8話目 初めての錬金
翌日、店を始める準備を始める。文房具に関して今は止めた方が良いだろうと思い、諦めることにした。だが、他に何を売れば良いのかと考えていたが、結局何も思いつくことは出来ず準備だけ始めるのだった。
昼頃には準備が終わり、やることが無くなってしまった。家の外に出てボーッとしていると、町の人は桜木のことを気にすること無く、ただ前を歩いて行く。腰には武器を装備しており、その武器種類は様々なものであった。
「武器かぁ……」
古本屋で購入した本に『剣術指南書』と書かれていた物があったのを思い出す。他にも錬金術や魔法など書かれた物があったことも……。
大きく欠伸をして家の中に戻り、クローゼットを潜って日本側の部屋に行く。そして、本棚をあさり始め、古本屋で買った本が何か役に立たないかと、藁にもすがる思いで錬金術の本を読み始める。そこに書かれている錬金術は、皆が知っている錬金術では無い。魔力を秘めた物と、基本的材料となる何かを混ぜ合わせることで出来上がる、魔法の道具等を指していた。また、魔法の道具以外の作り方も書かれているが、こちらに関しては、売り物として魅力的に感じるものはない。
「ま、魔力を秘めた物ってなんだよ……それに、本当にこの魔方陣で物を作る事が可能なのかよ……」
道具を作るための魔方陣や武器を生成する魔方陣。それが何種類も書かれているのだが、その殆どが魔力を秘めた物が必要と書かれている。だが、ロングソード等の一般的に使われていそうな武器については、鉄を魔方陣に置いて呪文のような言葉を唱えれば問題ないようで、それが一番簡単で直ぐに出来そうな気がして、試しに作ってみることにした。
先ずは鉄を用意しないといけない。取り敢えず近くのホームセンターに向かい、鉄アレイを数個購入して家に帰る。すると、戸締まりをしていなかったようで、ミランダが勝手に家の中へ上がり込んでいた。
「み、ミランダ……仕事はどうしたんだよ……」
「今日は早番だったので終わったわ。で、仕事は決まったの?」
「いや、決まってないけど……」
「やっぱりね。そうだと思った……」
心配で見に来てくれたらしく、小さく溜め息を吐いて困った顔をする。
「あ、暇なら今から実験をするからミランダも見るか?」
「実験?」
「あぁ、錬金術って言う奴。知ってる?」
「れ、錬金術! ユウスケって錬金術師なの!」
「ち、違うよ! それが使えるようになる本が手に入ったから挑戦をするんだよ」
桜木の言うことにミランダは怪しい目をして見つめる。
「ユウスケ……錬金術ってかなり勉強をした人しか使用できないのよ……しかも王宮に一人か二人しかいないと言われているわ。それなのにユウスケが出来るなんて考えるだけで馬鹿らしくなる……」
酷いことを言われているのは理解できる。だが、この本に書かれていることが本物だったらと思うと、挑戦をしたくなってしまう。何故なら、あの本でこの世界にやってこられたのだ。だから、本の通りやれば錬金術も出来るようになるのでは? と思ったのだ。
「もし……出来たらどうするんだよ」
「そうね……もし出来たら、私が貴方の店で働いてあげても良いわよ。それも格安の給料で。もし出来なかったら……また食事に連れて行きなさいよ?」
「言ったな? よーし……」
ミランダと共に二階へと向かい、魔方陣が書かれている部屋へと入っていく。魔方陣はもしもの時に消すことが出来るよう、チョークで書いており、消さないよう、慎重に真ん中へ鉄アレイをセットする。それを離れた場所でミランダが見ており、馬鹿にしたような声で質問をしてくる。
「ユウスケェ……それで一体何を作るつもりなの? と言うか、それは一体何なの?」
「これは鉄アレイといって、身体を鍛える鉄の塊だよ。今から作るのはロングソード。確か、ロングソードはこの町でも売っていたよな?」
「え、えぇ……売っているけど……」
「もし出来たらそこで鑑定して貰い、買い取って貰おうかと思う。そしたら少しだけどここでの貨幣が手に入るだろ?」
「先ず出来てから言ってくれない?」
ニヤニヤしながら馬鹿にしたような目で彼を見ている。
「じゃあ行くぞ……『xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx我は求めるその姿を我の求める姿に変えよ』」
呪文を唱え終わるが、何も起きずにミランダは爆笑する。桜木は首を傾げ再び本に目をやると、「呪文を唱えて1分ほど待て」と書かれており、再び鉄アレイが置いてある場所に目をやる。すると、鉄アレイは急に光り始める、目を開けるのが大変なほど、まばゆい光に包まれ、鉄アレイの姿がロングソードに姿を変えていく。だが、鉄アレイは分裂していき、その数は数十本になっていた。
変形が終わり、光が落ち着いて出来上がったロングソードを見つめる。まさしくそれはロングソードであり、二人は茫然として、出来上がったロングソードを見つめる。
「う、嘘……でしょ?」
ミランダは呟き、出来上がったばかりのロングソードに近寄り、手に取ってその感触を確かめる。
「こ、これ……本物よ……本当にロングソードが……」
「ま、マジかよ……。じゃあ、この本に書かれている魔方陣は本物と言うことか……」
「な、何なのよ……その本は……」
ミランダの質問に対して首を傾げることしか出来ず、取り敢えず一本だけ武器として取っておくことにして、残りは売ることにした。
「どうやって運ぶのよ?」
「リヤカーを使えば運べるだろ?」
「リヤカー? 何それ」
「荷車だよ。荷物を運ぶ奴でタイヤがついている奴だよ」
「あぁ……馬車についている奴ね」
ミランダは理解したのか相槌を打って納得をするのだが、本当に理解しているのか、疑問に思ってしまう。
「まぁ、台車でも構わないか。そんなに荷物になる物でもないからな。ミランダ、手伝ってくれるか?」
「な、何で私が手伝うのよ!」
「だって、お前が言ったんだろ? 格安の給料で俺の店で働いてくれるって。と、言うことは、お前は俺の従業員というわけだ。明日からよろしくな」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私はギルドで働いているのよ! そう簡単に辞められるはずないでしょ!!」
「おいおい、自分から言った約束を破るのかよ? ミランダってそう言う奴だったんだな」
「な、何よそれ!」
「何よ……じゃないだろ……自分からそう言ってきたんだぞ? 成功したら俺の店で働いてやるって。自分が出来ない約束をする物じゃ無い。もう良いから今日は帰れよ」
「あーもう! 怒った!! 判った帰るわよ!!」
扉を思いっきり閉めて部屋から出て行き、ミランダは帰って行く。本を開き、再びチョークで書いた魔方陣に目をやる。それから暫くして、家の戸締まりをしてから自分の部屋へと戻り、ホームセンターへ買い物に出掛けた。
目的はホオノキである。これが鞘の材料だと言う事はネットで調査してあり、ホームセンターの木材売り場に向かったという訳である。ホオノキを数本購入し、家に帰って錬金術で鞘を作り、一本一本剣を納める。再び鉄アレイを錬成すると、合計で26本になった。自分で使用するロングソード分を引いたら25本もあり、明日にでも売却をしてしまおうと思う。だが、時間がかなりすぎているので、今日は売りに行くのを止め、剣術指南書と書かれてある本を読むことにした。前書きには、「この本を読むことで、体内に秘められた内なる剣の才能を引き起こさせるものである」と書かれており、これが本物なら練習せずとも剣を扱えると言うことになるのではないだろうか。ミランダが聞いたら馬鹿にする話だろうが、桜木は剣術指南書の本を信じることにして、夜遅くまで本を読みふけるのだった。
翌朝になり、シャワーを浴びて眠気を吹っ飛ばし、着替える。今日は剣を売りに行く予定なので出掛ける準備をしていると、一階で誰かが呼んでいる事に気が付いた。
「なんだ? 一体……」
一階へ下りていき、入り口の扉を開ける。そこにはミランダが半べそを掻きながら立っており、桜木は首を傾げる。
「何してんだ……お前……」
呆れた顔をしながらミランダに言うと、ミランダは子供のように腕を回転させ桜木をポカポカと叩いてくる。まるで小学生のような攻撃の仕方だ。
「イタタ……何をするんだよ!! 一体」
「バカバカバカ……!! アンタが仕事を辞めてこいと言うから辞めてきたんじゃない!! 雇うからには確りと給料を寄こしなさいよね!! 馬鹿ー!!」
「ま、マジで辞めたの?」
「だ、だってアンタが言うから!!」
売り言葉に買い言葉であるが、まさか本当に辞めるとは思わず桜木は呆れてしまう。だが、本当に辞めてしまったからには雇うしかなく、取り敢えず中へ入れることにして、今日の予定を説明する事にした。
「取り敢えず……何か飲むか?」
「そんな事より仕事はあるの!! 私にちゃんと給料を払うことが出来るというの!! 教えなさいよ!!」
「いきなり金の話かよ……」
頬をヒクつかせ、呆れた目でミランダを見つめる。
「あ、当たり前でしょ……私だって家族がいるんだし……」
「か、家族?」
「そうよ! 私には弟達がいるの! その子達を養わなければならないの!!」
「お、親は……」
「とっくに死んじゃったわよ……私が働く……ちょっと前くらいに……魔物に……」
なんと言うことでしょう。聞いてはいけないことを聞いてしまった。しかも、かなり面倒なことになっていると言うことに気が付き、泣きたくなる。
「給料のことは気にするな。それはなんとかしてやるよ……だからそんな顔をするな……」
「ほ、本当だからね!!」
「だったら仕事を賭けの対象にするなよ」と言いたかったが、言うのを我慢をすることにし、ミランダと共に剣を売りに行く。武器屋に到着してミランダがロングソードを売却したいと店主に説明してくれた。武器屋の店主は結構買い叩き、銅貨10枚で買い取られてしまった。
通常で考えれば、ロングソード一本あたり銅貨20枚の値段で販売しているくせに、25本売って銅貨10枚というのは酷すぎる。流石にこれは酷いとミランダも文句を言ってくれたのだが、ロングソードは何処でも売られている武器だから仕方ないと言われ、二人は諦めることにした。
「武器を作って武器屋に卸すというのは難しそうね……他の仕事を考えないといけないわ……」
「ところでミランダ、ギルドでは給料どのくらい貰っていたんだ?」
給料の話をすると、ミランダはピタッと動きを止める。一体どうしたのだろう。
「ゆ、ユウスケ……貴方……それを聞いてしまうの……」
「な、なんだよ……」
「ハァ~……。まぁ、アンタがギルドと同じくらい給料をくれるとは思えないけど……そうね、月に半銀貨2枚。アンタはこのくらい払えるの? ハァ~……弟たちになんて言おうかしら……」
肩をガックリ落としながらミランダは言うと、再び歩き始める。だが、今回の件で方向性が見えた。それは、道具屋で見たポーションは、錬金術の本にも書かれてあり、ポーションはランクによってだが、それなりの金額で販売されていた。だが、魔力を秘めた物とは一体どやって手に入れれば良いのだろうか。それだけがネックになっている……。
「ミランダ、魔力を秘めた物ってなんだか判るか?」
「はぁ? 何を……そっか、アンタは向こう側の人種だもんね。魔力を秘めた物って言うのはコアを指しているのよ。ハァ……雇い主が何も知らない奴だし……まぁ、いざとなったらアンタが弟たちの面倒を見なさいよね……」
何故そうなるのかと言いたいが、言うと面倒になりそうだから言うのを止める。
「飯くらいならなんとかなる。お前等くらいなら楽に養うことが出来るから安心していろよ。先ずはコアを手に入れることから……ん? どうした? 再び立ち止まって……」
ミランダは再び立ち止まり、顔を赤くして彼を睨むように見ていた。一体何が起きたのだろうか……。
「や、養うって……」
「あん? 飯や寝るところだったら提供できると言っているんだよ。俺は向こうの世界では働かなくても生活が出来る位の金は持っているからな。だからお前達くらいだったら問題ないと言っているんだよ」
ナワナワと震えながらミランダは顔を赤くして桜木を睨み付ける。
何か不味いことでも言ったのかと思ったが、ミランダは「ユウスケの馬鹿!!」と言って再び歩き始める。どうしたというのだろうか。伊藤さんだったらこういう場合なんというのだろう……。
ミランダの後ろをついて行くように歩いていると、前からロジーナがやってくるのが見えて、ミランダは慌てて立ち止まり桜木の後ろに隠れる。
「おやぁ? そこにいるのはミランダではないかぁ?」
見つかってしまったミランダは、仕方なくといった風に、後ろから顔を出して挨拶を始める。
「ご、ごきげんよう……ロジーナ……」
「聞いたぜ? ミランダ……お前、ギルドの仕事を辞めたんだってな。どうやって生活をするつもりなんだよ?」
「ろ、ロジーナには関係ない……でしょ……」
「そうつれないことを言うなよ~……」
どう見ても面倒事に巻き込まれることは明白であり、溜め息を吐きたくなる。しかし、ミランダは自分の店で働くと言うことなのだから、どうにかしてやらないといけない。
「こんにちは、ロジーナさん。ミランダは俺と一緒に仕事をすることになったんですよ」
極力笑顔で言う。愛想笑いになっているのは言うまでも無い。
「ハァ? お前みたいな軟弱者と? 本当かよ? ミランダ……」
「ほ、本当よ! ユウスケと一緒に仕事をする事にしたの!ぎ、ギルドよりも面白そうだったから……」
「何を馬鹿な……ギルドよりも稼げる店があるなら教えて貰いたいものだぜ。今からでも遅くは無い、ギルドに戻ったらどうだ? 俺が口添えをしてやるからよ」
ミランダの代わりに桜木が答える。
「結構です。ギルドで貰っていた額より俺がミランダに支払う予定になっていますんで。余計なことは止めて貰えますか? ロジーナさん」
ミランダが困っているというか、賭に負けたとは言えず、どうやって誤魔化すか考えていたのだが、どう見ても無理な話だ。仕方なく桜木が横から口を挟むと、ロジーナは顔色を変え、桜木を睨み付ける。
「なんだよお前? そんな生っちょろい身体をしているくせに」
「身体は関係ないでしょ? とにかくミランダは俺と一緒に仕事するんで、ご心配なく……」
「チッ……」
ペッと唾を吐き捨て、ロジーナは二人の横を通り過ぎようとすると、ミランダに一言言う。
「ミランダ、俺に逆らったことを後悔させてやる……。お前がこの町にいられないようにする事だって俺にはできるって事を忘れるなよ……」
「なっ!!」
ミランダは振り向きロジーナの方を見るのだが、ロジーナは人混みの中に消えてしまう。
「今の意味は……」
言葉の意味を問いかけると、ミランダは顔を青くして俯く。
「あ、あいつは……」
「まぁ、話は家に帰ってからにしよう。少し面倒なことになったっぽいからな……」
「う、うん……」
そう言って二人は家に戻るのだが……戻る途中、ミランダは一言も喋ることはなかった。
家に到着して二人は椅子に腰掛けると、ミランダは泣きそうな顔をして頭を抱える。一体ロジーナとは何者なのだろうか。
「ミランダ、話をしてくれるか? ロジーナとはどういった奴なんだ?」
「あ、あいつは……この町を統治しているマルクス伯爵の息子なのよ……」
「伯爵の息子? だから偉そうなのか……」
「偉そうじゃなくて偉いの!! 伯爵が亡くなったら彼奴がこの町を統治することになるのよ!」
と言うことは、世襲制と言うことなのだろう。
「成る程ね……そりゃ面倒だな。仕方がない、ミランダ……」
「な、何よ……」
「お前の弟たちを俺の家に連れてこい。仕方がないが、ここで暮らした方が安全だろう」
その言葉にミランダは驚いた顔をする。
「あ、アンタ何を言っているのよ!」
「仕方がないだろ? ミランダには生活できるほどの蓄えがなさそうだし、俺の仕事が安定するまではここで暮らした方が安全だ。他に方法があるか? 食事だってそうだろ? ミランダは弟たちを養えるだけの蓄えた資金があるのか? それに、奴はこの町にいられないようにしてやると言ったんだぜ? どんな嫌がらせをされるのか分かった物じゃない……」
「だ、だからってユウスケが……」
「元はと言えば俺が原因みたいなもんだからな。責任を取る必要はあるだろうし、ミランダには色々と助けて貰わなきゃならない。正直に言うと、俺はこっちの文字があまり分からないからな」
笑いながら言うと、ミランダは後ろを向いてしまう。失敗したかと思っていると……。
「ユウスケって、私がいないと何も出来ないのね……仕方ないわね、貴方の言うことに従うことにするわ」
そう言ってミランダは店を出て行き、弟たちを迎えに行くのだが……何人姉弟だというのは聞いていないことを思い出し、部屋は足りるのか悩んでしまうのだった。