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桃太郎 3  作者: 芳田文之介
7/18

其の七



 息を切らしながら、やがて彼女は、波打ち際へとたどり着きます。

 間髪を入れず、彼女は、寄せては返す波の上でたゆたう、その『何か』に顔を近づけます。

 それから、じっと目を凝らして「どれどれ」と見やったその瞬間、思わず彼女は「ひっ……」と短くうめき、あとずさって、そこに尻もちをついてしまいました。

 相変わらず、海から風が吹いています。なんともいえずここちよい風です。

 そんな、風を受けながらも、彼女の表情は、ひどく冴えません。それほど、彼女はすっかり面喰ってしまったという証左でしょう。

 しばらくの間、彼女は浮かない顔つきで、水面にたゆたう、その『何か』を、うろんげな眼差しでぼんやりと眺めていました。

 ややあって、彼女は独りごとのように、口を切ります。どこか訥々した感じの口ぶりで――。

「こ、こんなの、つ、ついぞ見たことがないねぇ。こ、これほど、途方もなく、お、大きな寸法をした……」

 そこまでいって、彼女はいい淀んでしまいます。

 ……たぶん、あれだと思うんだけどねぇ。でも、ついぞこんなのにはお目にかかったことがないしねぇ――そういう疑心暗鬼に駆られた瞬間から、それが、まるで独楽のように、頭の中で、ぐるぐるひとつ処を廻りはじめたからです。



 このように、こうも彼女を疑心暗鬼にさせてしまう、その『何か』とは――。

 それは、一筋縄ではいかない手強い相手であるのは明らかです。間違いなく、彼女の想像を絶するような……。

 それを、うろんげに眺めていた彼女は、やがて、笑うのか、泣くのか、わからないような笑顔になって「もう笑うしかないねぇ……」と半ば捨て鉢気味につぶやいて、文字通りに「……ははは」と笑って、それから、力なく首を振るのでした。 

 もっともこれは、あながち彼女にかぎったことではないようです。

 それよりむしろ、あまりにも唐突に泡を食うと、すっかりうろたえた挙句、彼女のように半ば捨て鉢気味に「もう笑うしかないねぇ」と口にすることがおうおうにしてあるそうです。

 だからといって、現実から目を逸らして、笑ってばかりもいられません。それでは、いっこうに埒が明きませんし、なにより、事態がよりこじれて、いっそうややこしくなってしまう懸念があるのです。

 たぶん彼女は、そのあたりの機微を、十分こころ得ているのでしょう。

 さっそく彼女は、ヘラヘラと笑って緩んでしまった頬を、神妙に、引き締めたのですから。

 その上で彼女は、改めて、こころのなかで自分にこう私語ささやきかけるのです。

 でもこれって、やっぱり、あれだよね……。

 やっぱり、あれだよね――はてさて、彼女は、いったい、なにを見て、こうも疑心暗鬼になっているのでしょう。



 もちろん、みなさんは、あれだよね――それがなにか、もうお気づきのことでしょう。

 なにを隠そう、桃です。それも、やたら大きくて、やたら丸い――そうです、あの三つ目の桃なのです。

 結局のところ、千年ぶりに実った桃のひとつはだれにも拾われることなく、おじいさんの屋敷のほど近くを流れる小川から、やがて、大海へと流れ出たのでした。

 大海に出た桃は、なにかと辛酸をなめるのを余儀なくされます。

 たとえばそれは、時に、クジラの潮吹きで宙空高く持ち上げられたりとか、またある時は、イルカの鼻の上でくるくると弄ばれたりとか、とにかく、その辛酸をここに記していたのではきりがないほどです。

 そんなふうに、さんざんな目に遭いながら、桃は、芒洋たる海原を、幾日も幾日も、あてどなく、漂流しました。

 そうやって、漂流しているうちに、やがて桃は、彼女がくらすこの島の、その海岸線へと、首尾よく――いえ、首尾よくかどうか、それはまだわかりません。

 が、それでも、なんとか、漂着したのでした。



つづく



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