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桃太郎 3  作者: 芳田文之介
11/18

其の十一



「おまえだって、そう思ってんだろ」

「え!」

「食べがいがありそうな桃だ、ってさ。それで、品定めしてたんだろ」

「し、品定めって……」 

 彼女は、すねたように口をとがらせ、つづけていいます。

「それじゃ、まるであたしが食い意地が張ってる女みたいじゃないか」 

 へ! 

 覚えず彼は、目を点にしてしまいます。 

 張ってねぇっていうのか。人一倍張ってるくせに――ということばは、けれど、恐ろしくてとても、口には出せません。

 うっかり口を滑らせて、それで、いままで幾度となく痛い目に合っているからです。それを思えば、とても……。

 同じ轍は踏むまいと思っているので、代わりに、彼はこういいます。

「どうせたぶん、こう思っていたんだろ。これ、食べられるんだろうか、とか、もし食べたとしたら美味しいんだろうか、とかさ。しかもそういう目をして、こいつを垂涎で眺めてたんじゃないのかい。え、どうなんだい」

 そんなふうに、彼はいたずらっぽい目をして、カマをかけるのです。 

 うっ……。 

 彼女の目が一瞬、泳ぎます。

 どうやら、図星だったようです。

「そ、そういわれれば、そうだったような……だからといって、そうじゃなかったような」

 彼女は、姑息にも、お茶を濁そうとします。

 でも彼女は、動揺を隠すことは出きないのです。 

 きっと彼女は、まっすぐな性分をしているので、隠し事などは一切できないのにちがいありません。

「なんだよ、図星かよ」 

 さも可笑しそうに、彼はほくそ笑みます。

「わかったよ、それはみとめるよ……けどさぁ、ほら、あたし、オツムの回転がからっきしじゃない。だから、ややこしいこと考えながら品定めしてたら、しだいに、具合が悪くなって、しまいには、そんな自分に腹が立って、それで……」

 いい終わらないうちに彼女のことばを遮り、彼は「へへ、そりゃ、おめぇらしいや」と、皮肉な口調でいいました。

「と、とにかく、そういうわけで、半ば捨て鉢な気分になって、このままほったらかして帰っちゃおうかって一瞬思ったんだ。で、でもさぁ……」

「でも、なんだよ?」

「なんだか、妙に興味が湧いてきちゃってさ」

「興味? どんな?」

 彼女は、宙空をジッと見つめて、しみじみとした口調でいいます。

「あのね……そう、この桃はいったいどこから、この波打ち際へと流れ着いたんだろう、とか、こんなに大きいのにどうして、いままでだれにも見つからなかったんだろう、とかーーそしてなにより、もしかしたら、こいつ、あたしに拾われたくて、ここに流れ着いたんじゃないの、とかね」 

 そこで彼女はことばを区切ると、桃に視線を移して、それをぼんやりと眺めるのでした。

「なるほどなぁ……」 

 間髪入れず、うなずいた彼も、彼女と同様に、桃をぼんやりと眺めて、口をつぐんでしまったのです。 

 白い砂浜の上に一瞬、なんともいえない沈黙が降ります。 

 白い砂浜一帯には、やはり、潮騒が静かに音を立てているばかりです。

 その上を歩いていた二匹の黒い蟹はもう、どこかに消えてしまったようです。 

 しばらくの間、その静けさの中に、二人は、ひっそりと沈んでいたのでした。




「あたしねぇ、思うんだ」 

 その沈黙を破って、彼女が口を開きます。

「偶然にも、この桃、こうして、わたしたちが見つけたんだけれどさ……これって、ひょっとして、偶然じゃなくて、なにやら浅からぬ因縁ゆえの、あれだったんじゃないのかなって」

「あれって、なんだよ」

「え、あれは……あれだよぉ」

「だから、なんだって訊いてるの」「…………」 

 といって、彼は知っているのです。彼女が、なにをいいたいのか――。 

 なのに彼は、彼女の悟性の欠陥をいいことに、意地悪して、わざとからかっているのです。

 だとしたら、とても悪い旦那さんですね。 でもそんなことをしたら、あれですよ。あとでしっぺ返しを食らうのが世の習わしですよ。 

 後悔先に立たず、とはいみじくもいったもので、先に立ってくれれば、あとで、ほぞを噛むことはないのです。 

 けれど、そうならないのが、現実のややこしさというもの。

 とかく、現実は一筋縄ではいかないようです。 




 この人、ほんとうは、あたしがなにをいいたいかわかってるんだ。そのくせ、いまいましいたらありゃしないねぇ、まったく――舌を打ちたいような気分をどうにか押さえて、彼女は、なるべく表情を変えずに、さらっとした物いいでいいます。

「まあ、それは、いったん、こっちに置いといて――それより問題は、これよ。このいっぷう変わった桃をどうするかよ」 

 だしぬけに桃に顎をしゃくって、彼女はいいます。

「どうって、どうすりゃいいんだい?」 

 彼もどうしていいかわからずに、そう切り返します。

「そうねぇ……ひとまず、うちに持って帰ることにしようよ」 

 そういって、彼女は、だから、ね、というふうに、彼の顔を覗き込みました。

 うん⁈

 思わず彼は、目を瞬きます。

 え、お、おいら……おいらが、こいつを抱えて、うちに持って帰えれってか? 

 そういう目つきをして、彼は、彼女に訊きます。 

 もちろんさーーというように、彼女は黙って、鷹揚に、うなずきます。

 文句はいわせないよ、というような毅然とした光を、その瞳に宿して。 

 ほらね。さっそく、しっぺ返しを食ったようです。 やはり、彼女は、さっき、意地悪されたのを、いまだ根に持っていたようです。 

 やれやれ――ため息ついて、彼は力なく首を振ります。

 一度こうと決めたら、梃子てこでも動かない彼女です。だから、ため息をつくしかほかないのです。

 やむなく、彼は、波打ち際にたゆたう桃を、ひょいと持ち上げようとしました。が――。 

 こ、こいつは、やけに重いじゃねぇか。とてもじゃないが、おいらにゃ、ムリだ……。 

 思わず、彼はこころの中で悲鳴をあげます。そうして、なさけなそうな顔で、彼女を見ます。 

 そこは、永年連れ添って来た伉儷こうれいです。たちどころに、彼のこころの声を、彼女は理解します。

「なさけないねぇ、まったく。ほら、どいて、どいて」 

 そういって、彼女は、彼に代わって桃を持ち上げようとします。 

 がしかし、思いのほか重たいのです。 

 こりゃ、たしかに、重いねぇ。なまじいな力じゃ、到底持ちあがらないよ。 

 こころの中でそう彼女はつぶやくと、渾身の力を振り絞って、ふたたび、桃を持ち上げます。 

 それにしても、『何か』が入っていそうなーーそう思わずにはいられないほど、この桃は、むやみやたら重いのです。  

 うん⁈

 彼女は思わず、ハッとします。

 やっぱり、『何か』が入ってるんじゃないか、と。

 なぜなら、彼女はいま、桃の中で『何か』が動いた、ような気がしたのです。 

 いくらなんでも、それはーーけれど彼女はすぐに思い直します。 

 たぶん錯覚だよ、と自分に強く言い聞かせて。 

 それから彼女は、よっこらせ、と桃を持ち直し、額に汗しながら、重い歩みを、それでいて、どこか弾んだ歩みを、わが家へと向けるのでした。



つづく



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