其の十七
「なんでも、近く人間どもがこの島のお宝を狙って攻めてくるらしいぞ!」
長老たちが耳にした情報は、この島を牛耳る彼らにとっては不都合な真実でした。
「もしもお宝が奪われるようなことがあったら、わしらの立場がない」
島の最古参の長老が、赤鬼だけに、それこそ顔を真っ赤にし、やきもきしていいます。それはけれど、おためごかしながら――。
「これはのっぴきならない情報だけに、いましばらく内密にしておこうぞ」
姑息にも、長老たちはこの情報を糊塗しようと企てます。がしかし、巷間いわれるように、人の口には戸が立てられないものです。
というわけで、これは大変だと思って、人から人へとこの噂はさらに伝わり、やがて、桃太郎一家の元にも届くのでした。
これを聞いた桃太郎一家こぞって浮かない眉をひそめたのはいうまでもありません。なかんずく、眉間に深い皺を刻んだのは、桃太郎の母親でした。
これは彼女にとってとても、頭の痛い情報でした。
なにしろ、ようやっと属性という垣根を乗り越え、桃太郎は、この島の住民みなに愛されるようになった矢先だったからです。
それなのに、あんまりだねぇ――やりきれなさそうな息をついて、彼女は唇を嚙みしめます。
よりによって、桃太郎の出生地であるところの、その住人らが、この鬼ヶ島のお宝を狙って攻めてくるというのです。
こりゃ、厄介なことになったねぇ……。
沈痛な思いを持て余しながら、彼女は途方に暮れるのでした。
「手をこまねいているより、ここはひとつ機先を制してみてはどうじゃ」
島の評議場に癌首を揃えた長老のひとりが、その場の関心を攫うような提案を口の端に上らせました。
「ふむ、わしも同感じゃ」
「わしも、それがええと思う」
わしも、わしも、とあらかたの長老が、彼の考えと軌を一にするのでした。
「なるほどのう」
赤鬼の最古参が「座して死を待つよりは、ということじゃな」と、一堂に会する長老たちの意見を集約するように陳べます。
「それも、たしかにあるがの――」
機先を制しようと提案した長老がそういって、ことばを、こう継ぎます。
「それで、われらの面目をほどこすんじゃ」
つぶやいた長老は満足そうな笑みを、口元に浮かべるのでした。
彼のこのひとことで、鬼ヶ島のほうから人間どもの世界へ機先を制するという方針が、たちどころにきまります。
「だとしたらじゃ……」
そう口を開いた最古参は、一堂に視線をめぐらせて、鷹揚に、尋ねます。
「問題は、だれを、その討伐隊の大将にすえるかじゃ」
「たしかに、それは最大の問題じゃ……」
一堂に会する長老たちは皆一様にむずかしそうな顔をして、腕を組み、首をひねります。
ぎこちない沈黙が一瞬、評議場に降ります。
遠くで、かすかながら、波の立つ音が耳にふれます。これは、あの白い砂浜の海岸線から風が運んでくる、さざなみのようです。
「この島で……」
その沈黙を破って、ひとりの長老が口を開きます。
「とりわけ、腕っぷしの強い者といったら――」
もったいぶるようにして、長老は、そこでことばを区切ります。
「――者といったら?」
しびれをきらしたように、最古参が口を開きます。
たっぷり間をおいたあとで、その長老は答えるのでした。
「――といったら、桃太郎の右に出る者はおらんじゃろう」
つづく