表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃太郎 3  作者: 芳田文之介
6/18

其の六

 


 春のうららかな陽の光。

 折からそのやわらかな光が、茫洋たる海原に降り注いでいます。

 あふれるほどにその光を浴びた水平線の彼方にたゆたう水面みなもが、ことさらまばゆく目に入ります。

 頭上一面に広がる、抜けるような空の青さ。それが、視界のはてで海の青さと重なり、いったいどこまでつづいているのかわかりません。

 澄み渡った空の下には、的皪てきれきとして、明るい陽の光を受けた白い砂浜が光っています。

 そこを、一匹の黒い蟹が、頑是なく、トコトコと歩いています。

 岸辺に寄せては返す波。

 潮騒が耳にここちよくふれます。

 あくまでも長閑な、白い砂浜の昼下がり――。

 


 そんな中、濃い影がひとつ、白い砂浜の上にひょっこりと現れました。

 よく見れば、女です。察するところ、三十がらみでしょうか。

 この彼女、女子のわりには、男子みたいながっしりとした体躯をしています。

 たぶんからだは、健全なのでしょう。ただ、こころが……ちょっと気がかりです。

 というのも、明るい陽の光を受けたこの砂浜は、えもいわれぬ陽気なのです。それが、この彼女ときたら、こうした雰囲気には全然そぐわない、ひどく曇った表情をしているのです。

 もしかして、何か悩みごとでもあるのでしょうか。

 もっとも、この了見は、あながち的外れではないようです。

 なぜなら、伏し目がちに肩を落として、どこかおぼつかない足取りで歩いている姿が、彼女のその胸のうちを如実に物語っているからです。

 


 しばらくの間、彼女は足元に視線を落としながら、白い砂浜をぼんやりと歩いていました。

 海から風が吹いてきます。その風が運んでくる潮の香りが、鼻腔をやさしくくすぐります。

 それが呼び水になったとみえて、ふと彼女はこうべを挙げ、眼差しを、水面へと投げました。

 とたん、彼女は眉をひそめて、急に、歩みをとめます。よほど、水面に反射する光が、まばゆかったかったようで。

 それでも、まあ、それも目を瞬いているう漸く慣れてきます。

 なので彼女は、ふたたび、動き出そうとします。けれどすぐに、その動きは挫折します。代わりに、彼女は、けげんそうな表情で、わずかに首をかしげます。

 あれは、なに?

 そんな感じで、彼女は首をかしげたのです。

 ひょっとして、水面に『何か』浮かんでいたーーということでしょうか?



 ありゃ、なんだろうねぇ?

 やっぱり、そのようです。つぶやいた彼女は、陽射しを遮るように掌を額に水平にあてて、そうして、背伸びして、それからまた、目を皿にして、その正体を探ろうと躍起になります。

 が、いかんせん、その『何か』までは、かなり距離があるのです。したがって、その正体は判然としません。

 だったら――意を決したように、彼女は毅然とつぶやきます。

 ところで、彼女は性来男勝りの性分をしております。おまけに、ひときわ好奇心が旺盛でもあります。

 そういう性質たちなだけに、ひとたび好奇心に火がつきますともう、居ても立っても居られません。

 そこで彼女は、つぶやいたあとに、よし、と強くうなずくと岸辺に向かって、脱兎の如く、駆け出したのでした。さっきまでのおぼつかない足取りが、まるで噓のように。



つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ