帰宅。
アパートの扉を開け、電気をつけ、制服をハンガーにかけるとカバンから弁当を出して流しに置く。
汗ばむ季節なので洗濯は毎日する。脱いだものをすべて洗濯機に入れ、回している間に晩飯の準備。
今日は弁当の残りのほうれん草を入れたひき肉モヤシ炒めととき卵入り大根味噌汁。大根は荒い刺身のつまぐらいに細かく切り、飯は早炊きでさっさと作る。
それを食べ終わったら食器を水につけ、その間にシャワー。出てくるころには洗濯が終わってるので狭いベランダに干してある前日の洗濯物を取り込み、洗ったものを干す。ちなみに取り込んだ洗濯物は明日着るものなので畳まず、ソファの端っこにおいておく。で、食器を洗ったらやっと自由時間だ。
ここまで都合1時間ちょっと。今日は部活が無かったけど、寄り道をしてしまったので既に日も暮れている。
一人暮らしで何がめんどくさいかって、この生きるための家事だ。親任せの実家暮らしと違い、下宿、しかも予算が限られた中で生活するのにはそれなりに手間がかかる。迷わず、できるだけ決まった手順の中で些細な応用を働かせながら生活する。日々すべてこんな感じだ。
そう、さっきの大谷の相談のように。
あとは宿題を片づけるだけとなり、工藤のノートのコピーを広げたところでふとベッドに横になる。
(ありがと。)
「ありがと、か。」
大谷の言葉を思い出し、少し胸がモヤモヤとする。
長い沈黙の後に出た感謝の言葉を、額面通りに受け取れる素直な性格はしていない。
そんなことはわかってる。
だから相談したんだ。
もっと他に何かないのか。
黙ってる間、そんな言葉がぐるぐると回ってたんだろう。
でも、どちらかと言うと大谷も俺と同じく「相談される側」の人間だ。
だから俺の言った、相談という行為の本質も理解したはずだ。
だから、それらを口にできない。
「俺が大谷なら」というダメ押しの意味も理解しただろう。
それはつまり、大谷が俺の立場なら最終的に選ぶ言葉、という意味だ。
だから、大谷は何も言わず言葉を飲み込んだ。
そして何より、大谷の想い人が美生谷の想い人と同じなのだから、美生谷の相談からとっとと身を引くべきだ。
そうでないと、いろんなことが起きてしまう。
それはいろんな人を巻き込み、面倒な話になっていく。
でも、だからと言ってそれをすぐ実行できるなら苦労しない。
普段の大谷なら、今日の時点でもう断っているだろうからだ。
でも、大谷は美生谷の相談を断っていない。
何故だ?
工藤が昼も放課後も呼び出されていたことが影響しているなんて、その時の俺にはまったく気がつかなかった。
そしてその工藤から、呼び出し0秒で着信があったことも。