122話 ドランのフラグ回収
ギルドの扉を勢いよく開けて入ってきたもの。
その人物を見て、俺は言葉を無くした。
その人物……。それを一言で説明するのなら…ゴリラだった。
身長は優にニメートルを越え、浅黒い肌で筋骨隆々の屈強な身体付きをしている。古傷があちこちにあり、背には使い込まれた巨大な槍を背負っており、一目で歴戦の強者と理解できた。
顔つきは、完全にゴリラのそれであり、髪型は爆発したかのようなアフロヘアーをしている。
しかし、髪型や体型は問題ではない。俺が言葉を無くしたのは、その格好である。
その人物は、何かの魔獣の皮で作ったであろうブラとパンティーだけという、扇情的……な欠片など一切感じない、誰特な格好をしていた。
いや、もしかしなくてもあの格好……女性……なのだろうか?
よく見れば、確かに胸があるように見える。しかし、胸筋がすごすぎて、乳房なのか筋肉なのか判断がつかない。本当に女性なのか?女装してる男とか?そっちの方が現実味があるのだが……。
そんなことを考えながら彼女?を見ていると、彼女?は辺りをキョロキョロと見回した。
そして……。
「コノ中ニ、ドラントイウ男ハイルカ?」
と、大声で叫んだ。
「えっ……?お、俺?!」
唐突に名を呼ばれて驚き、つい声を出してしまった。すると、ゴリラは俺へと目を向け、ドスドスと足音を立てながら近付いてきた。
「オマエガドランカ?」
ゴリラは俺の目前で止まると、こちらを見下ろしながら厳かな口調で聞いてきた。
その圧倒的迫力に圧され、コクリと頷く。
「ナルホドナ……」
ゴリラは暫し値踏みするような目で俺の頭から爪先までを見た後、ニッコリと笑った。
「あ、あの……」
「フン!聞イテタ通リダ。見タ目ハヒョロイガ、ソコハ鍛エレバイイダロウ。顔ツキハ中々可愛ラシイシク私好ミダ!」
舌をペロリとしながら捕食者の目で俺を見てくるゴリラに、思わず身震いした。
というか、声は無駄に高いので本当に女性らしい。
って、そうじゃない!鍛える?好み?な、何を言ってるんだこの人は?意味がわからない!面識はないはずだし、だ、誰かと人違いをしてるんじゃないか?
「あ、あの……誰かと勘違いしてるのでは?」
思いきってそう尋ねると、彼女は不思議そうな顔をした。
「イヤ、勘違イデハナイ。名前モ特徴モ聞イテタトオリダ」
「き、聞いていた通り?だ、誰にです?」
「私ノ弟……ボビーニダガ?」
「はっ……?」
ボビー?ボビーって昨日、俺に色々と助言をくれた親切な人にして、カ・オリーさんの弟のボビーさんだよね?えっ……弟?この目の前にいるゴリラの?どゆこと?
俺は意味が分からず困惑していると、目の前のゴリラは構うことなく俺の肩を掴んできた。
「ボビーカラ聞イテルゾ!私ニ惚レ、求婚シタイトナ!中々ニ見所ノアル男ダ!ソノ申シ出ヲ、喜ンデ受ケヨウ!」
頬を微かに赤らめ、上気した息を吐きながら欲情した視線で俺を……いや、俺の股間を見るゴリラ。
俺が最大限の危機感と困惑の狭間でパニック状態になっていると、背後から声が聞こえてきた。
「カオリ、これは何の騒ぎぞ?」
見れば、いつの間にかカ・オリーさんの横になんか黒くて、でっかい奴が佇んでいた。
「ザッドハーク……。帰ったの。他の奴らは?」
「天に帰った」
「そう…………」
「どうした?妙に暗いが?」
な、なんだ!?あの黒くて、でっかい骸骨騎士は?カ・オリーさんの名を呼んでし、妙に親しげだけど、彼女と一体どんな関係…………んっ?というか、黒くて、なんかでっかいやつ?
「あ、あの……失礼ですが、あなたは一体?」
「我か?我が名はザッドハーク。ここにおるカオリの仲間よ」
その瞬間、俺の中で様々なピースが合わさった。
ま、まさか……冒険者の人が言ってた『黒くて、なんかでっかいやつ』ってのはボビーさんのことではなく、この骸骨騎士のことなのか?!
ということは、カオリさんはカオリさんで正しく、ボビーさんが言っていた姉のカ・オリーさんというのは可憐な方じゃなく、この目の前のゴリラ…………。
俺がその考えに至って唖然としていると、ガッと力強く両肩を捕まれた。
「ナニヲボッートシテル!マズハ皆ノ前デ誓イノ口付ケヲスルゾ!ソノ後ハ、ソコラノ宿デ子作リダ!子供ハ最低デモ十人ハ作ルゾ!ウッホッホッ!」
そう言って、ゴリラことカ・オリーが分厚い唇を近づけてきた。
「う、うわぁぁぁぁ?!い、嫌だぁぁ!助けてカ・オリー……じゃなくカオリさーん!」
俺はカ・オリーから逃れようと必死に手を伸ばす。そして、カオリさんへと助けを求めようと視線を向け…………後悔した。
そこには真っ赤なオーラを全身から放出させ、修羅の如き形相で俺を睨むカオリの姿があった。
「……あ、あの……カオリ……さん?」
「ほう……既に他の女がいながら堂々と二股をしようとするとはな。そっちが本命で私が2号さんということか……。私も舐められたものだな」
「あ、いや……違う……違うんです?!」
とんでもない誤解をされ必死に弁明をするも、カオリさんは聞く耳を持ってくれなかった。
カオリさんはゆっくりと着実に俺へと近づいてくる。そのカオリさんが歩いた後の足跡は、何故かメラメラと燃えていた。
「これほど馬鹿にされたのは初めてだよ……。腸が煮えくり返って身体が燃えそうだよ……」
実際、カオリさんの背からは炎がメラメラと燃え上がっていた。
「ま、待ってくれ!俺の話を……」
『いけぇぇぇカオリ!そんな二股糞野郎をぶっ飛ばしちまえ!』
『それでこそカオリよ!!そんな奴は股間を砕いて去勢してしまいな!!』
「私は信じておりましたぞ総統閣下!!そんな総統のお心を乱す輩は成敗してくだされ!」
「そのような不埒な輩、二度と顔を出さぬように徹底的にやってくだされい!!」
「このクソッタレ共がぁぁぁ!?」
弁明の声を遮るように、ここぞとばかりにあの四人が罵詈雑言を浴びせてきた。
そして、それに呼応するようにカオリさんの背から噴出する炎の勢いが増していった。
更に……。
「『』超怪力巨獣化』!モード『憤怒の粧』!」
カオリさんがそう叫ぶと同時に、彼女の身体が急速に大きくなっていく。やがて、カオリさんはカ・オリーと同等……いや、それ以上に筋骨隆々の肉体と、赤い肌をした修羅へと変貌した。
「カ、カオリ……さん……ですか?」
あまりの変わりように困惑しながらも、なんとかそう聞く。
すると、カオリさんはゆっくりと頷くと、拳を構えた。
「あ、あの……そ、それは……?」
「我の拳が真っ赤に燃ゆる。二股男を裁けと叫ぶ」
そう呟くと同時に、カオリさんの拳が燃え上がった。
「ちょ……まっ────」
「地の果てまで飛んで燃え尽きよ!!罵亜任愚乙女武狼!!!」
止める間もなく、振り下ろされたカオリさんの燃え上がる拳が、俺の右頬へと突き刺さった。
「ブホオオオオオオ?!」
凄まじい衝撃と激痛が全身を襲った感覚を最後に……俺は意識を失った。
◇◇◇◇
カオリの放った拳は、寸分違わずドランの頬を貫いた。
「ブホオオオオオオ?!」
ドランはたまらず絶叫を上げながら吹き飛び、そのままギルドの天井をぶち破ってどこかへと消え去った……。
その場に残されたカオリは、拳を振り下ろした態勢のまま静かに、そして小さく……。
「去らば。我が恋よ」
と、呟き、一粒の涙と共に、失恋の悲しみを洗い流した。
こうして、ドランの初恋とカオリのモテ期到来の物語は何だか歯切れの悪いままに終わりを迎え……。
「テメェェェ!私ノダーリンニナニシテクレルンダァァァ!!」
なかった。
ドランを殴り飛びされたことに怒り狂ったのは、自称ドランの彼女であるカ・オリーであった。
彼女は怒りに身を震わせながら、目の前にいるドランを殴った犯人たるカオリへと掴みかかった。
「うるせぇぇぇ!この糞ゴリラが!!」
が、カオリもカオリでカ・オリーの腕を正面からガッチリと受け止めた。
「このゴリラが!!テメェェェも同罪だぁ!ここで完膚無きまでにぶっ飛ばしてやらぁぁ!」
「コッチコソ、ダーリンヲブン殴ッタテメェヲ許サネェ!徹底的ニトッチメテヤル!コノゴリラガァァ!」
「あ゛あ゛?!テメェェがゴリラだろうが?!」
「誰ガゴリラダ?!テメェノガゴリラダロ?!」
「鏡見てから言えや!!どっから見てもゴリラ顔してんだろうが!?」
「フンッ!!醜イ嫉妬ダナ!自分ノ顔ニ自信ガ無イカラト、他者を貶メル……カ。モテナイ女ハ辛イナァァ!!ガハハハハ!!」
「?!……ぶっ殺す!!」
互いに腕を掴み合い、ガップリと押し合うカオリとカ・オリー。周囲には闘気がバチバチと迸り、床は二人の重圧に耐えきれず陥没していった。
「ちょ?!カ、カオリ落ち着い──」
「ブモオオオ!!ここに男は逃げ込んでないか!なんか黒くて、でっかい奴ぅぅぅ!!」
「うわぁぁ?!なんか牛顔の奴らが乱入してきたぁぁぁぁ!?」
「ぬおっ?!奴ら、このような所まで?!」
「あんたの知り合いなの?!カオリだけで手一杯なのに、何を引き連れてきて───」
「カオリ?カオリだと!!逆ハー築いてるっていう、糞野郎か?!」
「どこ?どこにいるの、そのカオリって女!?そんら不埒な奴、アタイ達が成敗してやるわ!」
『カオリならあそこにいるわ』
「ありがとう、可愛いお人形さん。で、あれがカオリ?どっち?!というか……」
「「「どっちもゴリラじゃねぇぇか?!」」」
「あ゛あ?!誰がゴリラだゴラァ!?」
「失恋ナ牛野郎ネ!大人シク草デモ反芻シテナ!」
「ああ゛?テメェら牛舐めてんのかゴラァ?!」
「筋肉で胸盛ってるような糞ゴリラが!!牛舐めてたら母乳に沈めるぞゴラァ!!」
「上等!纏めてかかってきな!全員、かるび焼き肉定食にしたるわ!!」
「吐いた唾飲まんときやぁぁぁぁぁぁ!!」
「や、やめ?!ここで暴れな……」
「もう、めちゃくちゃだぁぁぁ?!」
「誰か止めてぇェェェ!!」
こうして、カオリとカ・オリーとミノタウルス姉さん達の筋肉娘による三つ巴の不毛な戦いは、朝方まで続いたという……。