117話 それは突然に訪れた想い
昼頃、ギルドに併設された酒場の席に座って昼食をとっていると、近くにいた冒険者達の話が聞こえてきた。
「おい、例の聞いたか?」
「ああ……あれな。まだ若いのに可哀想に………」
「確か『白銀の牙』だっけか?最近売り出し中の新人パーティーだったよな?」
「そうそう。それがあんな晒しものにされて……。リーダーのジョエルなんて裸にひん剥かれた挙げ句、全身に卑猥な落書きをされた上で広場に吊るされてたぜ」
「女達も酷かったぜ?手足を拘束し、鼻フックやらを付けられた上で、これまでの経験回数やら何やらと個人情報を書かれたボードを首からかけられた状態で放置だぜ?」
「あんなん公衆の面前で晒されたら社会的に死んだも同然だぜ………。人間のやることじゃねぇ」
「実際、冒険者やめて揃って田舎に帰るらしいぜ?まあ、冒険者として終わったよいなもんだから仕方ねぇ」
「犯人は不持者解放戦線だっけ?最近、やたら噂になってるよな?」
「ああ………相当ぶっ飛んだ連中らしいぜ。特にリーダーが完全にイカレてる………ってな」
「おい、やめろ!連中はどこにでも潜んでいるらしいから、下手なこと言ったら聞かれてるかもしれねぇぞ?」
「ハハハ!考えすぎだろ?確かに人数は多いって聞くが、そんな………えっ?お前ら誰だ?」
「なっ?!や、やめろ?!その袋で何するつもり……。いや、助け………」
朝から何度か同じ噂を聞いた。
元パーティーメンバーであるジョエル達が辱しめを受けた挙げ句に公衆の面前に晒された………と。
そして、冒険者をやめると。
辱しめのことは知らないが、冒険者をやめるのは本当だろう。実は今朝早く、ジョエルが俺のもとを訪ねてきた。
突然の来訪に驚いた俺だったが、それ以上にジョエルの姿に驚いた。自慢の赤髪には白髪が混じり、隈が酷く、目は死んでいた。なんだか全体的に20歳は老けていた。
更には、いつもの自信満々な態度はすっかりなりを潜め、挙動不審気味にボソボソと話しかけてきた。
彼は………。
冒険者をやめて田舎でひっそりと暮らすと言った。
俺はシャーラ達はどうするのかと聞いたら、シャーラ達も田舎に帰るらしい。田舎に帰って結婚して四人で暮らすのかと思ったら、今回の件でジョエルは愛想を尽かされたと。
どうやら、彼女達を守れなかった上に、とんでもない醜態を彼女達に晒し、すっかり愛が冷めてしまったとのこと。更に、ことの発端がジョエルにあったとして、大喧嘩になってしまったようだ。
それで完全に彼女達とは別れたらしい。
今回、帰りの費用が足りないためにお金を出しあって一緒に帰るが、向こうに帰ったらお互い関わらずに生きていこうということになったらしい。
ジョエルは腫れた頬を抑え、憑き物が落ちたような自嘲気味な笑いを見せながら言った。
『都会は怖いところだ。お前も気をつけろ』と。
そう言ってジョエルは去っていった。
パーティーは解散し、かつての仲間達もいなくなった。本当なら寂しいはずだが………俺は特に何にも感じなかった。
というより、むしろ清々している自分がいる。
もはや、自分の中でジョエルもシャーラ達も、既にどうでもいい存在になっていた。
そんなかつての仲間達はどうでもよかった。
俺が今、一番気になっているのは………。
俺は何かを堪えるように、自分の胸をギュッと抑えた。
胸を抑えながら耐えていると、不意に話が聞こえた。
「おい。今、袋を被せた奴等を引き連れて出て行った黒づくめって………」
「やめろ。見るな、関わるな。不持者解放戦線の奴等だ。下手に関わと、あいつらと同じ目にあうぞ」
「それは勘弁願いたい。あいつらと、あの女に関わったら命がいくつあっても足りないぜ………」
その瞬間、俺は話をしていた冒険者達へと駆け寄っていた。
「あ、あの!お聞きしたいことが!!」
「お、おう?!なんだ突然?!」
「す、すみません!でも、どうしても聞きたいことがあるんです!!」
「聞きたいこと?なんだ?」
怪訝な顔をする冒険者に、俺は質問した。
「あの女って言ってましたよね?!フジなんとかって組織の女って!あの茶髪の女の子のことですよね?!」
冒険者はますます怪訝な顔をした。
「そうだが………それがどうかしたのか?」
そう聞いてくる冒険者に、俺は胸をギュッと抑えながら意を決して答えた。
「知りたいんです!あの強く、威厳に溢れ、それでいて可憐な女の子のことが知りたいんです!」
俺は冒険者ドラン。
これまで17年生きてきて、恋などしたことはなかった。
だが、昨夜………初めて一人の女性に恋をした。
あの気高く、強く、誰も寄せ付けないような孤高の雰囲気。そして、あの時見せたニヒルな笑顔に、俺の心は鷲掴みにされていた………。
◇◇◇◇◇
これは、初めて恋を知った少年の壮絶にして凄惨な恋物語である………。