異世界召喚のセオリー 3
異世界召喚があるなら、異世界転生もあるか、と納得しましたが。
「じゃあ、私を知っているというのは、前世なんですね?」
「そうだ」
当然のようにキスされましたけど、私はこっちに召喚されるまで、恋人いない歴イコール年齢を絶賛更新中でした。告白された覚えもありません。あれは恋人にするキスだと思うんですが、この人、誰かと勘違いしているんじゃないでしょうね。……でも、私が名乗る前に名前を知っていたからなぁ?
「前世のお名前は?」
「……多分言っても分からないと思う。出会ったのは偶然だった」
聞けば、喫茶店でたまたま会った時に一目ぼれ……って、信じられるわけないじゃないですか。私は前にも言いましたけど、ザ・平凡を地で行くような容姿なんですよ。おまけに、名乗った覚えもない私の名前を知っているってことは、ストー……。
「いや、顔だけは自慢出来たんだが、美和に認識されなかったのが悔しくて、少しずつ距離を縮めている所だった」
顔だけ自慢って、全然自慢じゃないじゃないですか。それに、そんなこと聞いても心当たりがありません。少しずつ距離を縮めるって、やっぱりストーカー……。
真っ黒な目がこちらを見つめていたのに気付いて、慌てて愛想笑いを浮かべました。
「えーっと、まあ、前世が誰かは置いておいて。それでどうしたんですか?」
「一応、私は王と王妃の間に出来た子供だと証明されたが、完全にその嫌疑は晴れた訳ではなかった。私が長じるにつれて、魔術師を買収したのではないかという噂が蔓延してな。我が国では直系男子が王位を継ぐことになってはいるが、王女に継承権がない訳ではない。姉上は金髪碧眼の、誰がどう見ても父上と母上の子供であったから、姉上に王位を継がせた方がよいのではないかという意見が、家臣たちから上った。私が十歳の頃だ」
遺伝的に見たら、そりゃあおかしいと思うでしょうね。黒髪は優性遺伝だから、金髪の親から黒髪の子供が産まれたら、真っ先に浮気を疑うでしょうし。
その魔法、私の知識の中にもありましたけど、使えるからこそ確かに絶対に偽ることができないと分かりますが、国民総魔法使いでない限り、グレー判定を覆すのは並大抵のことではなかったでしょう。
……あれ?もしかして、覆っていないのかしら?
「私の記憶が戻ったのは、その少し前だな。ここは自分の居場所ではないと思った私は、持てる知識をすべて使って、元の世界に帰ることにした。姉上は女性ながらに幼き頃から帝王学を学び、素晴らしく有能だから、王位を継承しても何等問題なく国を背負っていける。もとより私は第一王子であって、王太子ではない。姉上が女王になるのなら、この世界から居なくなった方が政争の元とならないだろうと判断した。幸いにして周囲も私の事を要らない王子と判断したようだったから」
……『幸いにして』って、もしかして自分で噂を流したりして。なんとなくありそうな感じ。
「好都合なことにわが国には魔物を呼び寄せて使役する召喚の魔法陣が伝えられていたので、私は秘密裏にそれを元にした送還術……この世界から日本へと行く魔法陣を作ろうと研究を重ねていた。だが、あと少しで完成する頃、私は転生特典とでも言うべき能力を持っていたのだが、それが周囲にばれた」
その証明というように、ステータスを見せてくれました。……何これ。レベル100超えにステータスはカンスト。通りで勝てなかったし、速度に対応できなかった訳です。
「奇矯な王子というのが周囲の判断で、廃嫡もあと少しだったのに、手のひらを返したように『やはり直系男子が継ぐべきです』とか言い出して、ふざけるなと思った。姉上に直談判しに行ったら『理由を話せ』と言われたので、仕方なしに説明したのだ」
するっと頬を撫でられた。
「愛しい人がいる世界に戻りたいのだと」
「………は?」
なんだそれ。私とあなたは、恋人でもなんでもないでしょうが。脳みそが沸いているんですか?
変態の膝の上から切実に逃げたいんですが、隙はなし。どうしよう。この先の話も碌でもない予感がひしひしとしてきました。
顔でほだされないのかって?
変態というので既にゲージはマイナスに振り切れていますから、プラスの要素にはなりません。ええ。
「姉上に妄想の類ではないかと思われたようだが、他のことはともかく、こればかりは誤解されるのが許せなかったのだ。請われるままに以前住んでいた世界のことや、私が研究している魔法の内容のことを話した」
王女様の疑いは的を得ていますよーと思った所で、濡れたように光る目に囚われて、私は王子の腕の中でびくっと体を震わせました。
「野の花のように可憐な美和のことも」
いや、それ雑草並みに平凡で埋没してるってことですよね。
「名前や年齢、どれだけ私が美和を愛しているかを語った」
私とあなたは赤の他人ですよね?完全にストーカーの脳内補完が入っていますよ。なに相思相愛の恋人同士みたいなことを言ってるんですか。
「姉上は『分かった。時間をくれ』と言ったので、とりあえずのその時は引きさがった。だが、時を置かずして、一部の家臣が姉上の縁談を勧めていることが分かったのだ。女王の夫ではなく、第一王子の妃として。当然未来の王妃だから、輿入れすることになる。王位継承者が繰り上がれば、いやでも私が王位につくだろうと判断したらしい。……で、あまりに腹が立ったので、城を飛び出してここへやってきた」
「は?家出だったんですか?」
「家出というか……送還術も召喚術も、最低でも二人の術者が必要なのだ。魔法陣を維持する者と、呪文を唱える者。秘密裏に研究を進めているうちは良かったんだが、いつの間にか姉上が手を回していて、筆頭魔術師以下全員が私の命を聞かなくなっていた。弱みの一つや二つ握っている者もいたのだが、それ以上の鼻薬をきかされたらしい。それで、人が駄目なら魔族にやらせようとしたのだが、人間の術は使えないとか何とか抜かすので、下僕にして王宮からの迎えだったら、迎撃しろ、ただし殺すなと命じて城の入り口に待機させておいた。召喚術は完成していたから、送還術の構築まであと少し、研究を続ける時間稼ぎのつもりでな」
「え?アレが魔王だったんですか?」
手下かと思った人型魔族。瞬殺しちゃったアレですよ。あれが魔王だったなんて思いもしませんでした。だって、弱いし。
それにしても仮にも王と呼ばれる者が、人間の下僕と成り果てているとは、気の毒すぎます。
「少なくとも、私がここにいる限り王位継承はどちらに転ぶか分からんから、姉上の縁談も凍結せざるを得ないだろう」
「………………」
つまり、あれだ。この王子様はお家を継ぎたくないと駄々をこねて家でした挙句に、お迎えを返り討ちにしていたのだろう。
もしかして、もしかしなくても、あんなにさっさと王宮を追い出したのは、私が死なないと王様たちは分かっていたから?人身御供にするために召喚した?異世界に行かれてしまっては困るけど、執着している私さえこちらに拉致してきてしまえばなんとでもなると思っていた?
さらに私は、魔王の城に送り出した時の王様の台詞を思い出してしまいました。
「そなた以外に適任者はおらぬのだ。無事に姫を助け出して連れ戻った暁には、何でも褒美を取らせよう。もちろん、元の世界に還す方法はあるから安心してほしい」
魔王討伐の後、勇者は王女と結ばれるのがセオリーです。
魔王を倒せるほど役に立つ人材、そう簡単に手放してたまるか、取り込んで利用してくれるわ!な手法な訳です。傍から見れば逆玉の輿に乗ったことになり、男としても矜持とか権力欲とか色々なものが満たされるのだから、決して悪い取引ではないのでしょう。
私の場合、王女ではなくて頭に変態が付く王子で、おまけに、王様は「還す方法はある」と言っているだけで「還してやる」とは言っていませんでした。……てことを、本当に今更ですが、思い出しました。
…………泣いていいでしょうか。




