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桃太郎 3  作者: 芳田文之介
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其の十三


 頑是ない表情をして、彼女のやわらかい胸の中で、すやすやと眠りにつく赤ん坊。

 その表情を、いとおしそうに眺めながら、彼女は、たぶんこの子はと、一瞬考えて、いや、きっとこの子はと、こう考え直します。

 天からの授け物にちがいないわ、あたしへの、と。

 それを信じて疑わない彼女は、ちょこんとこうべを垂れると、嬉々として、こころの中でつぶやくのです。

 カミサマ、たっての希望をかなえてくださって、まことにありがとうございました、というふうに。

 つぶやいた彼女の睫毛の裏は、熱いしずくでいっぱいです。希望がかなったと思ったとき、彼女は目頭が熱くなったのです。

 では、彼女がいうところの「たっての希望」とは、いったい、どのようなものでしょう?

 それは、こうです。

 実は彼女、彼と所帯を持ってこの方、いっこうに、子宝に恵まれなかったのです。

 そこで、暇さえあれば、住まいのほど近くにあるおやしろに足を運んでは「カミサマ、どうかあたしに子を、子を授けておくれでないかい」というふうに、祈願に余念がなかったのです。



 そんなとき、彼女の前に、この赤ん坊が、忽如として、現れたのです。

 きっと、あたしの一念が、カミサマに通じたんだ。

 そう彼女が思ってしまうのは、むしろ自然の成り行きです。

 極上の喜びに打ちのめされた彼女はひとり悦に入って、無意識のうちに、頬を濡らすのです。

 目尻にたまったその、しずくを、彼女は人差し指でそっと拭うと、改まったような表情で、端然と、彼の前に膝を重ねます。

 一方で、彼女に、真っ直ぐな眼差しを向けられ対座された彼は、思わず息をのみます。彼女の眼が、銃の照準のように、彼をとらえていたので、それもムリはありません。

 どうやら、よほどのことのようだな。

 そう思うから、彼も慌てて膝を正し、同様な眼差しで彼女をジッと見つめ返します。

 それぞれの真っ直ぐな眼差しがぶつかりあった空間には、緊張感で満ちた沈黙が張り詰めます。

 その沈黙の重みの居心地の悪さから身をかわすように、彼は、口を開こうとしました。

 けれど、その一歩手前で、「ねぇ、おまえさん」と彼女が先に口を切って、ことばを、こう継ぐのでした。

「この子は、きょうから、あたしたちが手塩にかけて育てようじゃないか」  

 毅然とした表情と口調で、彼女は訴えかけるようにいいました。

 それに気圧された彼はつい、わかった、と相槌を打ちそうになります。

 けれどすぐに、いや、ちょっと待て、と思い直すのです。

 それというのも、こんな疑問がふと、彼の頭をかすめたからです。

 その疑問というのは、われわれの社会で、はたして、この子は幸せに暮らしていけるだろうか――というものでした。

 さて、「われわれの社会」というのは、いったい、どのような社会をいうのでしょう。



 いつもはいるはずのおばあさんがいなかったことで、期せずして、この島に漂着してしまった、途方もなく、大きい桃。

 それにしても、どういう島なのでしょう――青みがかった顔をした彼や、赤みがかった顔をした彼女が暮らしている、この島は。

 実をいうと、この島、赤鬼やら青鬼のやらが暮らしている、そう、鬼ヶ島だったのです。

 この島で――と、彼は躊躇するのです。

 はたして、人間の子どもが幸せに暮らしていけるのかどうか、それを迷って。

 でも、だからといって、彼女は一度こうと決めたら梃子でも動かぬ性分です。

 なんのことはない、選択の余地などないので、結局、したがうしかないのか、と彼は一瞬鼻白みます。がしかし、その一方で、首を横に振っている自分がいることにも気づくのです。

 それもそのはず。

 おいそれとうなずける問題ではないしな、と彼は思い直すからです。

 なんといっても、赤鬼やら青鬼の中に、ひとりだけ差異のある者がぽつんと紛れれば「醜い子」と異端視され、最悪の場合、島民のことごとくから、疎外されてしまう懸念があるからです。

 いや、それどころか――彼は、ふと目を彼女から離して、遠いところを見るような目をしながら、つくづく考えるのです。

 この島で生まれたおいらでさえ、小さいころ、イジメにあったんだ、と。だとしたら、この子がイジメに合う懸念はもっと大だろう、とも。

 それほど、この問題は、非常に、複雑で、繊細なのです。

 だというのに、彼女と来た日にゃ、どうでしょう。そんな彼をよそに、赤ん坊をそっと置いて、にわかに立ち上がると、いそいそと押入れへと歩み寄るではないですか。

 そうして彼女は、勢いよく襖をあけて、なにかを取りだしました。

 見ると、赤子の衣服です。

 たぶんこれは、新しい命を、いつ授かってもいいようにと、用意周到に、彼女が取り揃えていたものでしょう。

 やれやれーーそんな彼女を眺めながら、ため息交じりに、彼は思うのです。

 こっちの気も知らないで、お気楽なもんだぜ、まったく、というふうに、力なく首を振って。



つづく


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