第十五話
「ああ、わかった。うちの子として育てようじゃないか」
こいつが、そこまでいうのなら、有言実行を守るにちがいない――そう彼は思うから、彼女のことばに素直に従うことにしたのです。
なるほど、彼女の腕っぷしの強さは、村人のだれもが一目も二目も置くところです。
現に、毎年恒例の村の腕相撲大会では、輝かしい戦績を残しています。なにしろ、女子ながら、力自慢の大男を次から次とねじ伏せ、常に、村一番の栄誉に輝いているほどなのですから。
ってことは、あれだな、と彼は大船に乗ったつもりで安心するのです。
この子は鬼ヶ島でも異端児としての不条理に合うことなく、幸せな暮らしを送るのにちがいないな、そう思って。
かくして、桃太郎は、赤鬼と青鬼の子として、この鬼ヶ島で暮らすことになったのです。
母親である青鬼の、その温もりのある胸の中で、頑是ない寝顔で、すやすやと眠りにつく桃太郎。
その寝顔を、さもいとおしそうに目を細めて眺めながら、父親である赤鬼は、しみじみと思うのです。
けれど、それにしたって、人生ってやつは、どこで、どうかわってしまうか、さっぱりわからんもんだなぁ、と。
さて、彼はなぜ、そう思うのでしょう。
というのも、かねて彼は、こんな強迫観念に駆られて、眠れない夜を過ごしていたからです。
もしかしたら、あいつが子を授かれないのは、実はおいらに原因があるからでは、というふうにです。
それゆえでしょう。
時に、彼女が「はやく、子どもがほしいわねぇ」とわざとらしくいって、ため息をつくと、それが棘となって胸にぐさりと刺さり、その痛みに思わず彼はうろたえていたのでした。
おいらに原因があるというより、むしろ彼女に――他方で、彼はふと、そうした考えが頭をよぎる、そんな夜も過ごしていたのです。
そういう邪な気持ちに彼が陥るのも、実はこんな心理が働くからでした。
それは、自分ばかり責めていたら辛いので、それよりむしろ、他人のせいにしてしまえば、その辛さから逃れられるのではないか、という自分に都合のいい心理です。
でも、だからといって、それはそれで、自分の中に罪の意識が生じて、良心との葛藤に苦しむことにもなるのです。
自分に非があるのか、それとも、他人にそれがあるのか……。
こういったもつれ合いをほどくのはとても、厄介なことのようなのです。
「ちょっと、お社に詣でてくるよ」
そういって、彼女はきょうも、屋敷のほど近くにあるお社に参拝に出かけました。
それは、とりもなおさず、子を授かりたいという一心がなせる業です。
彼はけれど、そんな彼女のけなげな姿を目にするたびに、思わずその胸が鈍くうずいてしまうのです。もちろん、これはうしろめたさゆえです。どうせたぶん、自分に非があるのさという、どこか捨て鉢気味な……。
そういうときは、屋敷にいても心中穏やかでいられません。そこで彼も、外に出て気を紛らわせようとするのです。
というわけで、彼はきょうも、彼女が出かけると、さっそく、屋敷を飛び出し、辺りをぶらついていました。
しばらく、辺りをそぞろ歩きしていると、やがて、白い砂浜が広がる海岸線の、その土手の上にたどり着きました。
そんなときだったのです。波打ち際で、途方もなく、大きい桃と、彼女が対峙している場面に、くしくも、彼が出くわしたのは――。
その桃を、彼らはわが家に持って帰ります。そうして、それを二つに割ると、そこから、なんと、赤ん坊が現れたのでした。
赤ん坊を見た彼が、まず最初に思ったのは、はたして、この子は自分たちの社会にすんなり受け入れられるだろうかという、なんともいえない懸念でした。
それはそうです。なにしろ、自分たちと敵対している人間の、その赤ん坊だったからです。
しかしながら、勇ましい彼女の話を聞いているうちに、彼は「それも、どうやら、杞憂に終わるようだ」と、次第に、思うようになったのです。
こうして、二人は、あれほど悩んでいたのがまるでウソのように、期せずして、元気な男の子を授かったのです。
しかもこれは、彼にとって、渡りに船だったというわけです。彼は、だから、しみじみと思うのです。
けれど、それにしたって、人生ってやつは、どこで、どうかわってしまうか、さっぱりわからんもんだなぁ、と。
つづく