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世の中には転生者が溢れている  作者: ごおるど
パラレル番外編
21/22

異世界召喚のセオリー 5

遅くなりました。すみません。

 




 政務に精を出していた私の政務室の扉が、ノックもせずに開いた。


「姉上、美和がどこに行ったかご存じですか?」

 挨拶もなしに端的に用件だけを口にしたのは、弟王子のイスラフェルだった。


 家出騒ぎ……というか、対外的には誘拐騒ぎからすでにひと月が過ぎ、着々と挙式に向けて準備が進められているが、肝心の花嫁が逃げ出してばかりいる。律義に行き先を誰かしらに告げてはいるが、今後はどうなるか分からない。


「ああ、今日は城下に行くと聞いたが……」

 言った途端に、弟の顔が不機嫌そうに歪んだ。

「誰か供を付けて行きましたか?」

「いや、お忍びだと言っていたから、一人ではないか?」

「そうですか。ありがとうございました」


「お前に伝わると分かっていて、私に違う予定を告げたのかも知れんぞ?」

 無表情に戻って踵を返すイスラフェルの背に声をかけたのは、もうじき義妹となる娘が哀れだったからだ。ほんの少しでも引きとめれば、自由な時間が延びるだろう。


 美和は召喚時に組み込んだ術式と魔王の城に行った際の経験値で、たった一人以外、追随を許さぬ能力の持ち主になっていた。そのたった一人が目の前にいるのに、心配するだけ無駄というものだ。行き先を告げている以上、まだ本格的に逃げるつもりでいるのではなさそうだ。試すような事を口にしたのは、弟といえども本心がどこにあるのかよく分からない相手への興味もあった。


「構いません」

 こちらを振り返った弟の顔には、まぎれもない笑みが浮かんでいた。鉄面皮だの、氷の王子だの言われた(かんばせ)が崩れるのは、美和と言う名の未来の王子妃の前だけなのだと、当の本人たちは気付いているのかどうか。


 これまで執着を全く見せなかった弟が、たった一つのことから起因したものだけに反応していると知ったのは、ごく最近のこと。

 この見かけだから、公の場に出ると、花に群がる蝶共が醜く争って酷いものだった。中には本気で好いていた令嬢もいたが、美貌自慢の女だろうと才女だろうと一顧だにせず、王族の義務を考えればあまりにも異性への興味がないのも問題だというので、それとなく話を聞いてみたことがある。


 答えはいつも同じ。「愛している人がいるのです」だ。

「彼女以外は皆等しくどうでもいい存在です」とも言った。


 では誰だと聞いても言葉を濁す。本当に周囲の人間をどうでもいいと思っているようで、特に乱暴な言動を取る訳ではないのだが、一定以上不快な言動をされると心の中で相手を切り捨てていると感じる時がある。そういう相手は弟の中では死んだ扱いになるのだ。

 死んだ相手は存在しない。例え目の前に居ても、死んでいるのだからもう二度と見ない、話さない。

 愛した王子に居ないものの扱いをされ、絶望した令嬢がいったい何人いただろう。


「性格はともかく、見かけと立場は一級品ですね。私はどちらも興味ありません。反比例して中身がひどいので、私にとっては意味のない価値観です」

 執着された娘はさらりと流して、「平凡サイコー!です。今となっては益々その思いは強いです」と言っていた。まぎれもない本心なのだろう。

 万人が認める価値を認めない故に、それでは引き止められないから逃げる。引き止められないと知っているから、余計に執着する。そんな図式が透けて見えた。


「愛情を試そうとしているのですよ、美和は。私に追いかけて欲しくて逃げるのですから。私の愛の示し方がまだ不足しているが故に、不安なのでしょう。追いかけて、捕まえて全身全霊をかけて愛を示すのです」

「…………逃げないように、縛り付けたりはしないのか?」

「そんなことはしませんよ。そうやってしか美和は私への愛を確認できないのですから、何度でもやったらいいのです。私も、美和の気が済むまで何度でも同じことを繰り返しましょう。……もちろん、元の世界まで逃げるようでしたらこちらも考えますが」


「………………そうか」

 やはり監禁する気満々だったか。忠告したことは正しかったと思う。

 そしてもう一つ。

「聞きたいと思っていたのだが……」

 自分とまったく似ていない、美という言葉を集めて作ったようなイスラフェルの顔を見た。


「能力を露見させたのはわざとだろう?ついでに言うならば、私を他国の王妃にしようとした縁談も、家臣たちを唆したのはそなたではないか?」


 イスラフェルが城を出た際、研究していた魔法陣の内容を記した書類が取り残されていた。魔術師に調べさせてみれば、我が国に伝わる魔物を召喚し従わせる魔法陣を元にした、異世界から特定の人物を招きよせる魔法陣だった。もう一つは、更にそれを変化させたと思しき送還魔法の一端。

 個人で研究できる水準の内容ではありません、と魔術師は言った。

 異世界に行くというのが最終的な目的なのだと聞いていたから、召喚の魔法陣は必要ないから置いて行った、あるいは持っていくほどの時間的余裕がなかったのだと思われたが……その時は、本当にそう思っていたのだが、時間が経つにつれて、おかしいと思うようになった。


 美和は知らないことだが、召喚魔法を行うには宮廷魔術師が総出で当たっていたのだ。当たり前だが、同じ世界のどこかにいる魔物を呼び寄せるのと、違う世界にいる特定の人物を呼び寄せるのでは、難度が全く違う。


 また、呼び寄せる当人の条件付けによって、違う者が来てしまう事があるようだったが、幸いにして、召喚対象の情報は山ほどあった。他ならぬイスラフェルが惚気ついでに大量に垂れ流して行ったから「桂木美和」を正確に呼び出すことができたが、送還魔法には更に魔力が必要になることを思えば、宮廷魔術師だけではほぼ不可能という見立てが自分の所に来ていた。さらにもう一つ。


「魔物を使役する魔法陣が元ですので、呼び出される側のレベルが高ければ高いほど、多くの魔力が必要になります。恐れながら、イスラフェル王子を送還できる程の能力を持った者は、当のご本人しか見当が付きません」

 イスラフェルを異界まで送るのは事実上不可能、美和自身もレベルが上がってしまっているので、宮廷魔術師のみでの送還は不可能。イスラフェル本人が術を行えばできるかもしれないが、まず、やらないだろう。


 そこまでの状況を鑑みて思ったのだ。

 イスラフェル自身が送還術で向こうに渡るのを断念したのなら、美和をこちらへ連れてくるしかない。だが、それは人一人の運命を捻じ曲げること。術を行使したらさぞや恨まれるだろう。では、第三者が召喚したとしたら?


 美和は、今もイスラフェルに対抗しようと、せっせとレベルを上げていると聞いている。それは元の世界に戻れなくなるのと同意だ。一見自由にさせているようでいて、退路を塞いでいることになる。


「姉上。為政者たる者、口に出したことは軽々に扱えぬことは良くお判りでしょう」

 立場があるんだから、いい加減なことを言うな、か。確かにその通り。証拠もなければ証人もいない。家臣たちも実際に動いた者たちでさえ、自らの考えで行ったことだと口にしている。


 否定しないというのが、最大の肯定であるのだが……。


「────まあ、ほどほどにな」


 すまん、美和。私では止められん。我が身がかわいいので、余計なことをお前の耳に入れるつもりもない。


 それにいずれ女王となる身としてみれば、美和ほど都合のいい王子妃などいないのだ。異世界から来たとはっきり分かっているので、間諜であるはずもなく、どこの貴族からの繋がりもない。行儀などは勉強させれば済むし、魔王を軽く捻りつぶした技量の持ち主であるのなら、使い道は幅広い。

 なにより弟が大人しくしてくれるのなら、それに勝るものはなく、ぜひともそのまま人身御供でいておくれという心境だった。

 少なくとも美和が今以上の地位を望まない限り、弟は動かない。大人しく自分の下に居てくれるだろう。



「では、失礼します」

 一礼して足早に去っていく弟の背を見送りながら、私は一つ溜息をついたのだった。






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