2話目 暇な時間を潰す
桜木は人生を一発逆転させた。
よくある話だが、高額当選をした人は口を滑らせて誰かに言ってしまい、親戚が一気に増えてしまうという話がある。
だが、桜木には話をする家族がいない。
そして、親戚とは高校に入ってから一切連絡を取っていないため、誰に喋ることなく部屋で喜びを噛み締める。
暫くしてハローワークに書かれていた資格のことを思い出す。
それを受講することにし、資格を取ることを決意する。
いつかは尽きてしまうお金なのだから、自分の身になるように使わなければならない。
それに、車の免許だって取りに行く必要があるだろう。
別に勉強が嫌いというわけではない。
これからの事を考え資格を取れるだけ取ることにしたのだ。
一年はあっという間に過ぎていく。
車の免許を始め、各種の資格を手に入れたのだが、未だに定職には就いていない。
さて、これからどうしようかと考えていると、マンションの修繕積立金を支払っていくのが馬鹿らしく感じてしまう。
どうせなら平屋の一軒家を購入し、そこを自分の好きなように改造してしまえばよいのだ。
修繕積立金など支払っても、使われる物は決まっているし、周りを気にした生活を送らなければならない。
なら、何処か知らない場所へ引っ越し、自由に生活をすれば良い。
都内に平屋というのはかなり少ない。そのため、都内から離れた市へと引っ越すことにした。購入した建物はかなりオンボロだが、中は思った以上にしっかりしている。値段は700万ほどで購入することが出来き、リフォームは自分でやることにした。といっても、出来ない部分は業者に任せるしかないのだが……。
引っ越しをして一週間が過ぎたころ、桜木はホームセンターへと向かい、リフォームの道具等を購入して家に帰る。そして、家のリフォームに着手する。
だが、人との関わりを持たずに生きていくのは不可能であり、また、恋人がいないのは寂しい事だと思う。桜木はファーストフードなら、簡単に面接に受かるだろうと、少し離れた場所にあるファースフード店に面接を受けることにした。
ファーストフードの面接はすんなりと通り、桜木は週三日の四時間という内容で仕事を始めることにして、その日の都合によって、仕事の時間を延ばすかは店長と相談ということになった。早く慣れるため朝一からバイトに入ると、職場にはおばちゃんが多く、親切に仕事を教えてくれる。
徐々におばちゃん達と仲良くなっていくと、やはり定職に就かないのかと質問される。だが、就職難だと説明すると、おばちゃん達は納得してくれて、それ以上の込み入った話はしてこなくなった。
それから数週間程すると、バイトの時間帯が変更となり、夕方の時間で仕事をする事となる。昼間よりも夕方の方が忙しいという事と、男手が欲しいという事だったからだ。
夕方になると学生のバイトが多く、久し振りに似たような年齢の人と話が出来きホッとするのだが、皆は口を揃え、「何故、定職に就かないのか」と聞いてくる。
おばちゃん達に言った事と同じように答えると、皆は納得してくれるのだが、大学でも通えばどうだと言ってくる。それでも構わないとは思うのだが、学費がもったいなく感じ、桜木は大学へと進学することはしないと答えた。
数ヶ月バイトをしていると、徐々に打ち解けてきた学生バイトが遊びに誘ってくれる。
『桜木さん、バイトが終わったらどこか遊びに行きませんか?』
「え? う~ん……まぁ、やることないから構わないよ」
『オッシ! 桜木さんも来るってよ』
誘ってくれたのは高校生なのだが、それなりにリーダーシップがあるようで、周りから頼られている存在の男子高校生である。皆に桜木が来ることを言うと、よくやったと何人かが言っていたので、桜木が独断で誘ったのではなく、皆が誘ってくれたということを知った。
バイトが終わり、ロッカーで着替えていると、先ほど誘ってくれた高校生が話しかけてくる。
『桜木さんはどうやってここまで来てるんですか?』
「あれ? 言ったことなかった? 俺は車で来てるんだよ。と言っても、安物だけどね」
高級車を買うことも出来るが、どうやってお金を手に入れたのかと聞かれるのが面倒なので、安い中古車を購入し、それで通勤をしている。バイト先は家から車で10分程度の場所で、歩いてくることや自転車でも構わないのだが、車の運転に慣れるため短い距離でも乗ることにしていた。
『車ッスか! 良いっスね』
羨ましそうな声を出して気さくに喋りかけてくれる。そして着替え終わると、近くにあるカラオケボックスへ行くこととなるのだが、女子学生が三人と、桜木を合わせた男子学生が四人。合計七人で行くこととなった。だが、近くにあると言っても車で10分ほど走らせなければならない場所で、男子学生は自転車でカラオケボックスまで行くというが、女子学生達は歩きでバイト先まで来ているというので、桜木の車で連れて行くことになった。
ファーストフードの駐車場に止めてある車のドアを開けると、女子学生達が嬉しそうに中へと入り、キャッキャしている。まさか自分の車に女子学生を乗せることになるとはと思いつつ、カラオケボックスへと車を走らせる。だが、女子学生達はここぞとばかりに普段は聞けない質問をしてくる。
「桜木さんはどこに住んでいるんですか?」
「この近辺だよ」
「彼女は?」
「……いないよ」
「実家暮らしですか?」
などと、店に着くまでずーっと質問をされ続け、桜木は少しだけゲンナリとするのだった。
店に到着するが、男子学生の姿が見えない。まだ到着していないらしく、桜木が受付をすることにした。店員と話していると、女子学生達が横から割り込んできて好き放題話を進め、自分の名前で受け付けるだけ受け付けたら、機種などは学生達で決めてしまう始末。自分もこんな時期があったのかと思いながら受け付けを済ませ、学生達を見ていた。
暫くすると、男子学生達が息を切らせて到着する。全速力で自転車を漕いできたのがよくわかる。
『あ、桜木さん。みんなは?』
「もう、部屋に入って歌ってるよ」
『桜木さんは何してんの?』
「君たちが来るのを待っていたんだよ。部屋が判らなきゃ困るだろ? それに年齢から考えて、俺は保護者になっちまうんだから」
笑いながら言うと、男子学生達は軽くお礼を言って部屋に入っていく。自分は何をしているのだろうと思いながら部屋に入って、全く歌うことが出来ずにカラオケは終了するのであった。
何故歌えなかったかというと、学生達は順番という物を作らず、好き勝手に歌を選曲していき、好き放題歌を歌う。そのノリに彼は付いていくことが出来ず、呆れてしまったと言うことである。
終了の電話が鳴り、皆は割り勘だと言って計算を始めるのだが、社会人としてのプライドがあるのか、桜木は奢ってあげると言ってレジで精算を済ませる。皆はお礼を言って店を出て行くと、次は何をするのかと話し合っていた。
「今日はここでお終いだよ。君たちは明日学校があるんだろ?」
『え~……』
残念そうな声を出してもう少しだけと言ってくるが、桜木は首を横に振り、休みの時にまた遊ぼうと言って、女子学生達を車に乗せ送っていくのだった。