7話目 嫌な奴
翌日になり、再び作業を始める。取り敢えず内装をどうにかしないといけないため、電気配線を組んでいくことにした。あとは、ネットショッピングの密林で注文した太陽光パネルが届いた時、設置するだけで良い状態までにしなければならない。そんな事を考えつつ配線を組んでいく。
外と隔てる壁といっても、薄い板一枚しかない状態で、間柱や胴縁の数が少ない。それに、筋違いも無いので、どうやってこの建物は安定していたのだろうと疑問に感じてしまう。間柱や胴縁を継ぎ足し、配線を組む作業で一日が終了してしまうのだが、かなり充実した気分で物凄く楽しかった。
それから半月程が経ち、ようやく補強及び内装工事が完了する。一番大変だったのが太陽光パネルの設置である。パネル一枚一枚が重いのだ。だが、屋根は三角屋根ではなく流れ屋根で、勾配はそんなに有るわけでは無い。天井に穴を開けてパネルを設置する形になる。屋根で取り付け作業を行っていると、行き交う人は皆、桜木が設置している太陽光パネルを不思議そうに見る。しかし、そんなに気にした様子は見せず、チラッと確認した程度で通り過ぎて行った。きっと、変わり者が何かをやっているのだろうといった感じでなのであろう。
一階は完全に商業スペースとして作り上げ、思った以上の良い出来栄えに頬を緩ませていると、ミランダが訪問してきた。ミランダはあの日以来、桜木の家には寄りついておらず、本当に久し振りにやってきたのだ。
「ユウスケ~家の様子を見に来たよ。どんな感じに出来上がっ……」
入り口の扉を開けてミランダは固まる。椅子に腰掛けていた桜木は、声がしたミランダの方を見て手を上げるのだが、ミランダはその場から一歩も中へ入ろうとしなかった。
「どうした? ミランダ。そんなところに突っ立ていないで入ってくれば良いじゃないか」
「い、いや……な、なんというか……こ、これ……ユウスケがやったの?」
「そうだよ。思った以上に時間がかかっちまった。これでやっと営業ができるな」
そのように答えると、ミランダはゆっくりと中へと入ってくる。ミランダの服装は普段通りに戻っており、この間買ってあげた服ではなかった。
「ミランダ、俺が買ってあげた服は?」
「え? あ、あんな物……普段着で着られるはずないでしょ!」
「何でだよ、普段着で着るために買った服だぞ」
「あ、あんたの住んでいる場所と同じにしないでよ! どうせこの町は田舎町ですよーーだ!」
ミランダは悔しそうな顔をし、舌を出しながら言う。まるで子供っぽくて微笑ましい。
「さて、家もできあがったことだし……市場調査でもするかな。町で売っていなさそうな物を売らないといけないからね」
「町で売っていない……物?」
「同じ物を売っていても意味ないだろ? それに問屋なんて知らないからな……仕入れ先が判らない」
「そ、それなりに考えているのね……」
「当たり前だろ」と言って、桜木は着替えるために二階へと上がっていくが、ミランダはそのまま一階におり、何しに来たのかと思いながら着替え、再び一階へと戻っていく。
「あ、アンタだってその服装……」
初めてあった時と同じような格好をしている桜木に対し、指を指しながら笑うミランダ。
「この格好じゃないと不自然だろ? ミランダがそんな格好しているんだし」
「わ、私は関係ないでしょ!」
「ほらほら、出掛けるぞ。町のお店を案内してくれよ」
「べ、別に……構わないけど……」
「あとで何か奢ってやるから」
「アンタ、貨幣を持って言ってるの……」
「あ、そうだったな。この世界での貨幣は持ってなかった。悪い、貸してくれる?」
「わ、私だってそんなに持ち合わせが……」
「飲み物を奢ってくれるだけで構わないよ。稼いだら何か美味しい物を食べさせてやるから……」
「だ、だったら……またあのお店に連れて行ってよ……」
「え? あのお店?」
「あの凄腕シェフがいる店よ」
「あ、あぁ……ファミレスね……あれは凄腕のシェフがいるわけではなく、レトルト……作って有る物を、厨房で盛り付けて提供しているだけだよ。そんな凄い物じゃない」
「う、嘘……」
「まぁ、ファミレスくらいだったらいつでも連れて行ってやるけど、服装はこの間渡した奴を着てくるんだぞ。じゃなきゃ連れて行けない」
「わ、判った……わよ……」
口調は嫌そうにしていたが、表情は異なっておりミランダが向こうの世界に行きたがっていることがよくわかる。半月ほどここへ来なかったのは自分の中で自問自答を繰り返していたのではないかと考えられる。何故なら、本当に嬉しそうな表情を見せられているのだ。嫌そうな素振りは嘘……。
家の鍵を閉めて久し振りに町へと出る。ミランダは桜木の横に並ぶよう歩き出し、町について説明をしてくれる。道具屋に武器屋、防具屋。それに、食堂や宿屋など多種に並んであることが判る。ギルドは一階が酒場になっており二階が仕事の斡旋所のようになっているようだった。
「あれ? ミランダ……その男は誰だ?」
ギルドに到着してミランダが説明をしていると、酒場で酒を飲んでいた男が声をかけてきた。ミランダは少し面倒くさそうな表情をしたあと、直ぐに営業スマイルに変えてその男の方を向く。珍しくミランダが感情を出したような気がした。
「あら? ロジーナ……いらっしゃい。でも、今日は休みだから貴方とお話をしている暇はないの……ごめんなさいね」
少しつれない言い方をするのだな……と、思いつつミランダを見ると、頬が引き攣りながら話している。あまり好きなお客ではないのだろうと思わせる顔つきである。
「なんだ、その男と逢瀬をしているのか?」
「そ、そんなじゃないわよ!! この人はこの間この町へやってきた田舎者……そう、田舎者で何も知らないから案内をしてあげているだけよ!」
「ハァ~ン……。ムキになるところが怪しいなぁ。まぁ、そんな田舎者を相手するくらいなら俺と遊ぼうぜ~。なぁ? ミランダ。良いだろ? 兄ちゃんよぉ……」
酒臭い息を吐きながら此方の方へとやってくる。ミランダは嫌そうな顔して桜木の腕を掴み、店の外へ行こうと引っ張るのだが、ロジーナという男が逃がそうとしてくれない。
「いやぁ~申し訳ないですね。私もこの町で一旗揚げたいので、ミランダさんに市場調査を手伝って貰っているんですよ。ですので、これもギルドの仕事じゃないですか? 仕事斡旋をしているんですよね? ギルドって」
話を合わせるかのように桜木が言うと、ミランダは何度も頷き「そうそう」と話を合わせる。ロジーナは少しだけ眉をひそめ、睨むように見つめる。桜木は笑顔を絶やさず空気が読めないフリをして、その場を誤魔化す。正直、こういった出来事は面倒だと思いつつ早く立ち去りたい気分となる。
「あぁ~そうか……。じゃあ、仕方が無いな。明日は相手をしてくれよ、ミランダ」
「わ、判った。そんな事よりちゃんと支払ってよね! ロジーナ。お金がないのにお酒ばかり飲み来られても困るんだから。それに口説こうとするなら確りとした人じゃ無きゃいやよ」
「ふん、今に見てろよ……俺は今、かなり良い仕事を引き受けてんだ。そんな田舎者よりも俺の方が良いってところを見せてやるよ」
「結果を見せてから言ってよね! 行きましょ」
そう言ってミランダは腕を引っ張りギルドの酒場から出て行くと、直ぐに物陰へと入っていく。そして、でかい溜め息を吐いて嫌そうな表情を浮かべていた。
「あれは? 歳から言うと俺よりも少し上だと思うが……」
「あいつはこの町で有名な剣士よ。それなりに知名度がある奴なんだけど……」
「そいつに言い寄られているのか……。ミランダはモテるんだな。まぁ、ミランダは美人だからな 」
「び、美人!! や、止めてよ! 恥ずかしい」
顔を真っ赤にしてミランダは言う。何故この様な軽口を伊藤さんに言ってあげられなかったのだろう。本当に自分は甲斐性が男だと思いつつ苦笑する。
「つ、次に行くわよ!」
そう言ってミランダは顔を赤くしながら彼を案内するのだった。それから暫くして町の状態が判ったのだが、文房具的な物が売られていないことが判明する。
「なんとなくだが、どのように売り物を出そうか想像できた気がするよ」
「本当? 何をやるの?」
「この町には文房具……紙やペンなどが全く売られていない。それを中心にして物を売ったらどうだろうか……」
「あ~……それは止めといた方が良いかもしれないわ。ここはユウスケが住んでいる世界とは異なるから……」
「ん? どう言う事? あ、取り敢えず俺の家に行くか? 俺の家なら気兼ねなく話せるだろ? それに何か食べ物でも食うか?」
「え? ほ、ほんとう?」
「まぁ、適当な物になっちまうけど……それで良いなら」
出前でも頼んで飯でも奢ってやるかと思いつつ、桜木が言う。すると、ミランダは顔をほころばせながら言い放つ。
「じゃあ、私は着替えてくるね!!」
そう言ってミランダは急いで帰っていく。。
「ま、まさか……ファミレスに連れて行けと?」
ミランダが走って行った方を見ながら桜木は一人呟くのであった……。
ミランダが桜木を置いて一人で帰ってしまったため、一人で自分の家に帰ることにし、トボトボと家に向かって歩いていると、先ほど酒場で会った男……ロジーナと出くわしてしまう。
「おや? お前は……」
面倒な男と出くわしてしまってものだと思いながら桜木は挨拶をする。
「あ、先ほどの方ではないですか。今、お帰りですか?」
笑みを絶やさないようにして話を合わせる。揉め事は面倒だと思いながら……。
「ミランダはどうした?」
挨拶抜きでミランダのことを聞くのかよ……と思い、少しだけ呆れながら苦笑いをする。
「ミランダは家に帰りましたよ。案内が終わったので……」
「ケッ……、本当に仕事で案内をしたということか……本当に仕事女だな……」
ミランダがデートしていたと思い、自分も強引に誘えばチャンスがあるのでは? ……とでも思っていたのだろうか。まだ、そんなにミランダのことが判ったわけではないが、ミランダはこう様な人物が苦手なのだろう。そして、仕事だからこの様な奴と話をしないといけないと割り切っているのかも知れない。
「田舎者は山にでも帰ってクソして寝てな」
そう言ってロジーナは桜木の横を通り過ぎていく。ここで言い返すのは簡単だが、どう見たって腕っ節は向こうの方が上で、揉め事を起こすのは得策ではない。そう判断して、空気が読めないフリをして頭を下げ立ち去ろうとした。
「ケッ、腰抜けが……」
カチンときて振り向いて文句を言おうとしたが、『駄目ですよ!』と声が聞こえた気がして桜木は思い留まる。そして、聞こえなかったフリをして家へと帰ることにした。あの声は幻聴だったのかも知れないが、なんだか懐かしい気がして日が暮れ始めている空を見ながら家路につく。
「……駄目ですよ……か……」
そう聞こえた気がして思い留まる事ができた。一度もその様な台詞を言われた事が無いのだが……未だに自分は……。女々しい奴だと思いながら ミランダが来るのを待っていると、勢いよく入り口の扉が開く。開いた扉の方を見ると、ミランダが息を切らせながらやってきた。
「お、お待たせ!!」
「いらっしゃい。ミランダ……先ずは水でも飲んで落ち着いたら?」
そう言って桜木は裏へと向かい、井戸の水を蛇口から出して水をコップに入れる。そしてミランダに差し出すと、ミランダは勢いよく飲み干した。
「あ、ありがとう……」
恥ずかしそうにしてコップを返すので、優しく微笑みながらコップを受け取り、台所の水槽に置いてあとで洗うことにした。
「そ、それよりユウスケ!!」
「あぁ、飯でも食いに行くか……。何が食べたいのか言ってみな」
「美味しいのが良い!!」
「好みがわかんねーよ……」
子供のような答えを返してきたので苦笑する。それを見たミランダは恥ずかしそうな顔して唇を尖らしていた。町を案内していたときとは事なり、本当に子供だと思わせる姿だった。
「じゃあ、この間と違う店にでも行くか……」
「うん!!」
彼等はクローゼットを潜って彼の住んでいる世界へと向かい、少し早い夕食を食べに出掛けた。
今回は近場にあるステーキレストランへとやってきた二人。この店にはドリンクバーがないので無駄に立ち歩くことがない。ミランダがドリンクバーというシステムを理解できるとは思えなかったからこの店を選んだのである。
日本語が読めないミランダ。メニュー表に乗っている写真付きのイラストを見て興奮する。
「ゆ、ユウスケ!! す、凄いね!!」
「ただのメニューに何を驚いているんだよ……」
「だ、だって本物のような絵が載っているのよ!! これは凄すぎるわ……」
「写真をプリントしただけだろ……こっちではこの様なメニューは当たり前なんだよ。子供が見て選べるようにしてあるんだ」
「こ、子供までこの様な店にやってくるの!!」
「そうだよ。こっちでは子供や老人までがやってくるんだ。俺達にとっては普通の店だよ」
「こ、これで普通なの……革命的じゃない……」
「そんな事より、食べたい物は決まったのか?」
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ……」
そう言ってミランダはハンバーグステーキを注文し、初めて白いお米を目にする。食べている最中もしつこく食べ物のことを聞いてきて、その度にミランダにメニューを教えてあげるのだった。
「あ~まさかこの様な銀細工が普通に使用できるなんて……。まるで王宮に招待された気分よ」
ミランダが言っている銀細工とは、フォークやナイフのことである。そしてスプーンも……初めて見たときは大声を出して驚いたので、周りから注目を浴びてしまう。かなり恥ずかしかったのは言うまでも無いだろう……。
「さて、そろそろ……」
食事が終わってミランダはジュースを美味しそうに飲んでいたのだが、桜木の言葉で動きを止める。
「え? も、もう……帰っちゃうの?」
「はぁ? 何言ってんの? まだ仕事の話をしていないだろ……何で文房具が駄目なんだよ?」
「あ、そ、そうだったね……。し、仕事ね……」
「そうだよ、家で話をしようと思ったが、ミランダが食事と言うからここに連れてきたんだろ?」
「そ、そういう言い方って無いんじゃ……」
「まぁ、満足してくれたならそれで何よりだ。それに俺が相談できるのはミランダしかいないからな……」
「そ、そうよ! 感謝しなさいよ!」
何でコイツはこんなに偉そうにしているのだろうか……。まぁ、いいや……。
「で、そうして文房具が駄目なんだ?」
「それは高級品として扱われているからよ。紙のような物は王宮でしか扱われていないわ。私達のような物がそんな物を手に入れることなんてそうそう出来やしないわよ……」
「だけど、紙のような物があるだろ?」
「皮で作った奴ね……だけど紙の方が高級品なのよ」
「また時代遅れなことを……」
「どう言う意味よ……」
「紙は400年くらいしか保つことが出来ないんだよ。だが羊皮紙のような物は、千年以上持つと言われている。こっちでは紙を使用している理由はただ単に安価だからだ。それだけのことだよ」
「よ、400年……て……」
「俺がいる場所は平和な世界でね……魔物がいない世界だから文明の進歩が早いんだよ」
「そ、そうなんだ……」
桜木の言葉にミランダは落ち込んだように小さくなる。華奢な身体を更に小さくして落ち込む姿はまるでこの猫のようだった。
「まぁ、そういう話だったら他の方法を考えるしかないだろう……」
桜木はそう言ってコーヒーを口にすると、ミランダは小さい声で「ご、ごめん……」と謝る。
「別に悪いことをしている訳では無いだろ……それより腹は一杯になったのか?」
「う、うん……。まぁ……」
「じゃあ、デザートでも食うか。何を食べる?」
メニューを取り出してテーブルに広げると、ミランダは俯いて何も答えようとはしない。考えたって無駄だというのに……。
「ミランダ、他に案が無いというわけではないよ。だから気にするなよ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。だから甘い物を食ってもっと考えを纏めちまおうぜ」
笑いながら言うと、ミランダは小さく頷き二人はデザートを食べてから帰ることにしたのだった。