魔法少女になりたい!
魔法少女。
女の子なら誰しも一度は憧れた経験があるのではないだろうか。
かく言う私も、幼い頃は魔法少女のアニメが大好きだった。日曜の朝は放送10分前からテレビの前でワクワクしながら待機し、魔法少女がピンチになれば声を上げて全力で応援していた。誕生日に魔法ステッキを買ってもらった時は本当に嬉しくて、毎日のように魔法少女ごっこをした。テンションが上がりすぎてステッキで弟を物理攻撃し、泣かせたこともある。
その頃の私は「大きくなったら魔法少女になる!」と堅く決意していた。他の多くの女の子もそう思っていたと思う。だが幼い頃抱いたそんな思いも、成長するにつれて忘れ去られていくものだ。
普通なら。
6歳の頃、家族で外出していた私は交通事故に遭った。対向車線のトラックが突っ込んできたのだ。今思えば居眠り運転だったのだろう。
ドンという衝撃を感じ、気づくと私は一人森の中にいた。突然のできごとにパニックになり、両親を求めて泣いている所を、近くを通った猟師が見つけてくれた。それが今の……この世界での父だ。見慣れない服装の上聞いたことのない言語を話す子供を引き取り、育ててくれたこの世界での両親には本当に感謝してもしきれないと思う。
だがその当時のことは正直ぼんやりとしか覚えていない。色々なことがショック過ぎたのだろう。家族と会えない上に言葉も通じない状況だ。今の両親によると、泣いたり怒ったりぼうっとしたりしていたそうだ。
しかしある日を境に私は変わった。それは猟師の妻である女性…つまり今の母が、火をつけるのを見たことがきっかけだ。台所に立つ母が何やら呪文をとなえると、ポッと指先から少し離れた所に小さな火がともった。それを使ってかまどに火を入れていたのだ。私は口をあんぐりと開けながら、その光景を見つめていた。
「……それ、まほうなの?」
ようやくそれだけ尋ねた私に、母は優しく微笑み、何か話しながらまた指先に火をともして見せてくれた。
その出来事は私に、強い衝撃と共に希望を与えた。
やっぱり大きくなったら魔法が使えるようになるんだ!ううん、もしかしたら頑張れば子供でも魔法を使えるのかも。今のうちに魔法を練習したら、きっと立派な魔法少女になれる!
根気強く私に話しかけてくれた両親のお陰でだいぶ言葉を話せるようになった頃、私は両親に魔法を教えて欲しいと頼み込んだ。母が唯一使える火の魔法はまだ危ないからと教えてもらえなかったが、父は水と風の魔法を使えたのでその中でもごく簡単なものを教えてくれた。私はこれらの魔法をすぐに覚えた。効果としてはスプーン一杯ほどの水をチョロっと出すとか、ちょっとしたホコリを吹き飛ばす程度のものだったが、それでも私は大喜びした。
元気が出て向上心を見せ始めた私に両親は喜び、子供用の魔法の入門書を買い与えてくれた。それを読みたいがために文字の勉強も頑張った。本を読めるようになると、私は家の裏手で魔法の練習を始めた。気分を出すため髪をツインテールに結い、憧れの魔法少女と同じ白い……というか生成りだが、ワンピースも着用した。
いつものように練習に励んでいると、隣の家に住む男の子、アルフが声をかけてきた。
「おまえ、まだそんな魔法練習してんの?だっせ!オレはその本程度の魔法なんてとっくに全部使えるぜ?」
む。私はまだ魔法の練習始めてからそんなに経ってないのに…それにアルフ年上じゃない!
「何よ!言っとくけど私アルフなんてすぐに追い越しちゃうんだからね!それに今私は『魔法少女ピュアホワイト』なんだから!ピュアホワイトって呼んでよね!」
「はぁ?何言ってんだリノ?何だよ『ぴゅあほわいと』って?」
「魔法少女の名前だよ!うーんと……たしか、『じゅんすいな白』って意味だったかな」
「純粋な白?なんだよそれ似合わねー」
ゲラゲラ笑うアルフに、私はむっとしてそっぽを向いたのだった。
「ピュアホワイトキック!」
重力魔法と風魔法を組み合わせて乗せた重い蹴りに、対戦相手の男子生徒が吹っ飛ぶ。そこまで、と教師が言った。
9歳の時入学した魔法学校での出来事だ。魔法学校では授業の一環として戦闘訓練も行う。魔法少女たるもの、中・遠距離魔法だけじゃなく肉弾戦もできなきゃね。少なくとも私の憧れる魔法少女はそうだった。最近は複雑な魔法でなければ無詠唱で使えるようになったので、好き勝手に技名を言いながら魔法を繰り出していた。
「おい……見えたか?」
「いや、全く……」
「マジかよ、あんなに短いのに」
「ほんと相変わらず色んな意味ですげえよな……」
クラスの男子達が何やらこそこそ話している。何の話だろ?
「おまえなあ……いいかげんその破廉恥な格好やめろよ」
アルフが話しかけてきた。私は飛び級しているので、先に入学したアルフと今同じクラスだ。
生成りのワンピをすでに卒業した私は、憧れの魔法少女に似せたお手製のワンピースを着用していた。白に所どころピンクのラインが入った、ひらひらのミニ丈ワンピースだ。テレビの魔法少女はもっと足を露出していたが、ここでそんな格好をしていたら痴女扱いされてしまうので膝上までの靴下を履いている。だがこれでもアルフには破廉恥に見えるらしい。
「訓練のときはこの衣装って決めてるの!別にいいじゃない、ちゃんと下にも穿いてるし」
いいながらスカートをちょっと持ち上げた。魔法少女たるものスカートの中は見せずに戦うものだが、念のため短いズボンを穿いている。
「うわっ!……全く、リノももう12歳なんだから、もうちょっと慎み深くなれよな……」
「リノじゃなくてピュアホワイトって呼んで!」
ぶつぶつ言うアルフに、いつものようにお願いしてみたが、「やだよ恥ずかしい」と言いながらどこかへ行ってしまった。ことあるごとに魔法少女ネームを主張しているが、今の所誰も呼んでくれない……
13歳になった私は魔法学校を首席で卒業し、王国軍の魔物討伐部隊に志願して配属された。魔法少女たるもの、国民の平和を脅かす存在を放置してはおけないもの!
その頃人が住んでいる地域に出現して破壊活動をする魔物が多くなってきていたので、危険も多く、毎日とても忙しかったが、その分やりがいは満点だった。
そういえばアルフも次席で卒業後私と同じ隊に入っていた。
「アルフも私と同じ志を持っていたんだね!見直したっ!一緒に平和のために闘おうっ!!」
「いや別に……魔法を生かせるし、給料もいいからな」
そんなこと言って~、わかってるんだからね!同士よ。
魔法を纏わせた剣で戦うスタイルのアルフは、剣術の腕もかなりのものだ。剣術だけは私も勝てた試しがない。まさに即戦力の男だ。
私はといえば、入隊時こそ後方からの攻撃・防御サポートが多かったが、徐々に前衛を任されることが増え、肉体強化で魔物を殴り飛ばしたり、魔法弾で吹き飛ばしたりする日々を送っていた。
ここ数年間で私が技術的に大きく進歩した点……それは何といっても魔法で衣装を生成できるようになったことだ!これで何時でもどこでも一瞬にして魔法少女に変身できる。今の所この魔法が使えるのは私だけだ。周囲からは「才能の無駄遣い」なんて言われるけれど、かなり便利な魔法だと思う。
初めてこの魔法が使えるようになった時は本当に嬉しくて、アルフの前で「ピュアホワイト・メタモルフォーーゼッ!」と声高に唱えながら変身してみせたが、「はは……」という乾いた笑いと共に生暖かい目で見られてしまった。なぜだ、あんなに格好よくキメたのに……
しかもそのスカート丈はないとか見苦しいから太ももを出すなとかうるさいので、靴下はやめてタイツとブーツに変更した。
正式な場面では制服を着用しなくてはいけないが、討伐時は隊のエンブレムさえ付けていれば服装は自由なので、いつも変身している。入隊当初は隊長に「何だその格好は」と睨まれたが、「この服を着れば力がみなぎってくるんです!」と力説し、かつ実力を見せた後は何も言われなくなった。他の隊員も割と個性的なので、そんなに目立ってはいないと思う。たぶん。
作戦上目立つとまずい時は迷彩柄にしたりするけど、基本はいつも真っ白なピュアホワイトの戦闘服。汚れると台無しなので返り血は絶対に浴びないのが私のモットーだ。
変身ができるようになったからには、次に魔法少女に必要なのは独自の必殺技だ。私は日々魔物と戦いつつも必殺技の開発にいそしんだ。目下の課題は発動までの時間短縮と出力の調整だ。失敗して山を消し飛ばしてしまうこともあったので、大地の魔法で地形を復元する技術も上達した。復元魔法を応用し、それまで不可能とされていた回復魔法も使えるようになった。
変身できて、必殺技もあって、魔物討伐で名をあげれば、『魔法少女ピュアホワイト』って呼んでもらえるようにもなるよね?きっと。
私は相変わらず、憧れの魔法少女を目指してただひたすらに努力していた……
………………………………なんてことを、今私は走馬灯のように思い返している。
入隊から数年後、復活した魔王を討伐するための精鋭部隊に私は選ばれた。王国軍と魔王軍が戦っている間、私達は魔王城に潜入し魔王と戦っていた。魔王は高い知能を持った二足歩行の魔物で、ネズミと馬と羊の中間のような頭部にねじれた角を生やした姿だ。魔物達を操る能力を持っている魔王を倒せば、魔王軍は統率が取れずに壊走するだろう。
しかし私はどうやらここまでのようだ。満身創痍の仲間達の回復に力を注ぐあまり防御が疎かになった私の目前に、魔王が放った黒い魔法弾が迫っている。頭では色々な考えや思い出が奔流のように流れていくのに、体は全く動かない。そういえばアルフが「この戦いが終わったらリノに伝えたいことがある」とか言ってたな。「そーゆうこと言う人は早死にするのが相場なんだよ、不吉だからやめて!言いたいことあるなら今言って!!」って返したけど、アルフは何も話さなかった。何だったのかな。アルフは大丈夫かな……
ガギィンッ!と音が響き、目の前の魔法弾が弾かれた。
「馬鹿野郎!自分の防御を疎かにするなっ!!お前が死んだら勝ち目がないだろうが!」
剣を構えたアルフが私の隣に立っていた。私の回復魔法が効いたのか、荒い息ながらも何とか動けるようだ。
「このままのじゃ魔王の防壁を突破できない。リノ、おまえの必殺技とやらを使え」
「え、でも……発動までに時間がかかり過ぎるし、それに皆の防御も……」
「俺が何とか時間を稼ぐ!お前は最強の魔法少女なんだろう?やって見せろ!!」
そう言って魔王に向かっていくアルフ。物凄い速さで切り込むも、次々と生成される魔王の防壁全てを突破することはできない。だが魔王もアルフの息をつく間もない猛攻を受けこちらへの攻撃がかなり手薄になっている。今なら……!
そうだ、私は魔法少女ピュアホワイト!世界の平和を守るんだ!!
「炎よ、風よ、水よ、大地よ!!私に力を貸してっ!」
私は全力で魔力を練った。周囲を光と風が取り巻き、瓦礫を巻き上げながらうねりとなって立ち上る。ありったけの魔力を込めて構成した私の必殺技を今、渾身の力を込めて放つ!
「シャイニング・ホワイトストリーームッ!!!」
***
わあっ、と人々が歓声を上げた。魔王を倒した私達の凱旋に、王都は祝賀ムードに包まれている。
そして……
「勇者様!」
「ありがとう勇者様!」
「勇者さま~!」
…………私は勇者になった。
「うわぁーん!魔法少女!私は魔法少女なのにー!勇者じゃないのに!!」
せいぜいもう一、二年しか魔法『少女』でいられないのに!今勇者だなんて呼ばれていたら、少女の時期が過ぎ去ってしまう……
王城の一室で嘆きながらぼすっ、とソファに突っ伏す私を後目に、アルフが言う。
「まあ仕方ないだろ。魔王を倒したんだからな、勇者様?」
「ううっ……ピュアホワイトって呼んでよぉ……」
「はいはい。よく頑張ったな、ピュアホワイト」
…………え?
い、今『ピュアホワイト』って言った……!?
驚いてガバッと起き上がりアルフを見る私。
……それにしても何だか意外と……
「じ、実際言われると……ちょっと恥ずかしい……か、も……?」
うわ何だかジワジワきた。嬉しい……けど恥ずかしい!
私はかあっと火照った顔を再び突っ伏し、思わず足をジタバタさせた。
「ようやく気づいたか、馬鹿め。まあいい、以前おまえに話があるって言ったよな?」
「う、うん?言ってたね。何?」
まだ顔が赤いながらも背筋を伸ばし、私はアルフに向き直る。それまでの私をからかうような態度から一変、アルフは真剣な表情で私を見つめていた。普段とは違うアルフの様子に、私の鼓動は徐々に速くなっていく。
「子供の頃からリノのことが好きだった。俺と結婚してくれ。……魔法少女でもピュアホワイトでも何とでも呼んでやるから」
………今度こそ私は本当に真っ赤になった。
アルフの頬もちょっと赤かった。
***
数ヵ月後。
教会の鐘が祝福するように鳴り響く中。
純白のドレスを身に纏い、アルフの隣で幸せそうに微笑む私がいたのであった。