エピローグ
その少女の死に様こそ、まさに彼女が忌み嫌っていたものにとてもよく似ていた。
そのことが何を意味しているのか、今になってようやく僕にも分かってきたように思う。
「――生命なんて大嫌い」
県境に架かる橋の上で、少女はそう言った。
落ちては溶ける雪のように儚い彼女にはまるで似合わない、研ぎ澄まされた刃のようなその言葉は、僕の胸にとても深く突き刺さった。
生命。
時にそれはとても美しい文脈の中で語られる。
生命の星。新しい生命。生命の源。
けれど、生命はその内側にとても醜いものを秘めている。
なぜなら、生命とは常に他の生命の犠牲の上に成り立っている、そういう性質のものだからだ。
少女は、生命が本質的に醜いものなのだと知っていた。
けれど、彼女が本当に忌み嫌っていたものはこの世界そのものだ。
「悪いのは出来損ないのこの世界。世界自身が課したルールを踏みにじる行為が正義に成り得るこの世界」
彼女はそう言った。
彼女にとって、生命とは世界の構造的欠陥が生み出した歪みの象徴だった。
周囲に血溜まりを作って無残に潰れた少女の肢体は、まるで皮肉のようだった。
グロテスクな光景が、まさに生命の醜い本質を体現していた。
この世界は、彼女に対してどこまでも非情だ。
こうやって逃げ出したとしても、結局生命という呪縛からは逃れられない。
報われない彼女を想ってひとしきり泣いて、そして僕は彼女の生き様に恋をした。
けれど、最近になって僕は思い違いをしていたことに気づいた。
ただ死ぬだけなら、何も飛び降りなどという派手な方法を使わなくたっていい。
もう少し安らかに死ぬ方法だって彼女には選べたはずなのだ。
彼女が嫌いな生命の本質を少しでも覆い隠せるような死に方なんていくらでもあった。
それなのに、彼女はあえて高い橋から飛び降りることを選んだ。
それがただの偶然であるはずがない。
「生きることに意味なんてあるの?」
あの橋の上で、少女は言った。
横で聞いていた僕は、自我を確立しようと足掻いている思春期の少女にありきたりな質問の類だと思っただけだった。
それが大きな間違いだと気づいたのは、彼女が死んでからのことだ。
だが、その時でさえ僕は彼女の問いの本当の意味を分かっていなかった。
生きる理由はどこにもなくても、死ぬ理由ならいくらでもあったから彼女は死んだのだと思っていた。
だが、それが彼女の死の真相だとするならあの死に様はおかしい。
今にして思えば、彼女を生とか死とか、そういう生命を束縛する枠組みで捉えようとすること自体が間違いなのだ。
初めから、彼女は生死を超えた超越的な枠組みの中で思考し続けていた。
だから、あの問いは彼女自身に向けられたものではない。
彼女にとってはもはや肉体は別人と同じで、その別人である肉体に問うたに過ぎないのだ。
そして彼女は、その肉体を生命の醜さを証明する道具として利用することにした。
以上が彼女の死の真相だ。
県境に架かる橋の上で、かつて少女が見つめていた空を眺める。
生命の気配のない空。
彼女が奇麗だと言った空。
でも、この空の先に彼女の望むものは無い。
世界は果てしなく、決して逃れられないのだと言わんばかりに、どこまでも遠い青空が広がるだけだ。