95話 魔王降臨
だんだん書いてて、主人公のほうがヤバイ気がしてきました。
辺りに凄まじい轟音が鳴り響き、土煙が舞う。
僕達の愛の必殺技……覇津飛威宴怒は、寸分の狂いもなくカオリへと着弾したのだ。
その威力は絶大。高等魔法による爆撃並みの破壊力をもった僕達の愛の塊は、怨敵カオリを打ち倒したはずである。
これで、この不毛な闘いは終わる……。
そう、思ったのだが……。
土煙が晴れた先……それを見て、僕達は目を見開いた。そこにはあまりにも予想外の光景が広がっていたのだ。
なんと、モサシにドンブルダー……それにハンナやミロクさん……更には数多くの黒づくめ達の姿があったのだ。
驚くべきことに、彼らは自身を犠牲にして壁となり、カオリを庇っていたのだ。
まさか……あの一瞬でカオリを庇いにいったというのか?くっ……彼らの忠誠心を甘く見ていた。
「お、お前達ぃぃぃぃ?!」
敵の覚悟を舐めていた自分を恥じていると、カオリの悲壮感に満ちた叫びが聞こえた。僕が目を向ければ、ちょうどモサシ達がグラリと崩れ落ちるところであった。
そんな倒れた彼らに、カオリが駆け寄っていく。
「モサシ!ドンブルダー!ハンナ!ミロク!それに戦闘員達!お前達、一体何をしてるんだ?!こ、こんな……」
カオリが倒れるドンブルダーの手を握る。
すると、倒れ伏したドンブルダーが僅かに目を開けた。そしてカオリを見ると、安堵したように弱々しく微笑んだ。
「そ、総統……ご無事……でし……たか……」
「ああ、無事だよ!お前達のラグビー日本代表さながらのスクラムの壁のおかげで傷一つないよ!あんたら、世界を狙えるよ!けれど、こんな無茶をして……」
「そ、総統がご無事なら……儂らの身など、どうでもよいことです……」
「ドンブルダー!何を言ってるんだい?!」
「左様……我らの代わりなど、幾らでもおります。しかし、総統の代わりとなれる方はいない……。これで良かったのです……」
「モ、モサシ?!」
「そうですカオリ……。カオリは我々の希望……モテぬ者達の希望の象徴。こんなところで倒れてはいけません……」
「ハンナ!?」
「ああ……痛気持ちいい……」
「ミロクはブレないな?!」
「「「ジェ……ジェラ死ぃぃぃ……」」」
「戦闘員達ぃぃぃ!?」
身を呈してカオリを庇った面々はボロボロであった。立つこともままならず、屍のように倒れ伏す。
だが、そのボロボロな姿とは裏腹に、誰もが何かを成し遂げたかのように、晴れやかな顔であった。
それこそ……自分達が信じ、崇めるカオリを守れたことに、誇りを感じていたのかいるのであろう。
あれほど僕達を追い込んだ憎い敵ではあるが……その生き様は見事であると評するしかない。
そんな自分を庇うドンブルダーの手を握るカオリは……泣いていた。ボロボロと涙を溢すカオリ。その姿に僕は唖然とした。
ま、まさか……あの悪魔のように非情で、人の不幸に愉悦を感じるような、糞外道野郎のカオリが泣くだなんて?!
カオリの思わぬ様子に唖然とする中、その涙を流すカオリの手を握るドンブルダーも、驚きに目を丸くしていた。
「総統……こんな儂らのために泣いてくださるのですか?」
「当然だろう!同士が傷付き、倒れているのに、悲しくないわけがなかろうが!!」
それは心からの叫びだった。
カオリのそんな叫びを聞いたドンブルダー達は、一瞬目をパチクリとしていたが、次の瞬間には満足そうな笑みを見せた。
「ありがとう……ございます……総統。その言葉だけで儂らは報われます……」
「待て!そんな死に際のようなことを言うな!気をしっかりと持て!これからリア充共を一緒に葬るって約束しただろう!!」
「申し訳ありませぬ……その誓い……果たせそうにありませぬ……」
「しっかりしろ!しっかり!!」
「ですが総統……儂らの想いは常に総統と共にあります。どうか、一人でも多くのカップル共を地獄に……」
「分かっている!この世のカップル共に地獄を見せてやる!だから……」
カオリがそう言った瞬間、ドンブルダーの目が安心したように閉じられた。握っていた手からは力が失われ、ガクリと垂れ下がる。
最後、ドンブルダーの閉じられた目から、一筋の涙が溢れた。そして無意識であろう、彼は小さな声で……「彼女が欲しかった……」と呟き、そのまま眠りについた。
周りのカオリの仲間達もガクリと倒れ、遂には誰一人として動かなくなった。
そんな仲間達が倒れ伏す中、カオリは暫しうつむきながらドンブルダーの手を握っていた。
だが、その手をゆっくりと離すと、ユラリと立ち上がり……キッと、憤怒に染めた顔で僕達を睨んできた。
「よくもよくもよくもよくもよくもよくもやってくれたねぇぇぇぇ!この、ド腐れ野郎共がぁぁ!許さねぇ……絶対に許さねぇぇぇぞぉぉぉ!!殺してやる……殺しやるぞ、バカップル共がぁぁ……」
般若のような形相で睨むカオリからは、赤黒い不気味なオーラが立ち上っている。
その怒りの覇気は凄まじく、そのプレッシャーだけで老人の心臓くらい容易く止めてしまいそうだ。
少し前の僕達ならば、怖じけついていただろう。だが、今なら大丈夫だ。借り物とは言え、アフロディア様から頂いた加護の力がある。更にはローズという、愛しい人が隣にいる。それだけで、どんな強敵とも戦えるだけの勇気が湧いてくるんだ!
鋭い眼光を飛ばすカオリに、僕達は睨み返した。
「許さないだと?許さないのは僕達の方だ!お前は僕達の愛を引き裂こうとした!」
「それだけじゃ飽きたらず、私たちの大切な人や、守ろうとしてくれた人達まで傷付けた!」
「「そんな悪逆非道なお前を、僕達は絶対に許さない!!何よりも、愛の神の代理人として、愛を汚し、貶める、お前を、アフロディア様に代わって打ち倒す!」」
ローズとギュッと手を握り合う。
すると、僕達の愛がピンク色のオーラとなって放出される。
僕達の『愛のオーラ』とカオリの『嫉妬のオーラ』とがぶつかり合い、ピシピシと音を立てた。
「なぁぁにぃぃがぁぁ愛だ?愛の神だ?そんなまやかしを私は信じない!!」
「神はいる!だからこそ僕ら……」
「神などいない!!」
僕の言葉を遮り、血走った目で確信したように叫ぶカオリ。その叫びは、心の底から神の存在を否定しているようだった。
何故ここまで神の存在を否定するんだ?
過去に何かあったのか?
そう考えていると、カオリが憎々しげな声で語りだした。
「愛の神?そんな者がいるならば、なぜ我らを助けぬ?手を差し伸べぬ?よしんば神がいるとして、何故、あの時……私が小学生の時のバス遠足で、隣の席に気になっていたヒロシくんがいる時に限ってバス酔いをし。ヒロシくんの前で盛大にゲロをぶちまけた時、なぜ神は助けなかった!?」
カオリの発するオーラが強くなる。
「私が中学生の時……好きだったカズくんの前でホックが壊れてスカートが下がり、お腹の調子が悪くて、たまたまその日にだけ履いていた色気の欠片もない、おばあちゃんの紫色の毛糸のパンツを彼の前に晒してしまった時……なぜ神は助けなかった?!」
カオリのオーラが更に強くなる。
「今年のバレンタイン……クラスでモテモテの長瀬くんに、あわよくばここで恋のチャンス……と、夜なべして作った私の手作りチョコを送ったのに『悪りぃ。チョコ食いきれないから、お前喰ってくんね?』と、貰った多数のチョコの中から、よりによって私のチョコを手に取り、私の目の前で石塚に渡した際……なぜ神は助けなかった?!」
カオリのオーラが悪魔のような姿を象る。
「しかも!石塚のチョコ喰った感想が『なんかチョコっていうより、かりん糖みてぇ……』だと?!ふざけんなぁぁ!?レシピ通り作ったガトーショコラだっっっっうのおおおぉぉぉぉぉ!!石塚ブッ殺すぞぉぉぉぉぉ!!」
カオリのオーラが爆発する。
悲しみと怒りが合わさった凄まじいまでのオーラの波動に、僕らは気圧された。
くっ?!言ってることの七割も理解できなかったが、どうやらカオリはとんでもない悲しみを背負っているようだ……というか、イシヅカって誰だよ?
カオリの荒ぶるオーラが爆風のように吹き荒ぶ中を耐えていると、カオリが一本の剣を取り出した。
あれは……確かアスモデウスとかいう魔剣?一体何を……?
そう思った瞬間、なんとカオリは自身の胸へと剣を突き刺した。
「ひっ?!」
「な、何を?!」
その凶行にローズは顔を青ざめさせるが無理もない。僕だって困惑しているのだ。
そんな唖然とする僕達を他所に、カオリは高らかに叫んだ。
「力を貸せ……いや、よこせアスモデウス!!この私が貴様の力を有効に利用してやる!!貴様の中にある力……余すことなく私に献上せよ!!」
カオリがそう叫ぶと、それに応えるように剣が怪しく輝きだした。
『おお……この尋常ならざる嫉妬の波動……何より、邪悪なる心!あなた様こそ、我が真なる主!真なる嫉妬の化身!そして、真なる魔の王の器に相応しき御方!!我が主よ!このアスモデウス……悦んで、この身……この力を捧げますぞ!』
剣から恍惚とした声が響く。
剣の輝きが増し、雷のような轟音が鳴り響く。
カオリが放つプレッシャーが増していく。
「無念のままに倒れし同士達よ!世界の持たざる者達よ!私に力を!力をよこせ!共にカップル共を滅ぼそうぞ!」
カオリが更に叫ぶ。
すると、周囲に倒れ伏すカオリの仲間達の身体からフワリフワリと、紫色の淡い光を放つ光の玉が現れた。いや、倒れた者達だけじゃない。よく見れば、あちらこちらから数百……数千……数万に及ぶ光の玉が集まってきていた。
この光の玉は一体……?
疑問に思う僕の耳に、声が聞こえた。
──妬ましい……。
世を呪うような、低く、暗い、怨嗟の声だった。
その声は、光の玉一つ一つから聞こえてきた。
──なんで彼女ができないんだ……。
──あの女と私……何が違うってのよ……。
──妬ましい……羨ましい……。
──三次元の彼女が欲しいでゴザル。
──あー……彼氏欲しい……。
っつ?!これは?!強力な嫉妬の念を感じる?!まさか……この玉一つ一つが人々の嫉妬の怨念の塊なのか?!
謎の玉の正体に愕然とするしかなかった。、
まさか、これ程に人々の嫉妬の念が溢れているなんて……。
そんな人々の嫉妬の怨念は、まるで吸い込まれるかのように、カオリの身体の中へと次々と入っていく。
やがて怨念達が全て吸収されると、カオリから感じるプレッシャーが尋常じゃない程に増していく。
これは……ヤバい!
僕は本能的に、このまま放置するのは危険だと判断した。ローズも同じ考えだったようで、カオリを止めようと二人で駆け出した。
だが……僕達の判断は遅かった。
僕達が駆け出すと同時に、カオリの身体が激しく発光した。爆風が巻き起こり、僕達は弾き飛ばされた。
「きゃ?!」
「ローズ?!くっ!?こ、これは?!」
吹き飛ぶローズを何とか抱え、爆風に耐えながら僕達が目を向けた先……そこには、凄まじいまでの負のエネルギーが、カオリを中心に渦巻いていた。
ヤバい……ヤバい……!?
僕の本能が警鐘を鳴らす。
このままにしておけば、取り返しのつかないことになると本能が叫ぶ。
だが……この凄まじいエネルギーが渦巻く中に飛び込むのは危険過ぎる!!
隣で不安そうにしているローズの肩を抱きながら様子を見ていると、エネルギーが収束していき、紫色の一本の光の柱となった。
やがて光が収まっていき…………。
◇◇◇◇
その日…世界に伝説が甦った。
遥か昔……神々が、まだ人々と共に暮らしていた遠い遠い旧き時代にいた悪しき伝説の存在。
それは、世界の創造主たる神へと反逆した者だった。
自身の力を過信し神に闘いを挑み、敗れた。そして、その魂は二度と目覚めぬようにと、七つの断片に砕かれて、世界中へバラバラに封印された。
いずれ時が経てば、封じられた魂は劣化し、自然消滅する。これで悪しき者は滅んだ。それで伝説は終わるはずだった。
が……それは神の予測を越えていた。
永い永い年月の間……それは……それらの別たれた魂は……諦めていなかった。永劫に近い眠りの中で、復活の時を夢見ていた。
再び一つとなって復活する時を。
神へと復讐する時を。
そして、神々が地上から姿を消して幾千年経ったこの日……それの魂の一部が復活した。
いや、復活ではない。新生したのだ。
新たに……より強く……より邪悪に……それは旧い時代のそれよりも、強大になって生まれ変わったのだ。
今、歓喜の産声を上げた存在の恐ろしさを、世界は直ぐに知るであろう。
その存在は、酷く恐ろしく、残酷で、邪悪で、何より…………腐れ外道だった。
その者の名は『嫉妬』。
理不尽に他者を妬み、羨み、恨む……醜悪なる、七つに別たれたし、人が背負いし原罪の魂の一角。
人よ……持つことを当然と思うなかれ。
持つということは、同時に持たぬ者もいるということ。そして、持たぬ者の、持つ者への憎しみは止まることを知らぬ。どこまでも持つ目標を妬み・羨み・恨むだろう……。
失うものがない故の強みを侮ってはならぬ。
今、そんな『嫉妬』が、新たに生まれ変わった姿で世界へと牙を剥いた……。
◇◇◇◇◇◇
光が収まると、そこに異形が立っていた。
それは、身長は二メートル程もある、獅子頭の巨人であった。獰猛な金色をした鋭い目付きに、ナイフのような牙が並んだ口。紫色の毛皮に、赤い鬣がなんとも特徴的だ。頭からは螺曲がった二本の角、背中からは蝙蝠の翼、腰からは蠍の尾が生えている。筋骨隆々の肉体に、両腕・両足は丸太のように太く、その先には、大振りのナイフぐらいの鋭い爪が生えていた。
鋭い眼光で睨んでくる異形に、足がすくみそうになる。
「ハ、ハンス……あれは一体?」
「わ、分からない……けど、神様の加護に『鑑定』のスキルがあったから、それで見てみよう……」
僕は神様から借りたスキル……『鑑定』を持って、異形を調べてみた。
そして、絶句した……。
【鑑定結果】
名前:【嫉獅王】カ=オーリ
種族:人間?
称号:魔王(あと、ちょっと勇者?いや、もう、これどうなの?)
職業:不持者解放戦線総統・魔王
副業:勇者
加護:原魔王の加護 =〇\(*△*)\め、女神の加護……。
状態:渇望
【備考】
旧き時代に存在した、神への反逆者……原魔王の魂の一部である【嫉妬】が封じられた魔剣と、世界中の嫉妬エナジーを吸収することで生まれた、新たなる魔王の一柱。その世を妬む憎悪は凄まじく、世界中のリア充・カップルを殲滅することを目標としている。強力なリア充特攻能力を持つ。
「馬鹿な?!魔王だって?!」
あまりの鑑定結果に唖然とする。
なんだ、この鑑定結果は?!メチャクチャにも程があるだろ?!魔王?魔王って、今、世界を支配しようと企んでいる人類の敵だろ?!じゃあ、ここにいる訳がない……なのに魔王と表示されるってことは、今世界に魔王が二人いるってこと?!なんだそれは?!しかも、この名前……もしかしなくても、カオリなのか?!いくらなんでも変わり過ぎだろ?!
色々とショックを受けていると、異形……いや、カオリが、蝙蝠のような翼をはためかせた。
『フゥゥゥ……力がみなぎる……。同時に、憎しみが込み上げる。憎い……憎いぞ……。愛が……世のリア充共が……幸せそうなカップルが……。何よりも……』
次の瞬間、カオリがカッと目を見開き、凄まじい大音量で吠えた。
『何よりも、石塚が憎いぃぃぃぃぃぃ!!あの似非グルマンが!!殺して、血抜きして、捌いて、焼いて、生姜焼きにして喰ってやる!あの豚野郎がぁぁぁぁぁぁ!!』
大気を震わす程の咆哮に耐えながら、僕は思った。
取り敢えず、イシヅカって人……。
何したか分からないけど、カオリに謝ってくれ!
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