108話 ペトラ、ゲロる
「………という訳でして、カオリ様の監視をするように仰せつかった訳でありますです。アベッカ愛してる……」
目の前でペトラが正座しながら今回の任務内容を吐いた。その足の上には石が置かれ、床はトゲトゲな床板が敷かれている。時代劇でよく見る拷問方法だなぁ………。
結局、火炙りは案はゴルデと店員に止められ、この方法で尋問することとなったんだよ。ちょっとインパクトが足りないなぁ………残念。
「本当にそれだけなんでしょうね!」
「あたいらに嘘ついたら承知しないわよ!」
ピシリ!
渇いた鞭の音とともにそう叫ぶのは、ペトラの尋問役を請け負ってくれた不持者開放戦線のメンバーの二名だ。
曰く、尋問や拷問などはお手のものなので、任せて欲しいということで任せたが、本当に手慣れたものだった。あれよあれよという間に、様々な手法を用いて次々と情報を引き出してくれたのだ。なんとも頼もしくて恐ろしい。
尚、『あたいら』とか言っているが、彼らは立派な男である。名前はジェシーとジェシカ。名前は女っぽいが、仲の良い兄弟だ。鞭を持ち、黒く際どいボンテージ衣装を纏っているが、男である。
「ヒィ?!ほ、本当です!嘘は言っていません!監視以外の任務は請け負っていませんし、派遣されたのも私一人………」
『アラ?私は?』
「ヒィィィ?!か、彼女と二人だけです?!アベッカ愛してる!?」
ジェシー達に問い詰められた以上に、石の上に乗ったアベッカ人形に怯えるペトラ。二人の上下関係の闇が垣間見えた。
もう充分情報は吐かせたと判断し、ジェシー達を下がらせる。『またのご用命を♥️』と言って下がる二人。そんな二人を見て思う。我が組織の人脈は濃いな。
しかし、尋問した甲斐はあった。
聞けた話の内容は中々に重宝するものだった。どうやら魔王軍は随分と私を警戒しているようで、監視を置く以外は下手に手を出そうとはしていないらしい。
刺客が放たれてないという点では、大分安心できる。ただ魔族が送らなくても、植物共と海鮮帝国が送ってくるかも知れないんだよなぁ………。
そんな考えごとをしていると、ペトラに抱かせている石の上にいたアベッカ人形がヒョイと机の上へと飛び移ってきた。そして、私の方へと向くと、その小さな手をヒョイと上げた。
『ヤッホーカオリ。久しぶりね』
「ええ、久しぶり。よくも私の前に顔を出せたものね?」
暢気に挨拶してくるアベッカを、殺気を放ちながらジロリと睨む。
が、暖簾に腕押しと言うべきか、アベッカは全く動じる様子はない。奥でペトラが「ヒェ」と息を吐いたぐらいだ。
『まあまあ。そんなに怒らないで。私達友達じゃない?』
「その友達を売っておいて、よく言うわ」
フンと鼻息を吐きながらアベッカ人形を見下ろす。
このアベッカという奴とは、合って直ぐに意気投合した。なんというか、馬が会うというか、根本的なところで私と同種のような気がしたのだ。だからこそ、霊峰マタマタで共に行動してたときは凄く息が合っていたし、意見も話も合っていた。お互い、親友と呼べる程の仲であったと思う。
だからこそ、あの時………裏切られたと分かった時の私の悲しみはひとしおであった。
そんな彼女が悪びれた様子もなく、のほほんと目の前に現れた。何とも許しがたいことである。
我が怒りの炎。そう易々と消えるものと思うなかれ!!
あの時の怒りを思い出し、ギロリとアベッカを睨み付ける。彼女………正確には人形は、まあまあと宥めるように手を振った。
『悪かったわ、私にだって事情があったのよ。そんなに怒らないで。せっかくの美人が台無しよ?』
「フン!そんなお世辞に引っ掛かるとでも?オイ!アベッカに椅子とお茶を準備しな!」
「チョロ過ぎだろ?!」
店員にお茶の準備の指示を出していると、横からジャンクさんがツッコンできた。
「チョロいって何よ?ただ、訪ねてきた友人にお茶を出そうってだけじゃないの?」
『そうよ。お茶を飲むくらい友達同士なら普通でしょ?しかも、こんな器量の良い美人となら、尚更よ』
「この店で一番上等な菓子を持てぇぇぇい!」
「やめろ、乗せられんな?!普通の友達ならそうだが、お前ら勇者と魔族だろ?!敵同士だろ?!美人なんて言われてほだされてんじゃねーよ!?事実を見ろ!」
「そうよ、カオリ!そんな奴にかまうことないわ!美人なんて言われてのぼせ上がってないで、冷静になりなさい!」
「ねえ、喧嘩売ってる?」
遠回しに凄くディスられてる感があるんだけど?
ゴルデとジャンクさんに軽く脛殺しでも放つかと真剣に悩んでいると、アベッカが二人に手を振った。
『あら、糞ビッチに犯罪者予備軍じゃないの?元気にしてた?』
「誰が犯罪者予備軍だ?!俺は紳士なロリコンであって犯罪者なんかじゃねえ!!」
「誰が糞ビッチよ!?言いたかないけど、これでも処女よ!!カオリ、やっぱコイツとっとと倒……あんたも鼻で笑ってんじゃないわよ!?」
おっと、バレちまったぜ。
しかし、相変わらずゴルデには厳しいね。
確かに、見た目こそビッチだし。
「まあ、落ち着きな二人共。彼女にも言い分はあるだろうし、まずは聞いてあげようぜい」
「コイツ……普段誉められることねぇから、完全に受かれてやがる………」
「扱い易す過ぎるにも程があるでしょ……。付け入る隙が多すぎるわ……。絶対、煽てられて連帯保証人になる口だわ」
呆れたように溜息をつく二人。
ハン!美しい私に対する嫉妬かしらね?
『あら?ザッドハークにゴアも久しぶり。ハンナは………イメチェンしたの?凄く似合ってないわ。年齢相応の格好をしなさいよ』
『素直な感想ありがとう。私だってこんな格好したくないわ………』
「フム。久々だな。汝が魔王の手先であったことを見抜けなかったのは我が一生の不覚よ」
『お久しぶり。私に乗って卑猥なキノコを退治した時以来ね』
『みんな、相変わらずみたいね』
ザッドハーク達にもアベッカは臆することなく挨拶をしている。その肝の太さを見習いたいわ。
そしてザッドハーク。お前は大概、不覚ばっかり取ってるだろ?初めて遅れをとったみたいに言うなや。目にトンネル開通してんのかってぐらい節穴やろが。
あと、ゴア姐さんが喋り出したことについてはスルーなのね。結構なニュースだと思うが………。
アベッカはザッドハーク達へと挨拶を終えると、今度はミロクや村長といった初見組へと目をやった。
『あら?そちらのそこはかとなく脅威を感じる女性は初めてよね?』
「ミロクと申します。以後、お見知りおきを」
流石はアベッカ。ミロクの脅威を見ただけで感じとったようだ。こやつは見た目は白鳥、中身は猛禽類の危険生物だからね。聞けば、今朝だけで五人の童貞が花を散らせたらしい。この都から童貞が消える日も近い。
『よろしくね。あと、そっちのゴブリンっぽいのと、筋肉ムキムキな爺さんの、出落ち感満載なお二人は?』
「誰が出落ちじゃ?!これから準レギュラー並に活躍する予定じゃ?!」
「出落ちデもいい………タダ平穏が欲しイ……」
村長よ……そんな野望を抱いていたのか。しかし今日の様子を見る限り、アベッカの考察は合っていると思う。貴様に日があたることはなかろう。
『それで?周りにいる黒づくめの集団は?』
言葉だけで聞けば、例の死神探偵の宿敵たる某組織っぽく聞こえるが、ショッ○ー然り。こういった裏組織は往々にして黒づくめであるので我が組織とは無関係である。
「私と同じ悲しみを持ち、いつかリア充共を打倒し新たなる世界を作る志を共にする同士達。その名を不持者開放戦線よ」
「「「ジェラシィィィィィィィ!!」」」
『まあ、楽しそう。私も仲間に入れてくれる?』
「いいよ」
「遊び仲間に入れるように軽く請け負うのはやめなさい!?そんなやつを入れたら、更なる波乱しか起きないわよ?!」
アベッカの仲間入りにゴルデが難色を示す。
まあ、アベッカって結構な劇薬だから気持ちは分からんでもない。
そんな風に考えていると、脇からモサシとドンブルダーがズイッと前に出てきた。
「総統!儂らも反対ですじゃ!そやつが何者かは知らぬが、そこのリア充の仲間ですじゃろ?そんな奴を仲間になど、断固反対ですじゃ!」
「某もです!いくら総統の友人とは言え、その男……しかも話を聞く限りでは魔族!そんな魔族リア充仲間など言語道断也!」
「モサシ………ドンブルダー………」
まだいたんだ、とは言わない。
呼んだのは私だし、いても不思議でもない。が、もう帰ったもんだと思ってた。
リア充?ペトラに怒り肩を震わせる二人。
そんな二人に消火剤をぶっかけることにした。
「二人共、まずは謝らせてもらうわ。今回、コイツを捕まえるために組織を利用させてもらったの」
二人は目を見開いた。
「なんですと?つまり、このペトラという男はリア充ではないと?」
「しかし、こやつはことあるごとに『アベッカ愛してる』と、儂らへの嫌がらせとばかりにほざいておりましたじゃ。なれば、彼女のおるリア充では?」
不思議そうにする二人に私はゆっくりと説明をした。
「そう………彼はリア充よ。本人の中では」
「「本人の中?」」
「そう。彼はリア充であって、リア充じゃないの」
「それはどういう………?」
私は机の上に乗るアベッカ人形を指差した。
「紹介するわ。彼女がアベッカよ」
『私、アベッカ。よろしくね』
アベッカ人形は包丁を掲げ、二人に挨拶した。
対する挨拶された二人は瞠目した。
「えっ………?これが………?」
紹介された者を『これが』呼ばわりは大変に失礼だが、気持ちは分かる。動くとはいえ人形の彼女を紹介されたら、誰だってそう思うだろう。
※尚、筆者は職場の先輩に人形を紹介された経験有り。マジで困惑します。
そんな、絞り出すような声で呟きつつアベッカ人形を指差すモサシに私は頷いた。
二人は暫し神妙な顔で黙ってアベッカ人形を見ていたが、ややあってペトラへと振り返った。
その顔は先程までと打って変わって優しげな表情であり、怒りや妬みといった暗い感情は一切消えていた。ただ、その瞳には隠しきれぬ哀れみが込めらられていた。
「いや、その……色々すまなんだな……ペトラ……さんとやら………」
「まあ……恋愛の感性は人それぞれじゃし、儂らがどうこう言うことではないからのぅ………」
「えっ?………アベッカ愛してる?」
どこか気遣わしげに……腫れ物を扱うかのような二人の態度に、ペトラが困惑する。
そんな戸惑うペトラを他所に、ドンブルダーは彼の背後にいる団員達へと拘束を解くように命じた。
団員達は丁寧にペトラから拘束具を外すと、それぞれが優しい口調で声をかけていった。
「ほら………悪かったな」
「手は痛くないか?薬……使うかい?」
「俺はリア充は嫌いだが、あんたらは応援するぜ」
「その……頑張ってね?」
「恋愛は自由だからな。うん」
「人形……いや、彼女か。彼女を大事にしろよ?」
そう口々に慰めの言葉をかけ、哀れみの視線を送る団員達の様子に、ペトラはギョッとした表情となった。
「ち、違う!違うぞ!俺は別に人形性愛者とかじゃなく………」
「まっ、何を……誰を愛そうが人それぞれだ。お二人共、幸せにな」
「お幸せに」
「お幸せに」
パチパチと疎らであるがペトラを中心に拍手が起こる。幸せに願う……と言うが、ペトラを見る目は同情・好奇・または異物を見るようなもので、とても幸せを願う者を見るような視線ではなかった。
「や、やめろぉぉ?!俺を哀れむな?!そんな目で俺を見るな?!やめろ……やめてくれ!違う!違うんだ!俺は……俺はぁぁ……人形性愛者なんかじゃないんだ?!アベッカ愛してるぅぅ!?」
「まあ、お詫びに一杯奢るぜ?」
「よ、よければ彼女……との馴れ初めを教えてくれる?」
「だからやめろぉぉ!?俺に同情するなぁぁ!哀れみの視線を向けるなぁぁ!訳を聞いてくれぇぇ!アベッカ愛してるぅぅぅ?!」
ペトラはそんな叫びを上げながら、団員達にカウンターバーの方へと連れていかれた。
『みんな、あんな風に祝ってくれるなんて。とっても良い人ばかりね』
「そうだね」
深くは何も言うまい。
ただ、団員達には励みにはなっただろう。自分達の下には下がいるという励みに。
去り行くペトラの姿を眺めていると、アベッカがクイクイと手を引っ張ってきた。
「んっ?なに?」
『ちゃんとカオリに改めて謝っておこうと思ってね。ねえ、カオリ。私、これでもあなたに悪かったって本当に思っているのよ?』
悪びれた様子もなくそう宣うアベッカに、溜息しか出ない。こやつは何を言っとるか?
「ふーん、あっそう。でも、私の情報を売ったのは事実でしょ?まあ、売ったというのは語弊があるか。お互い敵同士だったし当然のことか」
『もう、そんな意地悪言わないで。あの時はああするのがベストだったのよ』
「………ベスト?」
妙なアベッカの言い回しに怪訝に思っていると、彼女はコソコソと小声で呟いてきた。
『あのね、お詫びといっては何だけど、ちゃんと中直りの記しにお土産もあるのよ?』
「お土産?」
『フフ…正確には、間もなく届くって感じかしらね』
意味ありげにくぐもった笑い声を上げながら呟くアベッカ。そんな彼女の言葉の意図が理解できず、私はますます困惑した。
そんな私の様子を見た、アベッカが目だけでニンマリと笑った。
『ねえ、これからのことだけど、私に提案があるの。話だけでも聞かない?お互い損にならないと思うよ?』
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