其の二
かくも、酒次第では、そしりとほまれがあべこべになる、そんなおじいさんではありました。
といって、おじいさんは、いくら悪酔いしたとしても、ついぞおばあさんに手を挙げたことはありません。
それが、ある日のことです。
あれは雨模様の、気がめいってしまうようなどんよりとした一日でした。
朝まだきから降りしきる雨が山を濡らしていたので、おじいさんは、いつものように、柴刈りにいけません。
そこでおじいさんは、やむなく、ひなびた屋敷で暇を持て余しながら、いつもなら慌ただしい日の暮れを、その日は、待ちかねるようにして過ごしていました。
「それにしても、暇でかなわんのう」
そうこうしているうちに、おじいさんは、やがて、無聊をかこつようになります。
けれども、いくらそれをなぐさめるからといって、これはどうかと思うのです。
なにぶん、お天道様はまだ中空高くのぼっているのです。だというのに、そんな時分から、おじいさんはもう一杯やりはじめたのですから……。
それでなくても、ちょっと飲んだだけでも、たちどころに、へべれけになるおじいさん。
それだけに、いやな予感しかしません――。
あんのじょう、それが、あだになります。
ちょっと口にしただけでも、すっかり人格が変わってしまうのに、そこにもってきて、ひねもす、恣に酒を煽ったとしたら――おそらくは、いつもいじょうにへべれけになり、いつにもまして大暴れすることでしょう。その挙句、おばあさんは、より割をくう憂き目にあい、いっそうてんてこ舞いの忙しさになることでしょう。
現に、その通りになります。いえ、それいじょうのおぞましい展開が待ち受けていたのです。
よりによって、おじいさんは褒めこそすれ、けっして手を挙げてはならないおばあさんの、その頬を平手打ちするという、まさに度し難い蛮行をはたらいたのですから。
これには、さしもの辛抱強さを誇るおばあさんも、ぷつん、と胸の感情の結び目がほどけてしまうのでした。
つづく