」
「虫に慣れているということと、前方不注意の猪突猛進な性格であることは理解できたわ」
猪突猛進なんて失礼な。ただ、よく前を見ずに突っ込んだだけよ。
「しかし、ザッドハークにしてはいい依頼を取ったわね。どういう風の吹き回し?」
「依頼を達成した後、無知にして無邪気な幼子の尊敬の眼差しを受けて悦に入るのも一興かと思うてな」
「歪んでるわね……」
「あんたもよ」
という訳で、私達は依頼を受けることにした。
◇◇◇◇◇
「まあ、そんな訳で近くの森に来た訳だけど……」
「フム。今日は少々暑いな……」
「そんな黒い鎧を付けてれば尚更ね……」
「なんでアタシが虫捕りなんて……」
「モウ、諦めマショウ……」
依頼の為に集まったメンバーは、私・ザッドハーク・ゴルデ・アリス・イシヅカの五人だった。
「なんか珍しい組み合わせになったわね……」
「そうね……。シルビは魔法道具の買い出しで、ブロズも装備品の新調で来れなかったけど、ハンナ達はどうしたの?」
「ハンナとゴア姐は小さい虫は苦手でパス。アベッカはペトラと世界の剥製展でデート。ジャンクさんと村長は先日の件で引きこもってて、ミロクは童貞狩りに出掛けたわ」
「ミロクは絶対に止めなさいよっ!?」
ゴルデが慌てたように叫ぶも後の祭りだ。今頃は次々と童貞の花が散っていることであろう。
というか、何気に一番ピンチなのはペトラだと思うんだけど。
今更言っても仕方ないかぁ。
「まあ、いいじゃない。それより、依頼の虫だけど、どんな虫がいいのかな?」
「よくはないけど、今更ね……。虫相撲って書いてあったし、定番ならカブトムシとかクワガタじゃないかしら?」
カブトムシにクワガタって普通にこっちでもいるんだ。
「へぇ。異世界にもカブトムシやクワガタっていたんだ。……ついでに参考までに聞くけど、角があって黒っぽくて、手のひらサイズのやつのことよね?触手とか人の手足が生えてたり、無駄にでかかったりしないわよね?」
「生えてる訳ないじゃない……」
何言ってんだコイツ?って顔してるけど仕方ないでしょ。名前は同じだけど、姿形が違うっていうのは異世界あるあるなんだし、先に聞いとかなきゃね。
「して、どうやって虫を捕るのだ?我はこのようなことには不得手故に、教えてくれぬか?」
ザッドハークがそう聞くと、ゴルデは手にした袋から何かの果物を出した。
「定番はこれね。果物なんかを置いたり、木に蜜を塗ったりして、それを食べにきたカブトムシなんかを捕獲するのよ」
「へぇ~。そのために果物持ってきたんだ。カブトムシなんてパチンコ屋の駐車場のライトやら、自販機の照明に勝手に集まってくるから、それを捕まえりゃいいと思ってたわ」
「パチンコヤって何よ……?」
尚、パチンコ屋の駐車場のライトに集まる虫の場合、結構な確率で車に潰されて悲惨な状態になってることがあるので注意を。
「こっちの話。んで、この果物を仕掛けて待てばいいのかな?」
「そうなるわね。今の時間じゃ活動はしてないだろうし、朝方に見に来るのがベストじゃない?」
「そうね。それでいいんじゃない。でも、早起きか……きついわぁ」
ほのぼの依頼で癒されるはずが、そんなほのぼのしてなかったわ。でも、今更依頼を断るのもあれだし、明日ぐらい早起きしなきゃな~。メンドイ。
そんなことを考えていると、アリスが恐る恐るといった様子で小さく手を上げた。
「んっ?何?なんか質問?」
「あっ、はい。ちょっと聞きたいんですが……」
そう言ってから、アリスは首を傾げた。
「そもそも、カブトムシってなんですか?」
「「えっ?」」
私とゴルデは一瞬唖然とした。
「えっ?カブトムシ知らないの?」
「いや……はい。ハンソデバクダンムシなら知ってますが……」
「逆にナニソレ?イシヅカはカブトムシ知ってる?」
そう聞けば、イシヅカも首を傾げた。
「儂も知らんデスね。ハンソデバクダンムシは知ってますが……」
「だからナニソレ?」
ハンソデバクダンムシは知っててカブトムシは知らないって何?ハンソデ着て爆発でも抱えてるのか、その虫は?
「もしかして、魔族の住む土地にはいないんじゃないの?魔族が住む場所って確か魔力が濃い土地だし、普通の虫や動植物は生息できないのかも…」
「へぇ~そうなんだ」
ゴルデの説明に素直に感心した。
魔力が濃いと普通の生物は住めないのか~。知らんかった。勉強になるわ。
「ということは、そのハンソデバクダンムシってのは普通じゃないだね。参考までにどんな虫?」
「半袖の服着てないと爆発を投げつけてくる虫よ」
「うん、普通じゃない」
「タダ、奴らの住む場所ハ、蚊やらダニとイッタ小さな虫が多いンダよな……」
「爆発待ったなしね」
そんな場所、普通は長袖着て肌保護するわ。
そして、魔族の土地行きたくないわ~。
「それで、その……カブトムシだっけ?それはどんな虫なのよ 。捕まえようにも姿を知らないんじゃ、どうしようもないから教えて」
意外にも乗り気な感じのアリスに私は目を丸くした。
「意外ね。結構グチってたし、乗り気じゃないのかと」
そう言うと、彼女はジト目で私を見た。
「……乗り気じゃないわよ。でも、やらないと首輪を発動させるでしょう……?」
「バレたか……」
「この悪魔がっ?!」
悪魔に悪魔と言われるとは。光栄だと思うべきだろうか。
「まあ、カオリ。せっかく手伝ってくれるんだし、そんな簡単に首輪を発動しないであげてよ?」
「私だって鬼じゃないから分かってるわよ。あっ、でも時折ムシャクシャしたり暇な時は発動させたりしてるなぁ……。こう、ストップウォッチで十秒ピッタリを目指して止める、手遊び的な感じで?」
「生死を分けることを遊び感覚でやるな?!」
「「時々カチカチ音すんのそれかぁぁぁぁ?!」」
ゴルデとアリス達が絶叫してくる。
そんな叫ぶなよ。虫が逃げるだろ。
「まあまあ。本当に発動させる訳じゃないし安心しなよ」
「全く安心できない……」
「胃がキリキリと痛イ……」
急に二人共落ち込んじゃったなぁ。まあ、私が原因なんだけど。
「んで、話がそれたけどカブトムシの特徴だっけか?んーと、私が知ってるのは黒光してる重厚な甲殻に覆われた身体で、頭の先端には長くて二股に分かれた角があるやつなんだけど……こっちの世界のも姿は合ってるかな?」
「合ってるわ」
どうやら、こっちの世界のカブトムシも日本のものと遜色ないようだ。これなら見つけるのも楽そうだな。
そう思った瞬間……。
「?……その特徴なら、あれのことですか?」
そう言って、アリスが私の背後を指差した。