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桃太郎 3  作者: 芳田文之介
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其の十八

 

 長老たちはたぶん――。

 桃太郎の母親である彼女はこう思って、浮かない眉をひそめています。

 島のお宝を守るために、あの子を担ぎだすんじゃなかろうか、と。

 それもこれも、自分が悪いんだ、と彼女は悔恨の念にかられるのです。

 なにがなんでも、イジメられないようにしなくては――その一心で、彼女は、桃太郎を村一番の腕っぷしの強い子に育てあげようとしました。

 けだし、その通りの若者に桃太郎は育ってくれました。がしかしそれも、結局のところ、仇花に終わろうとしています。

 よりによって、この島のお宝を守るために、腕っぷしの強い桃太郎は、同胞の者たちと一戦を交える運命のようなのですから。

 運命って、なんて皮肉でイジワルなものなんだろう。

 辺りが、すっかり寝静まった深い夜――満天の星空の下、桃太郎の母親は、白い砂浜の上に独り座り、漆黒の海に向かって、あでどないつぶやきを洩らすのでした。



「おいらは、あながち間違ってないと思うんだけどな」

 ふいに、漆黒の闇を切り裂いて、父親である彼が、ひょっこり、この砂浜に顔を出しました。

 ふと彼は、わけもなく、夜半に目が覚めてしまったのです。 

 てっきり、傍らで寝ていると思いきや、存外、彼女の姿はどこにも見当たりません。

 どこにいったんだ、あいつ――彼は一瞬、うろたえます。

 かといって、そこは長年連れ添った伉儷こうれいです。

 もしかすると、あいつ、あそこで――そう直感した彼は居ても立っても居られなくなり、ふと気づいたら、もうここにきていたのです。

 藪から棒に、声をかけられた彼女は一方、おぞけを奮って、二の句が継げません。

「どうも、びっくりさせたらしい……ごめん、おいらだよ」

 そういって、彼は、彼女の傍らに腰を据えます。それから、満天の星を見上げながら、「おいら、思うんだよ」といって、ことばをつづけます。

「腕っぷしの強い子になってなけりゃ、きっと、あの子はイジメにあってた、ってな。それを回避できたんだ。だから、あながち間違いじゃなかった、っていうのさ」

「で、でも、それで――」

 いまにも泣きだしそうに唇を震わせながら、彼女は、ことばを紡ぎます。

「あの子は同胞と一戦を交えることになるんだ。あたしは頭の少し足りない女だろ。だから、育てる道はこれ一本しかない、って頑なに思い込んだ。本当は、もっとほかにも道があったのかもしれないっていうのにね。それを思うと、あの子がただふびんでねぇ……」

 つぶやいた彼女の頬に、一筋のしずくが伝わります。どうも、それでつっかい棒がはずれたらしく、涙ぼうだするのでした。

「そんなに自分ばかりを責めるなよ。ほれ、とにかく、これで涙を拭きな」

 そういって、彼は、上着のぽけっとから手巾しゅきんを取り出し、彼女に渡してやります。

「あ、ありがと」

 ちょっと照れくさそうに、彼女はそれを受け取ると、さっそく、頬に伝わるしずくを拭いました。けれどすぐに、彼女は顔をしかめます。

 なんだか臭いわね――それが不快で、彼女は、顔をしかめたのです。

「あのときはさ――」

 そんなこととは露知らず、彼は神妙な面持ちで、ことばをつづけます。

「おいらも、それが最善の策だと思ったよ。いまにして思えば、おいらも同罪だ。だから、自分ばかり責めるなよな」

「ああ、わかったよ。おまえさんのそのことば、素直に受け取ることにするよ……けどね、これは返すよ」

 そういって、彼女は、手巾を彼にぶっきらぼうに返すのでした。

「う、うん……」

 けげんそうな顔をしながらも、それを受け取った彼は、ちょっと語気を強めて、問わず語りにつぶやきます。

「にしても、あれだ。こんなことになったのも、人間どもがこの島のお宝を狙おうとしているからだ。あいつらがこんな軋轢を起こさなきゃ、あの子はずっと、この島で穏当に暮らすことができたんだ……どうして奴らは、おいらたちの平凡で、かけがいのない日常を奪おうとするんだ! 冗談じゃないよ、まったく」

 その不条理が、歯嚙みするほど口惜くやしくてたまらない、そんな彼でした。


 


 白い砂浜の上に、二人は肩を寄せて腰を下ろし、しばらくの間、無言で、漆黒の闇に広がる海を眺めていました。

 海から風が吹いてきます。それが、心地よく頬を打ちます。

 頭の上には、天の川が一筋かかっています。

 そこから振り堕ちる星の光のかけらが、芒洋たる海原の水面に、ちらちらときらめきながら、美しくちらばっています。

 そこには、苦しみのすべてを飲み込んで、ただ静かに夜を抱いている、そんな雄大な自然があるのです。

 しかもそこには、ちっぽけなこちら側とは全然ちがう時間が流れているような気さえするのです。

 いえ、むしろ、そこでは時間そのもが停止しているらしく思われます。わずらわしさに、いちいち落ち込んでるなんてばからしいじゃない、とでもいいたげに、ゆったっりと、鷹揚に構えているのです。

 ふいに、そのけしきに眼差しをむけていた彼が、沈黙を破って、ポツリとつぶやきました。

「あの子ならたぶん、大丈夫じゃないのかなぁ……」

 鷹揚に構えているこの雄大な自然は、そんな根拠のない感想すら抱かせるのでした。



つづく


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