君で世界は回ってる ─ 魔王視点 レベル20-2 ─
「父上、このような得体の知れぬ子供の戯言を本当に信じるのですか?エスト侯爵は国一番の忠臣ではありませんか!」
ヨルグ国の王子が、あからさまに不信の色を見せながらこちらを指差した。正確には、ツェーリアの方を。
「佞臣が忠臣の皮を被っていることなど、よくあることでは?もし本当にエスト侯爵が潔白ならば、精査するのは侯爵の疑いを晴らすことにもなるのですから、悪いことばかりとは言えませんし」
対するツェーリアは、王子を一瞥しただけで淡々としている。一国の王子の言葉にも何ら感情を動かさない様子に、相手は少し鼻白んだようだったが、一層声を張り上げて叫んだ。
「疑惑の目を向けること自体、失敬だと言っている!」
まったく煩い。年寄りではないのだから、そんなにでかい声を上げなくたって聞こえるのに。
見た目は金髪碧眼の典型的なイケメン王子様だが、頭の出来は残念そうだ。そういえば、ツェーリアが事前に調べた情報として、王子はエスト侯爵の長女と婚約しているらしい。とすると、イベントでは王位簒奪者を追い詰めるはずの王子が、敵に取り込まれている可能性もあるわけだ。
それが本当だとしたら、どうしても王位が欲しい場合、エスト侯爵にはいくつかの選択肢がある。
王子を取り込んで完全に傀儡にするか、孫が産まれた段階で王子を始末して摂政になること。
あとはゲームと同じように、王と王子を弑して、王女を娶ること。
時間はかかるが、前者の方が確実だ。特に王子は簡単に手のひらの上で転がりそうな気がする。
だが、エスト侯爵はかなり高齢らしいから、時間という点で焦っているのは確かだろう。だからこそゲームの中でも、魔物を使って王を殺し、王女を娶ることで簒奪を正当化しようとしたのだから。
「今は特に懸念材料はありません。間諜の一人や二人を回すのは何の問題も無いでしょう。お兄様は、私と父上に間違いがあっても良いとお考えになっていらっしゃらないでしょうし、保険と考えれば安いものではありませんか?」
まともな神経の持ち主であれば「早く父親が死ねばいいと思われたくないなら、調べさせろ」と言っている妹の言葉に頷かざるを得ない。
王子は玉座の王を見上げたあと、王女に「そうだな」と言ったが、なんとなく上滑りして聞こえた。
「まあ、よい。こちらで手配をしておく。これ以上の意見は聞かんぞ」
ヨルグ国王がそう申し渡して退出を促すと、王子はツェーリアと俺の方を一瞥して足音高く出て行く。対する王女は、柔らかな微笑をこちらに向けた後、優雅に一礼してこの場を後にした。
対照的かつ、とてもわかりやすい態度だった。
今の段階で王子が取り込まれていた場合、エスト侯爵にこちらの動きが筒抜けになるかもしれない。
同じことを危惧したツェーリアが、王子の姿が完全に消えてから王に向き直った。
「失礼ながら、王子は次代を担う方として少々問題があるとお見受けいたします。万が一と言うこともありますから……」
合図をされて、俺は持っていたアクセサリを王に差し出した。
物理攻撃と魔法攻撃に対する防御を上げる効果があるものだ。俺やツェーリアが身につけている物よりは格段に落ちるが、簡単に手に入るものでもない。国宝に一歩届かない、その程度の性能ならば献上してしまっても後々の問題となるまいとの判断で持ってきたものだ。
「どうぞ肌身離さずに。もう一つは王女様にお渡しください」
王子はゲームの様に、身内を殺されて初めて自分の立ち位置を省みて成長するのかもしれないが、失われるものの大きさを考えれば、試すわけにも行かない。
王族の血に誇りを持つのは構わないのだが、王の血が尊いのではなく、国を守る役目を負うから王の血が尊いのだと早く気付けばいいのだが。
ゲームではないがゲームにそっくりなこの世界では、フラグを折ることは出来るが、その分なにが起きるか分からない不安がいつも付きまとう。
ツェーリアが自分の死亡フラグを折るのと同時に、魔王の役目の周知を狙ってこの国に来ているのは分かっていても、さらに、既にレベル200を超えているツェーリアを傷つけられるものは早々いないと頭では分かっていても、前世での終わりがあんな風だったので、どれだけ沢山の防具やアクセサリをつけても安心は出来なかった。
ここにいる自分は、魔王ではなく、結界を守る神子の守護騎士だ。
この国で起こす小さいとはとても言えない波紋が、いずれ嵐となってこちらに降りかかってくることがないよう、出来る限りのことをしなければと改めて思った。
運命は確定ではないと俺に教えたのは、時の神だ。
「確かにゲームの設定をコピーしたし、誰かが勇者用に設定した運命に乗っかれば、そういう風に物語は動くけど、行動を決めるのは自分だよ」
美和を勝手に転生させたことに激怒した俺に向かって、そう続ける。
時の神がやっていることは「ゲームをやったことある奴等を拉致って、転生させた」
これに尽きる。
なぜ自分の手で世界を再構築しないのかというと、
「力が強すぎて細かい作業は無理。無意識の感情だけで魔物が産まれるのに」
と言う事らしいが、どちらかというと「壊れかけの世界に、手を掛けたくない」のが本音のようだ。
「壊れかけた世界だからか、あの『世界』で生まれるものって、基本能力が低いんだよ。対して、この国の人間ってさ、なんであんなに活力に溢れているんだろうね~。うまく動かない駒をいくつか入れ替えたら、馬鹿みたいに働く働く。ゲームの知識があった方が適合しやすいかと思って持って行ったんだけど、予想外だったよ」
生産能力が弱いなら、他から持ってくればいい。強い種なら尚更、世界の肥料──贄になる。そんなところで、本人に了承なんぞ取らずにせっせと死んだ人間を転生させている。……おそらくは数十人に上る数を。
俺を魔王にしたかったのは「私の意思を直接届けられる駒が欲しかったから」らしいが、これはどこまでが本音なのかは分からない。美和を『ツェーリア』として持っていかれた段階で俺に選択の余地はないが、それも俺に対するご褒美の一つだったようだ。
「魔王の対でしょ、神子って。信じてもらえるように、顔はそのままにして置いたんだよ。気に入ってたんでしょ?あの子の全てを」
これに関しては当たっているので、特にコメントはしなかった。
「手間暇かけているのは、目的があるからだとは分かる。喪った神を取り戻す。ただそれだけなんだろう?だったら、何で最初っから止めなかったんだ。世界の創造なんてものをしたらどうなるのか、お前には分かっていただろう!」
お前らの勝手な都合で、こっちを巻き込むな!
選択の余地もない状況に、俺はそう怒鳴りつけたが。
「そうだね、尤もな疑問だ。私はどうなるか分かっていて、止めなかった。止めても無駄だと分かっていたから」
「無駄?」
「そう。……例えば、君と彼女が結婚して子供が出来たとする。『子供を産むと母体が危ない。かなりの確立で亡くなる』……そう言われて堕胎を薦められたら、君は真っ先に賛成するだろう。でも、本人が産むと言ったらどうする?」
答えられないうちに、更に問いが重ねられた。
「結果、子供は産まれたけれど、彼女は亡くなってしまった。産まれた子供を君は心の底から愛して育てることが出来る?」
「…………」
「その沈黙が答え。だから私は君を選んだ。同じ部分が君の中にあるから」
大事なものがここにいないのなら、世界なぞ滅んでしまえと呪う神に、俺は何も言うことが出来なかったのだ。




