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4話目 初めての異世界

 伊藤を家まで送ると、お礼を言われる。

 無難な返事を返したが、あんな話を聞かされた後?なんと答えれば良いのだろうか。

 そう思いながら家に帰ろうとしたが、テンションはかなり落ちている。

 彼女の前では気丈に振る舞っていたが、正直に言うと、かなり鬱な気分になってしまった。


 どうにか出来ない物だろうかと考えはしたが、所詮伊藤は赤の他人である。

 桜木にはどうにもすることが出来ない。

 気晴らしに車を走らせていると、一件の古本屋が目に留まり、車を止めて店の中へと入っていく。

 すると、入り口を潜った瞬間、不思議な感覚に包まれた。

 一体何が起きたのか判らず周りを見渡すが、ただの古本しかなく、先程の感覚は気のせいかと思い、面白そうな本があるのか探し始める。

 すると、一冊の本に目が留まる。


 その本のタイトルは『誰でも異世界に行ける本』と書かれた本であり、本を手に取って中をペラペラ捲ってみる。

 手に取った時はライトノベルのような物かと思っていたのだが、そういった物ではなく、意味が分からない事ばかり書かれており首を傾げ本を閉じた。

 本の背表紙などはそれなりに劣化しているように見えるが、中身はそれほど劣化していない。


 だが、この様な眉唾物を買う奴がいるのかと思い、元にあった場所へ戻そうとすると、店員らしき人に声をかけられ身体をビクッとさせた。


『気に入りましたか? その本……』


 桜木は振り向きその姿を確認すると、笑顔が可愛い女の子の店員が立っており、この子が声をかけてきたのかと目線をずらして周りを見るのだが、店内には桜木一人だけである。


「あ、あぁ……。こ、これですか……」


 戻そうとした本を再び持ち、苦笑いをして再びペラペラ捲ってみる。

 中は魔方陣のような物が書かれてあり、何やら注釈のような言葉も書かれてある。


『あ、面白そうな物を手にしましたね。それは本物ですよ。まぁ、この店には偽物なんてありませんけどね』


 女の子は笑いながら言う。

 しかし、この様な眉唾な本を買うつもりはなく、棚に戻そうとしていたのだが、女の子の目を見ていると、一瞬だけ意識が飛んだ気がした。

 そして、気が付いたら自宅に戻ってきており、手元には古本屋で手にした本が置かれていた。本の裏には3,000円と書かれたシールが貼られており、どうやら自分はこの本を購入してしまったらしい。


 しかし、思い起こせば購入したような気がする……。


「疲れてるのか? 俺は……」


 そう呟き適当な場所に本を置いて、風呂に入ることにした。翌日、バイトへ行くのだが……正直、伊藤さんと顔を合わせるのが気不味い。どう接したら良いのだろうかと考えてしまう。


『私、自衛隊に入ることにしました。あそこなら勉強しながらでも給料を頂けますし、資格も取ることが出来ますから……』


 彼女はそう言って、切なさそうに笑っていた。

 彼女の事を思い出すと、その切なさそうな姿を思い出してしまうのだ。


 とは言っても、伊藤は彼女ではない。だが、伊藤は桜木に「遊びに行きませんか」と、ことある毎に何度も誘ってくれて、その度に桜木は誘いに乗って、一緒に出掛けていく。


 しかし、その時間も終わりを迎える。

 彼女が入隊する日が近づきバイトを辞めることになったのだ。

 彼女は皆に笑顔で別れの挨拶するのだが、最後に桜木の顔を見て、大粒の涙を流す。

 けれども、今の桜木にはその涙を止める術はなく、彼女の頭を撫でることしか出来なかった。


 そして、それから数週間後に桜木もバイトを辞めることにした。

 その理由は、バイト先に行くと彼女が来る気がして、仕事に集中できなくなったからだ。


 多分、彼女のことが好きだったのだろう。

 一緒にいるときはそう考えることが出来ず、なんとか彼女を楽しませようとしていた。

 だが、いなくなってその事に気が付く。

 人は無くしてから大事なものに気が付くことが多いと言うが……そんな事を思いながら頭を掻き、違うことを考えようとする。


 今更彼女に連絡を取ろうとしても、彼女は携帯を持っていない。

 あの日、彼女が大粒の涙を流した理由……それは、連絡を取る手段がない事を理解したゆえの涙。

 永遠の別れがやってきたのだと悟ったからだと判ったとき、桜木は外に出て星空を眺め自分の情けなさに歯がゆくなるのだった。


 それから数ヶ月は仕事などする気が起きず、家に引き籠もる日々が続いていく。

 しかし、このままではいけないと思い、出掛ける準備をしようとして、クローゼットの扉を開ける。

 だが、そこは見たことのない部屋に繋がっており、目の前で起きている出来事に理解する事ができず、その部屋を見つめてしまう。


「な、なんだこりゃ……」


 幻覚でも見ているのかと思いきや、そうではない。

 何故ならクローゼットの向こう側にある床を触ることが出来るのだ。ペタペタと触り、それが現実に起きていることを頬を抓って理解する。


「ほ、本当に……繋がっているのか……」


 そのまま中へと入ると、そこは桜木がいた世界とは異なる場所で、窓と思われる板を開き外を見ると、まるで中世のヨーロッパに似た景色が広がっていた。


「なんだこりゃ……」


 再び同じ言葉が口から出る。

 それしか言えず、再び理解に苦しんでしまう。


 外には人間というか、桜木よりも背が低く……物語に出てくるドワーフのような生物がおり、普通に服を着て歩いている。

 そして、人間のような生物と話をしているところをみると、ここは現実離れしているところだという事が判る。


 恐怖よりも好奇心が打ち勝ち外へ出てみると、建物は異なるが、桜木がいた世界とあまり変わらないような気がして周りを見渡す。

 だが、桜木の服装が珍しいのか、通り過ぎていく人々にジロジロと見られてしまう。

 確かに周りの人とは服装が異なっており、周りの人はヨーロッパとは事なり、まるでゲームの世界にいるような感覚を憶えた。

 人の目線から逃げるように慌てて自分が出てきた家に戻り、元の世界へと帰る。


 そして、クローゼットを閉めてから家の外へ出ると、そこはいつも見ている景色であり、何が起きたのか再び考えてしまう。


 誰かに相談をしようとしたが、相談できる相手もいない。

 伊藤がいれば冗談交じりに楽しい話が出来たのかも知れないが、彼女は既に自衛隊の寮へ入っているし、連絡先も知らない。

 バイト仲間に教えて良い話なのかと思ったが、直感で危険だと判断してしまう。


 何故危険だと思ったのか……それは、クローゼットの向こう側にいる相手の腰に、短剣のような物を所持していたことを思い出したからである。


 数回深呼吸をして家に戻り、包丁を持って再びクローゼットの中へ入っていく。

 誰かが家の中にいて、言葉が通じなかったとき、相手が自分にに襲い掛かってくるかも知れない。

 そのため、桜木は武装をしたということだ。

 と言っても、不法侵入をしているのは桜木の方であり、相手に非が有るわけでは無い。

 出来る限り穏便にしたいから、平謝りするつもりだ。


 建物は二階建てで、何処を調べても誰かがいる気配はなく、建物の様子から見て廃屋であることは間違いない。

 自分がここに住んでも問題ないと思うのだが、勝手に住んで問題になったら困るので、少し調査が必要になる。

 外の人に怪しまれないよう、服装を似せてから外へ出て調査をすることにした。


 喋っている言葉は理解できるのだが、文字に至っては全く読むことは出来ない。あれは英語でもドイツ語とも異なっており、文字とも言いがたいものである。


「参ったなぁ……あれは何と書いてあるんだ?」


 そう呟き考え込んでいると、馬車の邪魔になっているようで後ろから退いてくれと言われ、慌てて道を譲る……のだが、馬車を引いている動物は、今まで見たことのない生き物で、桜木は顔を引き攣らせてしまう。


「取り敢えず……こういった場合、何をすりゃ良いんだ?」


 ゲームのような現実の世界。

 人に話を聞いて、ここが何処なのか確認するべきだろう。

 そう思い、露店の人に話しかけることにした。


「こ、こんにちは……」


『へい、らっしゃい!』


「これって幾らするんですか?」


『値段はそこに書いてあるだろ?』


「ア、アハハ……。すいません……学がないもので……数が判らないんですよ~」


 馬鹿っぽいフリをしてヘラヘラしていれば、大抵の事はなんとかなるだろうと思い、ヘラヘラしてみる。露店の店員は呆れた顔をしてから眉間にシワを寄せ、教えてくれる。


『これは1個半銅貨1枚するって書いてあるんだよ。お前さん、田舎からでも出てきたのか?』


「え? あ、あぁ……そんなところかな……。それってどうやって稼げば良いんですか?」


『おいおい……』


 やばい、しくじったか?背中に冷や汗が長れる。


『ギルドにでも行って稼いでくりゃ良いじゃねーか。馬鹿でも稼げるだろ……』


「ギ……ルド?」


『お前さん、ギルドも知らねーのか? まさか……』


「あ、あぁ……。ほ、本当に田舎から出てきたんだよ。この町だって、今日初めてやってきたばかりでさ……」


 『ハァ~……』と溜め息を吐かれて店員は首を横に振る。自分は何か間違ったことを言ってしまったのかと思い、唾を飲み込んだ。


『ギルドはこの先を行ったところにある。文字が判らないんだったよな……ほら、これがそのマークだ。これ以上は仕事の邪魔だ。これから先はギルドで聞いてくれよ』


 そう言って店員はギルドのマークが書かれている紙のような物を渡し、他の客を相手にしようとしていた。


「あ、ありがとう……」


 お礼を言って逃げるようにその場から立ち去り、店員に言われたギルドという場所へ向かうことにした。


 店員が示した方向へ歩いて行くと、かなりの露店が連なっており、色々な種族がいることが判る。それを眺めながらギルドがある場所へ進み、店員が書いてくれたマークと同じ物を発見する。


 そのマークが書かれてある建物を離れた場所から見つめていると、人の出入りが多く、かなり繁盛しているのではないかと思わせる。


 桜木は意を決し、その建物の中へと入っていくと、中は酒場のようになっているのと、二階へと向かう階段があり、そこを行き交う人が沢山おり、呆然と立ち尽くしてしまう。


『入り口のところに立ち止まってるなよ、邪魔だろ』


 ドワーフのような人に言われ、慌てて道を譲る。ここで何をどうすれば良いのか……そんな事だけが頭の中でグルグルとリフレインするのだった。


 暫くボケッと見ていると、一人の女性が話しかけて来た。


「君、そんなところに立って何しているの?」


「へ?」


「ここはギルド、仕事を探しに来たのなら二階へ行ってくる? 一階は酒場になっているから……そんなところに立たれていたら邪魔になるわよ?」


「す、すいません……。だけど、俺……この世界についてあんまり判らなくって……」


 そう言われた女性は首を傾げ、不思議そうな顔をする。何を言っているのだろうと自分でも思ってしまい、苦笑いをして誤魔化すことにした。


「判らないって……町のこと? 今、世界がって……」


「あ、いや……い、田舎から出てきたから……右も左も判らなくて……その……」


「ふ~ん。田舎から上京してきたんだ……。まぁいいわ、そこに座ってくれる? そこに立たれていると、周りの邪魔になってしまうから……」


「で、でも俺、半銅貨すら持っていませんよ」


「私が奢ってあげるわよ。ほら、座りなさい」


 彼女はそう言ってカウンターの椅子に座るよう促し、桜木はその指示に従うのだった。

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