104話 ようこそ、こちら側へ
辺りを見渡せば、20センチくらいの背丈の草が生える草原が広がっている。
あちこちに思い出したように短めの木が点々と生えていたりするが、基本的に360度なんとも見渡しのよい場所である。
私達は今、そんな草原を歩いていた。
不意に天を見上げれば、爽やかな青い空が広がり、白い雲が緩やかな早さで流れていく。
太陽の優しい日差しが降り注ぎ、なんとも気持ちの良い陽気だ。
「はー………今日は天気がいいなぁ。太陽もポカポカして気持ちいいや。ねぇ、そう思わないハンナ?」
そう声をかけるが答えはない。
チラリと隣を見れば、そこだけどんより曇り空の如き表情のハンナだった。
ハンナはただでさえ青白い顔を更に青くさせ、死んだ目で虚空を見つめている。
足取りも重く、トボトボという擬音が聞こえてきそうな有り様だ。
ハンナがそんなテンション最底辺になってしまった理由はその服装にあった。
今、ハンナが来ている服装。それを一言で表すならば………魔法少女だった。
水色を基調としたドレスで、これでもかとフリフリのレースやらリボンが大量についている。
その上、胸元やらお腹部分など、ところどころが顕にさらけ出されており、中々に露出の多い布面積となっていた。
しかし、服自体が小さいせいか全体的にギチギチな印象で、正直似合ってない。というより、明らかに対象年齢があっていない。
そんな明らかに無理して着ているであろう服の名は、『マジカルプリンセスドレス~ウンディーネver~(対象年齢十才児用)』である。
※無論、呪いつき。
だいたい察してると思うけど、シルビに着せさせられたものだ。
メル婆の店で偶々これを見つけたシルビは……。
『こりゃいいもんがあるじゃねぇか!よし、お前もこれを着ろや!仲良く魔法少女になろうぜぇ!』
『や、やめて!やめてくれ?!や、やめろぉぉ!そん格好したくないぃぃぃ!?』
『大人しくしろや!初な寝んねじゃあるまいしよ!ワシが手ずから着替えさせてやらぁぁぁ!!』
『やめ………あーーー………』
てな訳で、ハンナはめでたくジョブ:魔法少女へと生まれ変わってしまったのだ。
自身のあられもない姿に落ち込むハンナ。
ぶっちゃけ自業自得なんだろうけど、見るにしのびない。ちょっとは励ました方がよかろう。
「あの、ほら、青白い肌に水色のドレスがマッチしてるよ?」
『………喧嘩売ってます?』
すんごい睨まれた。
「いや、でもさ、ほら………その服のおかげで魔力が上がったんでしょ?よかったじゃん!わぁーい、羨ましいな!」
『じゃあ、カオリも着ますか?メル婆のところに『マジカルプリンセスドレス~サラマンダーver~(対象年齢十才児用)』がありましたが?』
「ごめんなさい」
直角90度に頭を下げた。
勘弁しとくれ。
尚、ハンナ達が着てる魔法少女シリーズの服は呪いによって基本的に抜けないが、何故かお風呂に入るときだけは脱げるらしい。うーん、ご都合主義。
ついでに、シルビによると『お風呂から上がって体を拭いた瞬間、いつの間にか着用していた』とのことらしい。うーん、ホラー。
「まあ、あれだよ。教会に行けば呪いを浄化してくれるらしいし、いつか行こう?」
『忘れているようですが、リッチである私も浄化対象なんですよ?』
よく考えればそうだったね。
「まあ………そのうちいいことあるさ?」
『気休めにも程がある………』
「ほら、ダベってないでそろそろ始めるわよ」
パンパンと手を鳴らす音が響く。
話を切り上げてそちらを見れば、生徒の引率をしている教師よろしく、ゴルデが仁王立ちしていた。
「『は~い、先生』」
「誰が先生よ。ボケてないで気合い入れなさい。匂い袋を使うわよ」
そう言って、ゴルデは腰に下げたポシェットから小さな茶色い袋を取り出した。
さて、今わたし達が何をしに草原に来たかというと、武器の試し切りにきたのである。
ゴルデがメル婆のところで借りた武器を試すため、実際に魔物と戦ってみようということになったのだ。
そんな試し斬りをするのに最適なのが、そこそこの強さの魔物しか出ない、この『ソコソコ草原』であるとのジャンクさん談。名前をつける際、もっとひねった方がよかったんじゃないの?
そして、ゴルデが取り出した袋だが、これは魔物が好きな匂いを放って呼び寄せる、『マモノコイコイ』というアイテムらしい。だから、商品名はもっとひねれよ。この世界の人のネーミングセンス単調すぎね?
そんなわけで、このマモノコイコイで魔物を呼び寄せ、倒そうってことらしい。
ゴルデは取り出した袋を開くと、その中に水筒の水を少し入れはじめた。
すると、マモノコイコイから白い蒸気が立ち上ぼりはじめた。
「よし。これで暫くしたら魔物達が集まってくるわ」
「ふーん。こんなんで魔物がくるんだ。というか、この匂いどっかで嗅いだことがあるな………。あっ、あれだ。※スタミナ○のタレの匂いだ」
凄く親近感がある匂いだと思えば、うちの実家で愛用してたスタミナ○のタレの匂いだわ、これ。
私のソウルフードならぬ、ソウルソースよ。
あれで焼き肉したときの匂いがめっちゃする。匂いだけでご飯がいけるわー。懐かしー。
「って、なんでスタミナ○やねん?!」
思わず関西弁が出た。関西出身じゃないのに。
「なによ、いきなり?この匂いがどうしたの?」
「いや、どうしたもこうしたもないわ?!これ、明らかにスタミナ○やろ?!フルーティーかつニンニクがよく効いたこれは、間違いなくスタミナ○だ!昔から嗅ぎ慣れた匂いだから間違いないわ!」
ついでに、我が家では肉や、もやしを炒める際によく使っていた。圧倒的に後者が多かったのは解せないが。
私が自信満々にそう言うと、ゴルデは困惑したような表情となった。
「えっと………そう言われても?これはマモノコイコイの匂いでしょ?魔物達が好む匂いだけど………カオリも好きなの?」
「よっしゃあ、その喧嘩買った。お前は今、全青森県民を敵にまわした。生きてねぶたが拝めると思うなよ」
「いや、何いってんの?!」
ボキボキと拳を鳴らしながら闘気をみなぎらせる私に、ゴルデが戸惑いながら後ずさる。
そんな私達の間に、ジャンクさんがヒョイと入ってきた。
「おいおい落ち着けよ。なんでキレてるか知らないが、魔物がくるんだから落ち着──」
「喰らえ!全青森県民の怒り!※ねぶたパンチ!」
※特に工夫の欠片もない、ただのパンチ。
ただし、青森県民の怒りが込もっている。多分。
「ゲッフ?!」
私の拳をまとも頬に受けたジャンクさんがぶっ飛んでいき、地面へと落ちていった。
「チッ!邪魔しやがって!」
「そこは拳を止めるところだろ……獣かよ……」
ジャンクさんはそう呟くと、ガクリと崩れ落ちた。
そんなジャンクを一瞥した後、再びゴルデへと視線を向けた。
「次は当てる。私の※イタコパンチで昇天させてやらぁ」
※特に工夫の欠片もない、ただのパンチ。
ただし、青森県民の怨念が込もっている。多分。
「いや、ちょっと?!待ちなさい──」
「カオリよ、じゃれあいはそこまでにせよ。早速、魔物が来たぞ」
拳を構える私に、ザッドハークが珍しく真面目に注意してきた。
魔物か………仕方ないか。
私は拳を納めると、安堵の息を吐くゴルデにビシリと指を差した。
「今日はこの辺にしとくけど、あとで覚えてなさいよ。青森代表として、青森県民のソウルフードを侮辱したあんたにケジメつけさせたるからな!」
「いや、何言ってるのか一つも分からないんだけど?!あんたは何に怒ってるのよ?!」
戸惑いの叫びを上げるゴルデを横目に、私はザッドハークの横へと並んだ。
「で、魔物はどこ?」
「あれだ」
ザッドハークが指を差した方向………そこには、角が生えたウサギがいた。
「あれは?」
「ホーンラビットだ」
「見たまんまだね」
名前を聞く必要がなかったわ。
「まあ、だいたい察してはいた名前ね。どうせ跳び跳ねて、頭の角で突き刺してくる獰猛なウサギなんでしょう?なろう系のハイファンタンジー系主人公の約四割ぐらいが最初に戦う魔物ね。最近じゃ、ローファンタジーでもよく出てくるらしいわ」
「汝が何を言っているのか全く分からないのだが?」
私も言ってて途中から分からなくなった。
「だが、あの魔物の特徴については汝の申しておることは半分正解で、半分間違いだ」
「?………どういうこと?」
「頭の角で突き刺してくるのは正しい。だが……」
「だが?」
「跳び跳ねるというのは間違いだ。頭の角が重くて跳ねることができないのだ」
見ればこちらに向かってくるホーンラビットは、頭を重そうに支えながら、ヨチヨチ歩きで進んでいた。その歩みたるや、亀も真っ青である。
………確かに、ただでさえ小さな体にあんな角が生えてたら、機動力もそら下がるわ。
「角を得た代わりにウサギとしての最大のアイデンティティーを失ってない?」
「左様。あの歩みの速度故に、すぐに他の魔物補食されるのだ」
「悲し過ぎでしょ。完全に進化の仕方間違えてるでしょ?よく絶滅しないな」
「繁殖力めっちゃ凄いのだ。毎日が発情期なのよ」
「情報ありがとう。聞きたくなかった」
ザッドハークはオブラートに包むという紳士的発言を学んでほしい。
そんな悲哀感溢れるウサギの背後からは、また別の魔物がやってきていた。
それは凄く目付きの悪い狼であり、舌を出しながら高速でホーンラビットへと迫っていた。
噂をすればなんとやら………。
どうやらホーンラビットを補食するためにやって来たようだ。
「確か………あれは………」
「ギロギロウルフだな。汝も何度か戦ったことがあろう」
うん。あの目付きの悪い狼はよく覚えている。何回か森で討伐したことがある。
そんなギロギロウルフを見ていると、ある疑問が湧いてきた。
「ギロギロウルフ……。狼の魔物なのに、群れで行動してないんだね」
狼といったら群れで狩りをするイメージがあるが、今来ているのは一匹だけだ。
そういえば、森で戦ったギロギロウルフも一匹だけで行動してたな?
そんな疑問にザッドハークが答えてくれた。
「それは喧嘩になるからだ。あの目付きの悪さ故に、直ぐにメンチの切り合いからの喧嘩になり、群れとして成り立たないのだ」
「だから、自分の最大のアイデンティティーを見失ってない?」
ウサギといい、狼といい、進化の方向性を間違えていないか?それとも神様の設計ミス?
そんなことを考えていると、横からゴルデが一歩前へ進み出た。
「ホーンラビットとギロギロウルフね。試し切りにはもってこいね」
ゴルデはそう呟くと、腰から下げた鞘から剣をスッと抜いた。
それは今回メル婆から借りた剣だ。
形はサーベルタイプの剣だが、刀身から柄までが全て純白という変わった剣だった。
ナックルガードの部分には鳥の翼のような彫刻があつらえられ、ところどころに緻密な彫り物が施された美しい剣だ。美術品としても 充分通用する。
そんな剣の名は、『聖剣オルタナティウス』。
魔を払い、人々に光と救済を与える聖なる剣らしい。
その聖剣を手にしたゴルデがチラリと私を見てきた。
「………ねえ、今さらながら本当にいいの?」
「何が?」
「いや………この剣………聖剣でしょう?普通、あんたが持つべきものじゃないの?」
そう言って手にした剣に視線を落とすゴルデ。
なるほど、そういうことか。
「いや、いいんじゃない?私が持とうとすると、めっちゃ静電気でるし」
ゴルデが普通の剣を求めた結果、メル婆が遅れるから出してきたのがこの剣だった。
変な呪いはないから、普通に使う分なら問題ないとのこと。
ゴルデは『聖剣なんてものが何で普通に棚に並んでの?!』っと、ツッコんでいたが、ド○えもんの四次元ポケット並みの不思議と容量を持つメル婆の店からしたら、今さらである。
そんな剣だが、私が持とうとするとめっちゃ静電気が発生するのだ。それはもう、パチン!とかじゃなく、バリバリ!と明らかな殺傷能力を帯びた電力でだ。まるで私を拒絶するようであるが、私はもともと静電気が発生しやすい体質なので、きっとそのせいであろう。
ついでに、ザッドハーク・ハンナ・イシヅカでも静電気が出た。ゴルデやシルビ達は出なかった。
不思議だ?
「まあ、あんたがいいなら使わしてもらうわね」
ゴルデはそう言うと、オルタナティウスをホーンラビット達へ向けて構えた。
そして狙いを定めると、一気に駆け出す。ホーンラビット達が自身の間合いへと入ると、ゴルデはホーンラビット目掛けて鋭い突きを放った。
「さあ、この剣の斬れ味………試させてもら──」
その瞬間………ゴルデが持つオルタナティウスが白く輝き出した。純白の聖なる輝きが辺りへと広がる………。
そしてゴルデが突きを放ち終わると同時に、その光が剣先へと集中し、やがて白い光がレーザーのように放たれた。
光はホーンラビットもギロギロウルフも………大地までも飲み込み、全てを一瞬で蒸発させた。
光が収まった後、そこには地平の果てまで続く、一本の焼け焦げた線だけが残っていた………。
「「「………………」」」
ゴルデは暫く唖然としていたが、クルリと私達へと顔を向けた。
その目は半泣きとなっており、剣を持つ手はプルプルと震えていた。
私達は一斉にスッと目を逸らす。
それから、私は一言だけ呟いた。
「ようこそ、こちら側へ………」
「イ、イヤァァァァァァ!?」
ゴルデの悲鳴が辺りに響いた。
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