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9話 罪悪感はんぱない旅立ち

「あ、あの……カオリ様?ど、どうされたのですか?」


「なんでもありません。どうぞお気になさらず」


 王子様が若干引き気味に聞いてくる。だが、私はそれをピシャリとはね除ける。


 そう、気にする必要なんてない。


 脇で脛を押さえながら「グォォォ!な、なんだこれは?未知なる痛みがぁぁぁ!?」と叫んで転がるザッドハークなんて気にする必要なんてない。


 どうやら『脛殺し』はザッドハークにも有効らしい。


 糞が!散々人をビビらせておいて『惚れたか?』なんて。


 誰が骸骨面に惚れるか!乙女の純情舐めんな!ビビって損したわ!!


 何が暗黒殲滅騎士だ!ただの自惚れ骸骨じゃないのよ!!


「そ、そうですか……?ま、まぁ、『喧嘩するほど仲が良い』と言いますからね……。初対面ですが………」


 王子様は何やらブツブツと言いながら無理やり自分を納得させている。


 まぁ、本当に気にしないでもらいたい。私も、今は余り気にしないようにしたいと思う。


 主に、ザッドハークの能力とか。


 気にしたらとんでもない事になりそうだからね。


「ゴホン。で、では……カオリ様には王より、旅の支度金をお渡しします」


 気を取り直した王子様がそう言うと、王様の脇に控えていた従者さんが赤い布袋を持って私の前へと歩み寄ってくる。そして、その金貨を私へと渡すと同時に、王様が高らかに声を上げた。


「ソレデハカオリ様。ソレガ旅ノ支度金トナル金貨百枚デゴザイマス」


 渡された袋を手に持つと、ズッシリとした重みが伝わってくる。失礼だとは思いつつも、袋の口を開けて中を覗けば、まばゆい金貨がジャラジャラと入っていた。


 王様の言った通り、金貨が百枚入っているようだ。


 正直こちらの物価と通貨の価値が分からないので多いのか少ないのかは分からない。


 けど、これだけの金貨を貰えるとテンションが上がるのは確かだな。


 取り敢えず、貰えるだけありがたいからお礼を言っておくか。


「あ、ありがとうござ………」


「ムッ?些か少ないのではないか?」


 王様達に礼をしようとした時、横から因縁をつけてきたのは脛の痛みますから復活したザッドハークであった。


 いや、片膝立ちだから完全には復活していないようだ。


「えっ……?少ないの?」


 しかしザッドハークのそんな因縁に私も反応する。一応はザッドハークは私のアドバイザーであり現地人なのでこちらの物価にも詳しい筈。


 そのザッドハークがそう言うのだから恐らくは少ないのだろう。


「うむ。金貨百枚となれば、並みかそれ以下の剣やら防具やらの装備を整えた時点で半分は無くなり、残りで旅の支度品に日用品。食糧等を買えば手元には幾ばくも残らぬ。宿屋も三流以下のものにしか泊まれぬ。世界を救う勇者に渡すには少な過ぎであろう」


 ザッドハークは脛をさすりながらゆっくりと立ち上がり、そう説明をしてくる。


 お、おぉ………ふ、不安な存在だと思っていたけど意外としっかり考えてくれているのね?


 ザッドハーク(こいつ)、大概がふざけているけど、時折常識的かつ納得するような意見を挟んでくるからより扱いずらいよなぁ。


 ま、まぁ、頼りになる?………のかなぁ?


「ですが……以前の勇者様はその金額で充分と納得して旅立たれ、遂には覇王を討ったそうですが………」


 すると、王子様も王子様で反論をしてきた。


 あー……そういう流れなのかー。昔がそうだったから今も……みたいな?


 うーん……でもどうなんだろう?昔は昔で今は今じゃないのかな?勇者といっても人によって価値観とかが違うし……。


 すると、そんな反論を受けたザッドハークは、顎に手をやりながらブツブツと呟いていた。


「あの者が?…………道理で装備が貧相だったと…………」


 なんか聞いちゃいけない事を呟いているような……。


 貧相って誰が?


 ………流れから言うと先代勇者のこと……だよね?な、なんか見てきたみたいに言ってんだけどこの人?


 えっ?本当になんなのこいつ?ガチで怖いんですけど?


 正体を知りたいような知りたくないような……知ったら後悔するような……。


 気にはなる。


 気にはなるけど、ツッコンだら面倒そうだし、何よりとんでもない地雷というか……核弾頭を踏みそうだから何も言わないけどね。


「フム……だから我々にも当時と同じき金額で旅立てと?フン!片腹痛い。当時と今でも物の価値も変わっているというのに、形式ぶって昔と同じ額を渡すは些か愚かではなかろうか?」


 おぉう……せ、攻めるねザッドハーク。た、確かに昔と今では物の価値が違うかもしれないから当時はそれでよかったかもしれないね……。


 それでも先代勇者の装備は貧相みたいだったけど………。


「た、確かにそうかもしれませんが、余り出し過ぎれば女神様の審査に引っ掛かるかもしれませんし……」


 なんだろう……なんか王子様がお役所の費用の使い方で悩む担当者みたいな事を言い出したよ……。


 審査が引っ掛かるって、なんかの決済報告みたいで面倒そうだな……。この世界の女神様って何なんだろうか?


「笑止。女神が怖くて魔王が退治できるか」


 こちらもなんだろう……ザッドハークもザッドハークで急に色々と矛盾した事を言い出してきちゃったよ…… 。


 いや……ツッコンだら負けたような気がするからツッコまないけど。


 というか王様はいいの?議論に参加させなくて?なんか王様が再び空気になって………というか、涎を垂らしながら虚空を見つめてるんですけど?


 王様放置しちゃっていいの?


「し、しかし…………」


「むぅ……このような問答をしているのでは、いつまで経っても冒険に出れぬではないか………フン!」


 ピカッ!


 尚も抵抗してくる王子様に段々と焦れてきたのか、ザッドハークは苛立しげに舌打ちをすると、再び目から例の青白い光を放った。


 目がぁぁぁ!?王様に気を取られていきなりだったから、もろに光見ちゃったじゃないのよぉぉぉ?!


 って、またやりやがった!?また洗脳光線放ちやがったよコイツ!?何また危ない光を放ってやがんだよぉぉ!?


 ま、まさかより金額を払わせる気か?話し合いがまどろっこしくなったから?ちょ?何してんのよぉぉ?!


 特に王子様!!また使うと危ないって表記されてたのぃぃぃぃぃ!?


 チカチカとする目をまた擦りながら目を開くと、玉座の間にいる人達は先程の王様と同じように固まっていた。


 だが、ほんの少し経つと、何事もなかったかのように再び動きだした。


 そして………………。


「HEY!HEY!宰相ちゃん!!何やってんのYO?持ってくる金額間違ってんじゃないのYO??急いでもっと例の金庫から持ってきなYO!てか暑いなこの服」


 王子様が急にラップ調になった。


 王子様ぁぁぁぁぁ!?


 王子様が……私の王子様がおかしくなったぁぁぁぁ?!せ、洗脳か?!洗脳の副作用かぁぁ?!急にラップ調になって………うわぁぁぁ!?服……来ている豪奢な服まで脱ぎ出したんですけどぉぉ?!何でぇぇ?!


 ちょ、誰か止めて!!宰相さんでも騎士団長でも…………。


「うん!ボク、お金もっと持ってくりゅよ!」


「ヒ……ヒヒヒ……ウヒヒヒヒ……」


 駄目だぁぁぁ!?こっちもおかしくなってるぅぅぅ!?宰相は幼児退行、騎士団長は剣を持って怪しげに笑ってやがる!こっちも副作用かぁぁぁ!?


 駄目だ使い物にならねぇ!


 そうだ、王様!王様ならまだ多少は………。


「ばad001きaかg0q1たやo10yu」


 バグってやがる。


 王様バグってやがる。


 白目になって意味不明な言葉を呟いてるよ!


 まだ一度しか洗脳されてなかった筈なのに一番おかしくなってやがる!!


 流石は王様だよ!!チキショー!!


「ヘイヘイフェーイ!!カオリちゃんにザッドちゃん!メンゴメンゴネェ!こんなクソみたいな額の金を渡そうとしちゃって本当に失礼!!」


 王子様が妙な踊りをしながら謝ってくる。


 これまでの紳士だった姿は嘘のように消え失せ、ウザったいチャラ男となってしまっている。


 お、王子様がぁぁ………。


 あの、爽やかなイケメン紳士の王様がぁぁぁ…………。


「いや………まぁ、その………こちらこそすいま………って服!王子様服ぅぅぅ!!服を着てくださぃぃぃ!!」


 見れば、王子様はいつの間にか完全に裸となっていた。


 それはもう、見事に下着まで脱ぎ捨てて。


 それを見てしまい、顔が瞬時に紅潮した私は、視界を両手で塞いで必死に王子様へと服を着るように懇願する。


 だが、完全におかしくなった王子様に私の言葉は届かなかった。


「カオリちゃーん!これぐらいでSEKIMENとか、かわぃぃーねぇ!大丈夫だよ!光魔法で大事な部分は隠してるからぁ?まぁ、男のた・し・な・み?てやつ?うぃぃー!!」


 駄目だ腹立つ。


 確かに王子様の股間は、不思議な十字の光で大事な部分が見えないようになっている。


 しかし、この王子様の態度は腹立つ。完全にチャラ男……それも上位のPP(パーティーピーポー)と化してしまい、ただただ苛つく。


 私が憧れた男は完全に死んでしまったようだ。


 さよなら爽やか王子様。こんにちはチャラ王子様。


 


 

 ………じゃねーよ!!なんて事をしてくれたんだザッドハークは!!私の……私の王子様をこんなPP(パーティーピーポー)にしてしまうなんて………。


 キッと鋭い目付きで隣の掌悪の根源たるザッドハークを呪い殺さんばかりの眼力で睨む。


 洗脳などどいった、ふざけた力で王子様を台無しにしやがって!!


 だが、その睨んだ先のザッドハークは、明らかな困惑の様子を見せ、何やらブツブツと呟いていた。


「……洗脳に副作用があるのは知ってはいたが、ここまでおかしくなるとは……。今後は使用を控えるべきだな……」


 どうやらザッドハークにも予想外の結果だったらしい。


 反省したような素振りさえ見せている。


 尚更ふざけんなぁぁぁ!?予想外だったのコレ?じゃあ、これ戻るの?もどるんだよね??元の王子様達にもどるんだよね?じゃなきゃ、この国ヤバいよ?バグった王様とPP(パーティーピーポー)の王子様。それに幼児退行した宰相と怪しげな騎士団長の上層部って……この国ヤバいでしょ?!絶対滅びるよ?魔王手を下す必要ないよ!?勝手に滅びちゃうよ?


 そんな心配をしている間に、幼児退行した宰相がトテトテと……決して五十過ぎのオッサンがするべきでない可愛らしい足取りで駆け寄ってきた。


 その両手には、先程貰った袋よりも何倍も巨大な袋を引き摺っていた。


「王子しゃまー!お金もってきたでちゅー!」


「ナイスじゃん宰相ちゃん!」


「えへへ………誉めらちった!」


 と、舌を出して照れ笑いする宰相。


 気持ちわるぅぅぅぅぅぅ!!


 これ、かなりヤバイ!!オッサンの赤ちゃん言葉でも鳥肌ものなのに、誉められて舌を出して笑うって……気持ちわるぅぅぅぅぅぅ!


 やば………えづいてきた………吐きそう………。


 オッサンの幼児言葉という難易度高いものを見せられ、口元に手を当てて必死に吐き気に耐える私に、王子様が宰相から受け取った袋を引き摺りながら持ってきた。


「ヘイヘイ!さっきはメンゴよカオリチャーン!これは本当のお金だヨ?是非受け取ってヨ?俺らのキ・モ・チ?金貨一万枚だヨー!」


 そう言って王子様は軽い調子で袋を私とザッドハークに渡してきた。


 いや、なんでいきなりこんな増えてんのよぉぉぉぉぉ?!


 さっきの百倍になってんすけど?!


 金貨一万枚って何さ?!


 確か、百枚でも並みの装備が整えられる筈なのにこれは………。


 いや、これ貰い過ぎでしょ?!明らかに貰いす………。


「フム。確かに。有り難く頂こう」


 頂こう……じゃねーよザッドハークぅぅぅ!!何してくれてんの?何をとんでもない金額せびってんのよぉぉ?!洗脳した結果がこれかよ?!これ、貰っちゃ駄目な奴だよねぇ?!


 一万枚だよ一万枚?流石に駄目だよね?駄目な額だよね?


「お、王子様………さ、流石にこんなには………」


「ヘイヘイ!カオリチャーン!気にすることはないヨ!何せこの金は親父の隠してたHE・SO・KU・RIだからねー!どーせ妾や愛人に貢ぐつもりの腐った金サ!だったら有効にカオリチャンが使っチャイナヨ?」


「へそくりなんですかこれ!?」


 驚愕の事実発覚。


 バッとついつい王様を見てしまう。といっても、王様は未だにバグっていらっしゃる様子で、意味不明な言葉を吐いている。


 王様とんでもない奴だな?!とんでもないことの為に、とんでもない額貯めてやがった!!一見無害そうな顔して、やっぱり男だな王様!!


 てか、おかしくなってもそこから金を持ってくる辺りは流石は王子様だよ。腐っても王子様だよ。


「フム。それならば何の憂いもないな。ならば、我らが有効に使ってやるが世の為よ」


 したり顔で納得してんなよ!!最初からあまり気にしてない様子だっただろうがあんたは!!


「ヘイヘーイ!カオリチャーン!ザッドちゃんもこう言っちゃってるし、遠慮せずにもらっちゃいなヨ?」


「いや……あの……じゃあ…貰います……」


 結局、私も王子様の勢いに負けてズッシリと重すぎる袋を受け取ってしまった。


 罪悪感が半端ない。


 だが、この勢いの王子様の意見に逆らえる気がしない。なぜなら、この種のチャラ男系は私の苦手な人種だからな……。


 ハァ……気が重い。


 せめて……せめてこの世界の人達の為になるように有り難く使わせて貰おう……。


 私は固く心の中で誓い、違う意味でも重い袋を手にした。


 すると王子様がクネクネと気持ち悪い動きをしながら私達の前へと来ると、堂々とした仁王立ちをする。


 同時に、股間部の光が一層強くなる。


 どうでもいいが、これほどに光が見苦しいと思ったことはないな。


 そして腹立つ。


「それじゃあ渡すもんも渡したし、早速カオリチャン達には旅立ってもらうヨ?他に忘れものなんかないかな?」


「いえ……特に………」


 私物なんか着ていた制服と、スマホや学生証しかないからね………。忘れものなんてしよう筈がない。


 敢えて言うならば、紳士たる王子様を忘れたよ……。もう、戻ってくるかは知らないが………。


「我も無し」


 隣でザッドハークも力強く頷く。


 それを確認した王子様は頷くと、バッと腕を大きく開く。


「それじゃあ、旅立つ勇者へと祝福を!」


 王子様がそう宣言すると、それに合わせて周囲の兵士達が剣を掲げ、同時に玉座の間に荘厳な音楽が鳴り響いた。


「わぁぁ……」


「ほぅ……活きな計らいだな」


 これにはザッドハークに同意見だ。


 私達の旅立ちを祝ってか、いつの間にか現れた楽団による音楽は素晴らしく、兵士達の一子乱れぬ動きも凄いの一言であった。


 そして玉座の間の扉が開かれ、私達が歩む旅立ちの道が出来上がった。


 玉座の間に差し込む淡い光もあってか、まるで演劇の舞台のようで非常に幻想的な光景だ。


「ボクチャンはカオリチャンの旅路の安全を祈っちゃうヨ?それじゃあ、カオリチャン。元気デネ?バイビー!」


「かa01ojり00tnたg11ryさvok0」


 これで王様がバグらず、王子様がチャラ男になってなければ完璧だった。


 若干テンションが下がったが……まぁ大丈夫だ。


 私は気を取り直し、足下に引かれたレッドカーペットを踏みしめ、ゆっくりと歩き出す。


 その隣をザッドハークが付いてくる。


 それを見ると更にテンションが下がるが………耐えるんだ香。


 いきなり前途多難な旅立ちとなってしまったが……。まぁ、元の世界に戻る為にも勇者として頑張るしかないんだ……。


 私は色々と不安な気持ちや、後ろ髪引かれる思い……主に今後の王宮内について………を感じながら、最初の旅路の道を歩き出した。


 こうして、この日。新たな勇者の旅立ちが始まったのだった………。


 


 


 


 


 


 

 尚、貰った金貨が余りに重く、引き摺って玉座の間を出ていくまでに数十分の時間を要してしまった……。


 剣をプルプルと掲げる兵士さん達の視線が痛かった…………。

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