水俣の海
大震災の後、水俣に引っ越してきた私。ゴミのこと、差別のこと、未来のこと。いろんな事を取り留めもなく考える。小さな少女の揺れる思いの小さなお話し。
「ただいま~」
家の中は静まりかえっている。
テーブルの上には、おやつの焼き芋。
部活でしごかれたお腹が、ぐうっと鳴る。
皮をむくのももどかしく大急ぎで胃の中におさめた。
わずかに残った芋のしっぽを捨てようと台所へ行くと、
生ゴミバケツがなくなっていた。
(母さん、畑に生ゴミを埋めに行ったんだ)
①
家の裏を少し上がると、海を見下ろす小さな畑。
弟が、笑顔で走ってきた。
小さな手には、泥だらけのニンジンと里芋。
「今日は芋煮ぃ~」
何も気にせず泥んこになれる幸せ。
母さんは台所から出た生ゴミを畑に埋めている。
ここに来たばかりの頃、母さんが言っていた。
「命は巡る。良いもんも、悪いもんも。すべては巡る」
②
最初は生ゴミを野菜の肥料にするなんて、汚いと思ってた。
その上、昔の人はおしっこやウンチまで肥料にしてたと聞かされて、
うへぇと思った。
そんなお米や野菜なんて絶対に食べたくない、
科学知識のない、貧しい時代だから
そんな事をしてたんだと思った。
母さんが作る手作り味噌みたいな、
時代遅れな技だと思った。
③
だけど、夏休みに母さんが連れて行ってくれた近くの町の循環センター。
生ゴミも、し尿も大きなタンクで発酵させて液肥に変わる。
そばに行っても臭くない。
悪い細菌も、二重三重に安全対策がばっちりだ。
隣にはレストランや野菜の直売所。
ここ、本当にゴミ処理場?
ゴミが減って処理費も減る。
液肥はお米や野菜を育ててる。
④
役場の人が、子ども達に「つけ」を残さないために、
ゴミの焼却、埋め立てをしない町を目指すんだよって笑った。
ただ黙って施設を作っても、循環の輪は巡らない。
生ゴミ回収のために、町の人達の協力を仰ぎ、
液肥を利用してもらう為に、安全性や利便性の説明を惜しまず、
大人にも、子供にも話をしてきたんだって言っていた。
⑤
今の世の中、汚いものは嫌われる。
かわいく、おしゃれで機能的。
見た目もスマートで美しく。
お手軽で便利な世界。
型からはみ出したものははじかれる。
子供の世界だって同じ。
私も言われた「汚い」って。
汚いって何?
同じ地球の上で、
同じ空気を吸い、
同じ水を飲んでいる。
汚いと言うあなたは本当にキレイ?
⑥
「汚いものは、
見えない所に捨てればいい」
自らが出しながら、切り捨ててきたもの。
弱い何処かにおしつけてきたもの。
ゴミだけじゃない。
アイツは汚い。
あんな家は、地域は、病気は、民族は・・・・・・どんどん広がっていく。
知ろうとしない事は、罪だと思った。
偏見や差別、戦争にまでつながっていく怖い事だと思った。
⑦
生ゴミを埋め終わると、母さんは眼下に広がる美しい海を見ている。
母さんの頬には涙が伝っている。
ああ、きっと父さん達の事を思いだしているんだ。
遠く離れたこの地でも、この海は故郷の海とつながっている。
たくさんの命を奪った東日本大震災。
そして、その後に起こった原発事故。
母さんは故郷を離れた。
⑧
津波だけだったなら、
母さんは故郷に留まるつもりだった。
すべてを失っていても、
思い返すたびに涙にくれるのだとしても。
もう一度故郷を立て直すために、
もう一度つながりを取り戻すために・・・・・・
原発事故でまき散らされた放射性物質。
匂いもしない、味もしない。
でもそれは、人の心をずたずたに切り裂いた。
⑨
「お前達が生まれる前に亡くなった大ばあちゃんは言ってた。
『国破れて山河あり。
大きな戦争に、
自然の気まぐれに、
すべてをなくしても、
この山と海があれば生きていける。
ご先祖様も、そうやって立ち上がってきた』
でもね、今度はその山河が人を拒んでしまった・・・・・・」
故郷を離れた痛みに、母さんは泣いている。
⑩
泣かないで母さん。
この目の前に広がる海は、かつて人に汚された。
今も、その後遺症に苦しむ人がいる。
ここでも、人の絆は打ち砕かれた。
でもね、地獄にしか思えない苦しみの中で諦めない人達がいたんだよ。
病による貧困の中で、
心ない人々の裏切りと差別の中で、
強大な力に踏みつぶされながらも声を上げ続けた。
⑪
その後、莫大なお金と時間を費やして再生された海。
そんな無駄な事をするならば、
最初からしなければいいのに。
だけど人は何度も同じ過ちを繰り返す。
場所を変え、人を変え、時代を変え。
誰の上にも起こる事。
人は、己の身の上に降りかからなければ、
その痛みに想いを巡らす事もない。
この空の下、今も泣いてる人がいる。
⑫
母さん、泣かないで。
変わらない過去と他人を思うより、
変わっていく未来と自分を信じよう。
命は巡る。良いもんも、悪いもんも。すべては巡る
今までに人間が出し続けてきたものを、
地球はきっちり返してる。
巨大化する台風。
干ばつに豪雨。
猛暑に大雪。
科学者じゃなくてもわかるよ。
何を一番に考えなくちゃいけないのか。
⑬
母さん、世界を洗濯しようよ。
昔、日本は外国の脅威に対抗するために
藩同士の恨みを治めた。
血を吐くような想いで手を繋いだ。
今、世界が向き合わなければならない本当の敵は何?
今、手を取り合わなければ間に合わない。
それはみんなが感じてる。
でも、なんでできないの?
お金が大事。
力が大事。
そうそう、それは大事だね。
⑭
でも、それで次の命が巡らないのなら、
いったい何の意味があるんだろう?
できない理由をあげるのは簡単。
やる!と決める。ただそれだけ。
不可能の「不」を取るのは自分。
私達、自分の頭で考え、
判断し、
行動できてるかな?
思うは招く
自分の出したものは自分に返る。
命は巡っていくよ。
笑って母さん、
未来を今から創るから。