101話 久方振りのあいつら
ざわざわと冒険者達で賑わう早朝のギルドのロビーを眺めながら、私は思いっきりため息を吐いた。
「あー……働きたくねー……」
『完全、駄目人間の発言になってますよ?』
隣にいるハンナが優雅にお茶を傾けながら嗜めてくる。
「駄目人間でいいよー……。働かずにお金だけ欲しいよー……」
『既に駄目人間でしたね』
やれやれとハンナが諦めたように首を振り、小声で『次は怠惰の魔王とかになりそう……』と小声で呟く。
やめろ。変なフラグ立てんな。
「とは言え、やっぱ働かなきゃお金が入らないのは事実だしねー……。全く……楽する為に金が必要なのに、その金を稼ぐために苦労しなきゃいけないって、世の中世知辛いよね。そう思わない?」
机に突っ伏しながら、そう意見を求めた相手……ゴルデは鬼の形相で私を睨んでいた。
「昨日の今日でよくも私達の前に顔を出せたわね……カオリ」
低い声で唸るゴルデ。その両隣には、仲間のシルビとブロズも凄まじい形相で私とハンナにメンチを切っていた。
特にシルビのハンナを見るに目がヤバい。
視線だけで人を殺せそうだ。
「あー……まあ、悪かったわね。昨日は、私もちょーーーっとハイテンションになりすぎてたの。マジ反省してるから許して?ねっ?」
そう言ってテヘペロすると……。
「よし、喧嘩売ってるわね?表出な」
感情の抜け落ちた顔でギルドの外を親指で示された。
あ……これ、ガチでアカンやつや。
咄嗟に命の危険を感じた私は、その場で勢いよく椅子から飛んだ。そして、ゴルデに向かって綺麗に土下座の姿勢で着地を決めた。
これ以上ない程に美しいジャンピング土下座である。
競技があれば、間違いなく金メダル取れるわ。
「昨日は大変調子に乗り、ご迷惑をおかけしました。この通ぉぉぉぉぉぉぉぉり、心から反省しております。本っっっっっっっ当に申し訳ありませんでしたでござるでございます」
「一瞬でここまでプライドを捨てられるのも凄いわね……」
「もとからプライドなんてないんでしょう……」
ゴルデとブロズが土下座する私を見下ろしながら、呆れたように溜息を吐いた。
「ふぅ……まあ、いいわ。妬みでイライラする気持ちは分かるし、あんたには借りがあるから今回は許したげるわ。その変わり、今後あんな暴走は二度としないでよ」
私はガバッと顔を上げると、キラキラした目でゴルデを見上げた。
「ありがとうごぜぇぇます!こんな騒ぎは二度と(多分)致しません(多分ね)!」
「なんか不穏な副音声が聞こえたような気がしたけど……。まあ、いい───」
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
ジト目で私を見るゴルデの声を大声で遮ったのは、痛々しい服装に身を包んだシルビであった。
彼女は机の上に足を置き、クッチャクッチャと口の中で何かを噛みながら、鋭い視線で私───じゃなく、ハンナを睨んでいた。
「とりま、カオリの謝罪は受け入れるとして……同罪のその青白も頭を下げんのが筋とちゃうか?」
なんともドスの効いた声でそう仰るシルビ。
今回、ある意味で一番の被害者である彼女は、被疑者であるハンナに相当おかんむりなようだ。
その喋り方と雰囲気は、キャラ作りしていた頃の様子は欠片も見えなかった。
そんな彼女に睨まれたハンナだが、なんとも涼しい顔でお茶を飲んでいた。
『……謝る?ハッ!キャラ被りで陰の薄かったあなたが、新しいキャラに目覚めれたんですよ?逆にお礼を言ってほしいぐらいですね?』
「おどれ……」
シルビの額にビキリと青筋が浮かぶ。
同時に周囲に冷たい空気が流れはじめ、シルビの手に魔力が急速に集まっていく。
ハンナもハンナで背後になんか凄い立体化魔方陣を展開し始めた。
アカン。これ、もっと駄目なやつや。
私は咄嗟にハンナの足にしがみつき、必死に懇願した。
「ハンナ!ここは謝ろう!今回は良く考えれば、私達が悪かったかもだし!ハンナだって、あんな対象年齢12才くらいであろう魔法少女風衣装(笑)を二十歳過ぎにもなって無理矢理着せられた挙げ句、髪をあんなショッキングピンクに染められた痛々しい姿になったら怒るでしょう?」
「それは……」
「なぁ……おどれは謝罪してんのか?それとも喧嘩売ってんのか?」
ハンナにすがり付く私を、シルビは極道顔負けの表情で睨んできた。解せぬ。
だが、私の説得が効いたのか、シルビは渋々ながら立ち上がりシルビの前へと移動した。
そして、シルビの姿をマジマジと見た後……。
「プッ!メンゴ(笑)」
「おっしゃ。表出ろやぁ……」
◇◇◇◇◇◇◇
「フム……。我らがおらぬ間に随分と面白そうなことになっていたようだな」
そう言いながら、隣の席で特大ベーコンにかじりつくザッドハーク。
ここ数日間にあったことの情報交換をしていたのだが、私達にあったことを随分とおもしろそうに聞いている。
というか……はて、なんでだろう?ザッドハークを見たのが凄く久しぶりな気がする?引きこもっていた影響かな?
「なんつーか……本当にワケわからんことばかりするよな、お前ら……」
更に、同じく凄く久方振りに見る気がするジャンクさんが、疲れたような表情で珈琲を啜りつつ呟く。
「本当にトンデもないトコに捕まってしまっタ……」
地面に直接座るイシヅカが、俯きながら喘ぐように何か言ってる。心なしか、少しゲッソリしたように感じる。
「グハハハハ!流石は勇者様じゃ!豪快かつ大胆ですな!」
ジャンクさんの横に座る筋肉ムキムキのジジイこと村長が、豪快に肉を頬張りながら叫ぶ。
そんな相変わらずな男性陣の面々を見ながら、私はフウと溜息をついた。
「こっちは色々あったけど、そっちは特に変わったことはなさそうね」
「いや、変わったじゃろ?!」
急に村長が驚いた表情で叫んできたが……唾と一緒に肉が飛んでくるのでこっちを向かないで欲しい。
「変わったって……何が?」
「いや、見て分かりますじゃろ?見てくだされよ、この筋肉を!!」
そう言って村長は自身の筋肉を見せつけるようにポージングを決めた。
言われてみれば確かに村長は変わっていた。
ついこの間まで枯れ木のようなジジイだったのに、今や筋肉の塊を身に纏っている。
身長も三メートル程に伸び、胸板は厚く、腕や足は丸太のようだ。
服装は黒いブーメランパンツと、マントにブーツといった際どい格好で、頭には牛の角が生えた兜を被っている。
その姿は村長というより、最早『獄長』と言うに相応しい姿であった。
「どうですじゃ!この筋肉!この肉体美!鍛えぬかれた新なる我が姿は!!」
次々とポージングを変えながら自分の姿を誇らしげに見せつける村長。
だが、私達としては……。
「まあ……」
「その……」
「ねぇ……?」
「「「凄いんじゃない?」」」
「反応うっす?!」
苦笑しながら答える私・ゴルデ・ブロズの三人に、村長は目を見開きながら叫んだ。
※ハンナとシルビに関しましては、現在ギルドの外で死闘を繰り広げております。
「いやはや反応薄すぎないじゃろ?!普通だったら『なんでこんな短期間でムキムキなってんの!?』とか『骨格からして変わってるじゃん!』とか『最早別人』といった一言あってもいいんじゃなかろうかの?!こんな変わってしまっておるんじゃよ?!以前の面影0じゃろ?席に着いた時から思うたが、なんで誰も突っ込まんのじゃ?!」
「一応、短期間で変貌した自覚はあるんだ」
んなこと言われてもね……。
席着いたとき『知らねージジイいるな』と思ったけど、ザッドハーク達の話の内容から村長だと直ぐに分かったしね。
それに誰もなんも言わないから、別に突っ込まなくていいのかと思ってた。
本人も何も言わないし。てか、変化に無自覚かと思ったが、単にこっちから食い付くのを待ってたのかな?
年寄りの構ってちゃんとか……マジキツイ。
私はそんなこと思いつつ、疲れた表情で頬杖をつくゴルデへと顔を向けた。
「つか、こういうツッコミはゴルデかジャンクさんの仕事でしょ?」
「いや、仕事じゃないから。あっちの専門でしょ?」
「俺をツッコミの専門家みたいに言うな?!」
不本意そうな顔をしながらジャンクさんを指差すゴルデに、ジャンクさんも不本意そうに叫んだ。
「だいたいツッコめって言われても、俺は既に散々ツッコミ終わった後だからな?!喉カラカラだわ!ザッドハークが村長を鍛えるって森に入って2日目には今の状態だからな?最初、どこの野人か盗賊を連れてきたと思ったわ!!」
話を聞くにジャンクさんが夕飯の準備をしている数十分の間に、村長は今のムキムキ状態になっていたらしい。
どんな食生活と筋トレをすれば、こんだけ結果がコミットするんだろうか?
そんなことを思っていると、ジャンクさんはビシリとゴルデを指差した。
「というか、もう慣れちまった俺はともかく、お前達は何でツッコまねぇんだよ!!明らかに変わってんだから、席着いた瞬間にツッコむべきだろう!?」
そう熱弁するジャンクさんに、ゴルデとブロズが顔を見合わせる。
そして……。
「「いや、カオリの変貌に比べりゃ、インパクトが薄かったから」」
「嬢ちゃんどんな変貌を遂げたんだよ?!このジジイよりインパクトが薄いって、どんなだよ?!」
ジャンクさんが未だポージングをとる村長を指差し、悲痛な声を上げながら机に突っ伏した。
「どんなって…………魔王化?」
「全身ムキムキになってるのは前提として……顔がライオンみたいになって、角生えてましたよね?そんで全身がモジャモジャで……」
「ああ……めっちゃモジャモジャだったわ……」
「やめて。ひとが毛深いみたいに言うのやめて」
毛深いとか乙女にとって致命的だから。
私が羞恥に顔を赤らめていると、ジャンクさんが頭を抱えながら叫びだした。
「そこじゃねぇぇだろ?!毛深いとかって問題じゃねぇぇよ!魔王化ってなんだよぅぅぅぅ?!」
今日一番のジャンクさんのツッコミが辺りに木霊した。
◇◇◇◇◇◇
「もう、考えるのが嫌になった……」
ゴルデから私の魔王化について一通りの説明を受けたジャンクさんが、椅子の背もたれに体を預けながら天を仰いだ。
「リア充カップルを妬みに妬んだ末に嫉妬の魔王になった?そんで、愛の神の加護を得た少年少女に敗北した?なんもかんも意味が分からねぇよ。理解が追い付かねぇ……」
虚ろな目でブツブツと呟くジャンクさん。
そんなジャンクさんを横目に見つつ、私は手元にあるお茶を啜った。
「まあ、なっちゃったもんは仕方ないじゃん。後はなるようになるでしょう」
「風邪ひいた程度に軽く扱うんじゃねぇよ!魔王化だぞ!魔王!なんで勇者が魔王化してんだよ?!矛盾してるにも程があんだろ?!」
頭を抱えながら叫ぶジャンクさん。
まあ、確かにその通りなんだけどね。
勇者が魔王化って、我ながら意味分からないしね。
でも、まあ……。
「あれじゃない?勇者×魔王=最強?でより強くなった?的に考えればいんじゃない?むしろラッキーだったみたいな?」
そう言いながら笑ってみたが……。
「頭ん中、お花畑か?」
ジャンクさんが化け物でも見るかのような目で私を見ていた。
解せぬ……。
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