10話 黄金の渡り鳥亭
『黄金の渡り鳥亭』
様々な年代・種族・職業の人々が集まる賑わい豊かな酒場である。このアンデル王国で最も人気の高い食事処でもあり、旅をする人々の憩いの場である。
特に、じっくりと煮込んだ後にサッと焼いた『ガガンベルの肉煮込み焼き』は、この酒場……いや、国でも1・2を争う美味さと評判であり、足しげく通う行商人がいる程の人気の一品である。
また、この酒場は出会いの酒場としても有名であり、市民や冒険者、商人といった様々な身分・職種の者達が、新たな出会いを……友人・恋人・仲間を求めて集まる場所としても有名だ。
アンデル王国に寄った際は、美味い食事と新たな出会いを求めて、是非立ち寄ってもらいたい。
『世界グルメ冒険紀行アンデル王国編・グルメ冒険者 ベロンチョ著』より……。
◇◇◇◇
「という訳で来てみたのだが……フム。これぞ酒場といった雰囲気で中々に良い感じだな……」
「まぁ……はぁ……」
城での中々に盛大な見送りの後、私達がやって来たのは『黄金の渡り鳥亭』とかいう酒場の前であった。
木製の二階立てで、中々の大きさの建物だ。デカイ看板を掲げはいるが、何が書いてあるかは分からない。ただ、酒瓶を持った鳥のようなものが書いてあるから、かろうじて酒に関する店だというのは分かる。
まぁ、後は中から酔っぱらい特有の笑い声や怒声が聞こえるから、酒場だなー……ってのが理解できた。
しかし、何故にやって来たのが酒場かというと……。
城を出たはいいが右も左も分からないし、何をすべきかも判断つかない私は、この後の行動を結局は現地人のザッドハークに任せることにしたのだが……。
『まずは酒場で腹拵えをしつつ、今後の行動と方針を決めようぞ』
という事で、ザッドハークの先行するままに、案内されたこの酒場へと来ることになった。
まぁ、確かにもう昼時でお腹も空いたし、その提案には賛成だったので特に不満はない。
ただ、このザッドハーク……私がどこに行くか任せた瞬間、胸元からやたら分厚い本を取り出したんだよね。しかも付箋と赤丸だらけの。
見たら、アンデル王国の人気グルメやスイーツ、お勧めショップ記事をまとめたガイドブックらしきものだったし……。
OLか!?観光客気分のOLか?!
私よりもこいつが一番この状況を楽しんでじゃないの?!確かに『冒険に憧れる騎士』って称号だったけど!
若干ウキウキしてるのが丸わかりだったし!?
何をまた柄にもない可愛い一面を見せてくれてんだよ!!ちょっとほっこりしたわ!チキショー!!
「何をしているのだ?入るぞ?」
「えっ?あっ……うん」
店の入り口で内心ツッコンでいたら、ザッドハークが早々と店の両開きの扉の入り口……名前は忘れたが西部映画とかでよくある、扉としての用を成しているのか分からん扉……を頭をぶつけないようにかがみながら押し開いて入っていく。
私も続いてギイギイと鳴る扉を押して中に入ると、先程外から聞こえた喧騒がより大きくなった。
見れば、店内は中々に広いのだが、それでもほぼ満席状態といった混み具合で、皆が思い思いに酒を飲んで騒いでいる。
確かに納得の賑わいだ。
皆が楽しそう酒を飲んでいる。
しかし、店内には色んな人達がいるな……。
そう、文字通りの色んな人達が。
基本、この世界は私達の世界でいう中世ヨーロッパ風といった典型的なファンタジー小説の世界観故に、大体の人達は金髪や茶髪の英国人風の人種が多い。
そんな人達が、様々な格好……普通の布服を着ていたり、これぞ冒険者といった鎧や魔導師風のローブを着ていたりして、それだけでも見ていておもしろいのだが、それだけじゃない。
ここに来る途中でも見たのだが、やはりファンタジーな世界だけあって、ファンタジーな種族達もいるのだ!
犬っぽい獣人や、小太りで髭モジャのドワーフ。金髪耳長のエルフといった様々な種族が当然と言えば当然のようにいたのだ!
現に、今入ったこのお店でも、あちらこちらにファンタジーな種族の方々がお酒を飲んでいらっしゃるんですよ!
ドワーフの方々が、大樽から酒を飲んで酒盛りをしてるよ!やっぱ酒好きなんだ!
エルフの方がサラダを食べてるよ!本当に菜食主義なんだ!
狼っぽい獣人の人が漫画肉をかじってるよ!あるんだ漫画肉!!
猫耳の女の子が忙しそうに給仕をしてるよ!リアル猫耳メイドキター!
うわ……な、なんか感動の光景だよぅ。ファンタジーな世界だよ……。
暫し、そのファンタジーな酒場の世界に見入ってしまう。
が…………。
「フム。中々の賑わいだな………」
ファンタジーな夢の世界に浸っていたら、隣にいる悪夢の言葉で現実に呼び戻された。
一気に目が覚めた気分だ。
「そうですね……」
若干テンションが下がったが、一応は返事をしておこう。
ザッドハークは、入り口付近で暫しキョロキョロと辺りを見た後、ちょうど近くに寄ってきていた、両手一杯に皿を持った、兎耳獣人の給仕の女の子を呼び止めた。
「そこな女給よ」
「はい!あっ!お客様ですね!何め……」
兎耳の女の子が元気一杯な笑顔で接客のためにザッドハークへと振り向いた瞬間……。
その笑顔が凍りついた。
そして同時に………。
パリンパリンパリン。
持っていた皿を全て落とした。
「へっ…………あっ…………」
更には、決して客に向けるべきでなはない恐怖にひきつった泣き顔となった。
「んっ?なんだいどうしたんだいラヴィー?何が………」
必然的に皿を落とした音で他の客や店員も心配そうにこちらを向いてきたのだが、その人達もザッドハークへと視線を向けた瞬間に石のように動かなくなってしまう。
一部の客は、口を付けようと傾けたジョッキから、酒をドボドボと溢してさえいる。
それはもう、面白い程に店内の先程の喧騒が嘘のようになくなり、一気に静寂へと包まれる。
まるで、世界の時が止まったかのような光景である。
「フム……。何やら急に静かになったな………」
フム。……静かになったな……じゃねーよ!!これ完全にあんたにびびってんでしょーが!!
洗脳とかなんとかで感覚が麻痺してたけど、これがあんたに対する普通の反応でしょうが!?全員もれなくびびってますよ!?
ほら!目の前の兎耳の娘なんかへたり込んでんじゃん!涙目じゃん!耳ペタんじゃん!ごっちゃんです!
いや、そうじゃないや………。
やっぱ、城にいた人達は全員洗脳されてたのね!?じゃなきゃこうなるよね?はい理解しましたぁ!!
どうすんのよ!?楽しい酒場が一気にお通夜モードになっちゃったじゃん!?何してくれてんのよあんたわぁぁぁぁ!?
「そこな女給よ。席は空いているか?」
フリィィィィダムかぁぁぁぁ?!
ここまで来て普通に席に着く気かぁぁ!?どんな心臓してんのよあんたわぁぁぁぁ!普通はそのまま席に着けないよぉぉぉ?!
しかも、へたり込んだ兎耳ちゃんに聞くなよ!?その子、もう世界の終わりみたいな面してるからぁ!?それ以上は刺激しないであげて!?
「へっ……あっ……う、うへぇ……」
しかし、兎ちゃんも兎ちゃんで接客根性はあったらしく、震える指で二階にある上の席を指差してきた。
「フム。上か」
ジロリと上の階の席を睨んだザッドハークは、何の迷いもなく指示された席へと向かって歩きだした。
瞬間。
ガタリガタガタゴトン!!
ザッドハークの歩く道筋にいた方々が、机やら椅子を左右に避けて、広々とした道をつくりだした。
まるでモーゼの十戒の如く。
「フム。親切な者共だな」
いや、びびってるだけだから!?お近づきになりたくないから遠巻きになってるだけだから?!
喜ぶところじゃないから!!
だが、そんな事に気付きもしたいザッドハークは、悠々と空けられた道を歩み、指示された席へと向かっていく。
左右にいる人々は、ザッドハークと目を合わせぬように下を向いている。
その様は、まるで畏れ平伏する民の間を歩く暴君の如くだ。
「何をしておる。行くぞ」
唖然とその光景を見ていた私だが、先行するザッドハークからの呼び掛けに我に戻る。
「あっ……うん………」
と、返事をして一歩踏み出したとこで気づく。
ここ……通んなきゃダメ?
未だに平伏したように動かない店内の人々の間を歩かなきゃいけないの?
凄い心臓に悪いんだけど………。
「急げ。腹が減ったぞ」
悩む私に催促する声。
そして腹が減ったと言う声で失神する兎耳ちゃん。
気持ちは分かる。けど、あなたは食べられないから。
何せグルメマップの各店お勧め料理に赤丸つけてる程だから。
多分、人は食べない。
多分。
「あっ……うん」
もう、いいや。気にしない気にしない。うん、気にしたら負けだ。
なんとか気にしないように無心になった私は、王様からもらった巨大な金貨袋を引き摺りながらザッドハークの後を追う。
すると、先程ザッドハークが通った時は誰も何も話さず、寧ろ呼吸音さえ消したように何も聞こえなかったのだが、私が通った瞬間に小さいながらもひそひそとした話し声が聞こえだした。
(お、おい……あの化け物なんだよ?あ、あんな怪物見たことないぜ?)
(お、俺が知るか………た、ただ前に討伐で見た魔族よりも強力なオーラが漂ってるぞ?)
(に、人間………なのか?)
(馬鹿!!あんな巨大で分かりやすい負のオーラを纏った奴がいるか!!絶対関わっちゃいけない何かだ!)
(目を合わせるな………絶対に合わせんなよ………)
(リ、リーダー……な、なんなんですかい?あいつは?)
(アホ!?指を指すな!目を付けられるぞ!!)
(う、後ろの女の子はなんだ?あ、あいつの女か?)
(いや、あの貧相な体………きっとただの荷物持ちじゃろう)
(確かに……女としての曲線はないが腕っぷしは良さそうだ……)
(あの化け物に普通は仕えるか?きっと奴隷だぜ?無理やり従わされてんだよ)
(奴隷か………不憫な………)
(奴隷か………可哀想に………)
(奴隷か………)
チクショウがぁぁぁぁ!?
丸聞こえだよ!?全部聞こえてるよ!?せめて、もっと小さい声で喋れよ!?
誰が奴隷だよ!?確かにデカイ袋をサンタみたいに引き摺りながら持ってるけどもさ!?奴隷じゃないからね!
止めろ!哀れみの視線を送るな!ソッと銀貨を差し出してくるな!お金は困ってないから!祈るな!そこの神官は祈るな!その優しさが痛いから!止めて!本当に止めて!
後、そこのドワーフ。顔覚えたからな。誰の体が貧相だ。その樽みたいな体を、某類人猿と赤帽子の配管工とのゲームみたいに投げ飛ばしてやろうか?
そんな感じで色々な呟きや視線に耐え、精神的なダメージを受けながらザッドハークの威圧で開いた道を歩いていくと、酒場の二階へと上がる階段へとたどり着いた。
階段………か…………。
「…………」
「どうしたのだ?」
階段の前で黙って立っていると、先に上がりだしていたザッドハークが、立ち止まった私を訝しげな様子で見ながら問いかけてきた。
「いや……流石にこの袋を持って上がるのはきついかな………て」
後ろに引き摺る一万枚の金貨が入った2つの袋を見る。
ここまでの道中はほとんど平坦な道が続いていたし、段差があっても大した高さではなかったので何とか引き摺ってこれた。だが、流石にこの重さの袋を持って階段を上がるのは、か弱い乙女にはきつい……というか無理だ。
ここまで引き摺ってきただけでも勲章ものだよ。
これ……めちゃくちゃ重いんだよ?何せ金貨が一万枚も入ってるんだよ?普通は持ち運びするよいなものじゃないからね?
実際、今汗だくだし。
というか、本来ならば荷物運びはザッドハークの役目ではなかろうか?
一応は私は勇者なんだから。
すると、ザッドハークは顎に手をやりながら何かを考える仕草をとる。
「フム………」
「えっと……フムじゃなくて、袋を持つの手伝ってもらえます?これ本当に重くて………」
「何故に『収納』を使わないのだ?」
「…………はい?」
ザッドハークの言葉にバッと見れば、ザッドハークはまるで可哀想な……無知な子供を見るような、哀れんだ瞳で私を見ていた。
「えっ………あの………収納?」
「ウム。スキルの一種であり、異空間に物をしまい込める術のことよ。召喚された勇者は例外なく『収納』を取得しておると聞く。しかも、勇者の『収納』は、あらゆる物の数・大きさを問わずに異空間へと自由に出し入れできるため、『無限収納』と呼ばれる便利なものだと聞く」
「……………………」
「てっきり肉体を鍛える為に敢えて引き摺っているのだと感心して黙っていたのだが…………王からは何も聞いていないのか?」
フルフル。
「フム……。本来であれば王が教えるべきであるのだがな……。まぁ、あの王ならば仕方あるまい。取り敢えず、収納したい物に手を当てて『収納』と唱えればしまうことができる。やってみるが良い。早々にしまってしまえ。では、我は先に行くぞ」
そう言い残すと、ザッドハークは私と金貨袋を残して足早に二階の席へと進んでいった……。
◇◇◇◇◇
同時刻
アンデル王国・王城・王の私室扉前
「はぁ……やっと勇者様が旅立ってくれたな……」
「そうだな……ここ最近は勇者様の召喚やなんやでピリピリしてたからな」
「俺達衛兵も、全然気が抜けなかったからな……はぁ、疲れたぜ」
「そうだな。この後は少し休もうぜ?魔族との防衛戦もあるし、二・三日はゆっくりしても罰はあたるまい」
「だな。これ以上働いたらおかしくなっちまう」
「ハハハ……ところで、おかしくなる……と言えば、何か王子様とか王様達の様子……おかしくなかったか?」
「そうか?普段からあんなもんだろう?特に王様がおかしいのは普段からだろ?」
「それはそうだが……何か王子様は軽くなったような気がするし、宰相は気持ち悪くなったし……騎士団長に至っては近付きたくない感じになったような………」
「お前……不敬罪で捕まるぞ?お前疲れてんだって……。休んだ方がいいぜ?」
「そう……かもな。だな……疲れて変に感じてるだけか……」
「そうしろそうしろ。そうだ!今度『黄金の渡り鳥亭』に行かないか?あそこで一杯………」
『ギィヤァァァァァァァァァ!?!』
「「王様?!」」
その日、王の私室からの突然の叫びに、慌てて入室した二人の衛兵が見たのは、何故か脛を押さえて悶絶する、王の姿だったという…………。
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