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勇者一行を追い返したあと、警戒して傍を離れなかったイスラフェルに、巻き込んでしまったお詫びも兼ねて、休んで行ってよと声をかけました。
父もイスラに会えたのがうれしかったみたいですけど、実は用がなくてもちょくちょく顔を出しているので、声を掛けると直ぐに出かけていきました。というのも……。
「あいつ等に情けで食料を渡してやったが、礼だけ言って行ったわ。他にもいろいろやらかしていてな……。村の中でも被害がないか調査しなきゃならん。慌しくてすまんな」
いくら宿屋がないからって、お礼もなしにタダで飲み食いしていくなんて常識のないこと、普通ならありえないんですけどね。
お金が欲しいって言うのじゃなく、お礼に何がしかの感謝の品を贈るのがこの世界では一般的なんですが、それをスマイルのみで去っていったと。
母も父が出かけた後、しばらくしてから村を回ると出かけて行きました。被害状況を確認するために片付けをしていたそうです。
客間の扉が開いていたので、帰るために荷造りする勇者一行がなんとなく見えたのだが、我が家の物と思しき品が勇者の荷物に紛れ込んでいたのを発見したそうで……。
「チラッと見えただけだし、確実じゃなかったから言わなかったけど……」
確認したらやっぱり無くなっている物があって、その他にもどうも下着の入った引出しが開けられて、中を物色された形跡がある。もっと早く気が付いていたら擂り粉木で殴ってやったのに!と怒り心頭でした。
母が父の後を追ったのは、被害がそういった類のものだと、奥様方が口に出しにくかろうという気遣いです。
商人さん達が泊まる時は「良かったらそこを使ってくださいね」と整理箪笥のひとつを開けておけば、それ以外の棚を漁ったりしなかったので油断していました。
他人の家の箪笥や引出しの中を勝手に漁った挙句に、金目のものを持っていく。
ゲームの中でもやってることは泥棒だよねと首を傾げましたけど、現実でも同じことをやるとは思わなかったですよ。「勇者を名乗る一行が来たら」というマニュアルを作って村の各家に配っておいたのですが、役に立ったと思いたいです。
実は、その中で薬草とか武器とかを三倍額で販売するようにと指示しておいたのですよ。
魔力が満ちているので、薬草も武器の素材も海の向こうの大陸とは質が桁違いですから、製品としては出来の良いものばかりです。質が高いから値段も高い。あながち嘘ではありませんし、値段に文句言っていなかった様なので、見合った価格だったということなんでしょう。ゲームの中では値切るという感覚がないので、確信犯ではありますけど。
だから、最終的には儲かっていると思いますよ、父。
まあ、もともと儲からないはずが無いんですけどね。
うちの村の主要産業は、武器・防具・装飾品に薬。流通させても問題ない製品は商人さんに卸し、この辺では取れない食料や日用品を買っています。
ちょっと出来のいいものは、顔繋ぎ用献上品として使ったりもしましたけど、素材を厳選した究極の逸品はだいたいイスラフェルが買ってくれました。因みに素材も本人が持込んでいて、製品に使える素材で村人がちょっと取りに行きにくいようなものも、仕入れはイスラがやっています。
お金持ちなんですよ、イスラって。あちこちの見回りついでに薬草や素材をごっそり採取して、半分は持ち込み用に取って置いて、半分はその地方で売ってお金に換えているって言っていました。
植生の破壊や資源枯渇につながりそうなものですけど、人のあまり来ないところで採取しているし、植物が魔物化するのもなくはない。魔力が溜まりすぎるのも良くないとのことなので、一応理に適っているようです。
あの子、魔王なんで基本能力は高いんでしょうけど、レベルアップのために必要な経験値が途轍もないらしくて、少なくとも私よりは全体的に能力が低いんです。殲滅魔法的な独自スキルはありますが、攻撃も甘い、防御はもっと甘いから、依頼してくれるのは願ったり適ったりです。武器よりも防具を優先して作ってもらっています。
特に装飾品に関しては装備個数に限界がないみたいなんで、私もイスラフェルも、全状態異常無効とか、即死無効とか、物理・魔法防御五割増しとかが付いた、日常生活に邪魔にならない程度の指輪、腕輪、ネックレス、ブローチにピアスをじゃらじゃら身に付けています。
私はともかく、イスラは「お前はヴィジュアル系ロックバンドのメンバーか?」とでも言いたくなるような感じになりましたが、どうせ美形は何でも似合いますから良いんです。
あとは回復魔法が得意でないイスラフェルのために、体力全回復とか魔力完全回復とかの薬を作ってもらって常に持ち歩かせていますし、我が家にも必ず在庫を置いておくようにしています。
改めて考えてみると、敵として出現したらすっごい嫌ですね。HPを削って削ってやっと倒せそうになったら、敵が薬を飲んで体力全回復。最初からやり直しってなったら。
こちらにとっては備えて当然の事柄。転ばぬ先の杖ですよ。
さて、両親は出かけてしまいましたが、とりあえずお茶を入れようとお湯を沸かしました。
「なあ、ツェーリア」
「なあに?」
お茶を入れながら返事をすると、すぐ後ろにイスラフェルの気配。後ろから抱きつかれて、ちょっとびっくりしました。小さな頃はこんなスキンシップなんてよくありましたけど、最近はイスラの方も触れるのを避けていたみたいだったので。
すっぽりと腕の中に入れられて、この子もこんなに大きくなったんだなーと実感していると、腕に力が入ってぎゅっとされます。
「痛いし、危ないよ。火傷しちゃう」
痛くないですが(レベル的に)そう言うとようやく力が緩みましたけど、腕の中からは開放してくれません。仕方なしにおんぶお化けのようにイスラフェルを背負ったまま、お茶を入れました。
「ほら、お茶が入ったよ」
テーブルの上にティーポットを置くと、イスラは再び腕に力を込めました。
「なあ」
私の耳元に頭をうずめて、囁きます。
いや、くすぐったいんで勘弁して欲しいんだけどなー。
力じゃかなわない……訳でもないですが、甘えたい時もあるかとされるままにしておくと、吐息のような囁きが耳に届きました。
「あいつら追い返したから、もうツェーリアは死なないよな」
「…………え?」