どこまでも ──村の出入り商人視点──
毎日の更新はもう無理とか書いておきながらすみません。こっそり投稿します。
玉鋼のナイフとフォーク。
ダマスカス鋼の果物ナイフと卵立て。
オリハルコンの包丁が何本か。
花を模したヒヒロイカネのオブジェ。
武器防具を作る為の習作だそうなそれらを初めて目にした時、震えが止まらなかった。
何でこんな所に、何でこんな超一流の素材を使った日用品があるんだぁぁぁぁ、と叫ばなかった自分をほめてやりたい。その技術も卓越したもので、オリハルコンの包丁を使わせてもらったが、あまりにも抵抗がなく切れすぎて逆に怖いくらいだった。
「売り物の水準に達していないから表に出してくれるなって、作った親方から言われているのよ」
眼の色が変わった私の顔を見て、村長夫人は笑いながらそう言ったが、本当に残念だ。玉鋼のナイフでさえ、その辺の鍛冶師が作った鉄の剣よりも余程威力があるだろうに。
それでも伏して売ってくださいとお願いはしてみたが、やはりだめだった。
売り物にならないのに村長宅にあるのは、素材を持ち込んだのがご子息だからのようだ。
この村で長年武器防具を取引させてもらってはいるが、オリハルコンやヒヒロイカネ製の品は目にしたことがない。そもそもそう簡単に加工できる素材ではないが、納得のいく製品ができないと絶対に売ってくれないのは分かっているので、文句は言うまい。
……本当に残念だ。
しばらくしてまた村に商売をしに行ったら、家に泥棒が入ったという。犯人は旅人で……。
「よりにもよって、あのオブジェを盗まれたんですか!?」
許せない!一番高価かつ芸術性の高いあの品を盗んでいったとは、目が高いと言うべきなのだろうが。いやいやいや相手は泥棒だ!
怒りに震えていると、村長夫人が珍しく怒りをあらわにしていた。
「手は打ってあるんだけど、広域で犯罪に手を染めていたみたいで、証拠固めに時間が掛かるんですって」
聞けば、現場で押さえそこなったらしい。かなりレベルの高い相手だったようで、下手な相手だと蹴散らされる恐れがあるから、捕縛の応援に行っている子供達はいつ帰って来るか分からないとのことだった。
口外禁止を言い渡されてはいるが、夫人の娘が結界を守る神子だというのは、事情と共に教えてもらっている。商人としての伝手を頼っていただいて、ヨルグ国王との間を取り持ったのも記憶に新しい。
おかげといってはなんだが、私自身もヨルグ国と太い商売の話ができるようになり、神子様様だった。
「実は、本日は神子様の結婚のお祝いの品をお持ちしたんです。お会いできないのは残念ですが、お渡しいただけないでしょうか?」
取り出したのは、レースをふんだんにあしらった淡い紫色の寝巻きだ。
ふわりと広がった裾に向かって染めが段々と濃くなり、胸元と足元が大胆に開いているが、下に重ねた薄絹とレースのせいで見えそうで見えない。想像力を掻き立てる代物で、新婚向けとしてはぴったりだと思う。実は結婚前か後なのか知らないのだが、そう簡単に行き来できる距離でもないし、王侯貴族でも早々手に入れられない商品でもあるので、勘弁してもらおう。
商売抜きに持ってきた品を見て、村長夫人は大層喜んでくれた。
「娘もまだ実感がないみたいで、ふわふわしていますけど、こういうのを見ればもう少し落ち着いてくるでしょう。環境から固めていくのは良いことですものね」
その後、すぐに商売の話に入ったが、
「あのオブジェ、絶対に取り戻してくださいね」
いつか売ってもらえるかもしれない日の為に、これだけはお願いしておいた。
後日、聞いたところによると、神子様は悲鳴を上げて気絶するほど喜んでくださったということだ。
ご子息からも直接お礼を言いたいが、会えないのが残念だという伝言をもらった。
犯人を捕まえたものの、国を跨いだ犯行であるが故に罪状を裁く法規自体が国毎に異なり、調整が大変難しいらしい。
私も幾つかの国で商売をしているので、知り得ただけでも「鞭打ち」「禁固刑・強制労働つき」「賠償額と慰謝料の支払い」と様々だ。万が一、王宮に忍び込んでいたら問答無用で「死刑」の場合もある。
国同士の面子もある。落し所を見つけるのは大変に難しいだろう。
「犯人がとある国の要人だったっていうのと、フレイア国が出張ってきて、更に混乱しているみたい。王族に連なる姫が、犯人に心を盗まれたのだといっているのですって」
「それは……聞く前から難しい案件が、更に難解になりましたね……」
国が庇うほどの立場にあるものが盗みなど、というのは置いておいても、フレイア国は少々特殊だ。女王が治めるフレイアは、当然のように女性の方が地位も、発言力も高い。王族の女性が夫として誰かを望んだ場合、拒否はほぼ出来なくなる。束縛を嫌って国外に逃げたとしたら、国を挙げて確保に乗り出すだろう。
ヒヒロイカネのオブジェは無事取り戻した模様。心の底から安堵した。
さらに、
「そうそう、肝心の話を忘れていたわ。息子が娘には内緒で、同じような品がいくつか欲しいって言ってたの。支払いは現金でもいいし素材の方が良ければそちらでもいいって」
そう注文を貰い、まずその好条件に驚いた。
ご子息が素材を採取してきているのは知っている。この村に取引に来ている商人が自分だけではないのも。将来の村長と直接取引交渉が出来る機会なぞ、そうそうあるもんじゃない。
それだけでも大変結構なことだったが、
「自分でもあちこち飛び回っているんだけど、あの子、見かけがああでしょう?贈り物ひとつ選ぼうと思っても、変な営業掛けられる事が多くてうんざりしているんですって。娘に、小さな贈り物は幾つもしているみたいだけど、完全に女性向けのああいった商品はお店自体、敷居が高いみたいなのよね」
持ってきた商品によっては、定期的に購入するかもしれないからと暗に言われているのが分かって、俄然やる気がみなぎってきた。
それにしても、以前見かけたことがあるご子息は男の自分でも見惚れてしまうような顔立ちをしていたが、客に不快を与える営業など、商人の風上にも置けないな。
ご子息のあの容姿ではどちらが花嫁かと思わなくもなかったが、いくらでも女性を選べるだろうに、一途に一人の女性を大事にする姿勢は、大変に好ましい。
さてさて、次につなげる為に、腕によりをかけて商品を仕入れてこなければ。あのオブジェを売って頂けるのなら、どこまでもついていきますから。
注:太い商売とは、多額のお金が行き交う商売と思ってください。
感想で、主人公酷いとか、「勇者一行を見たものは誰もいない」の意味はどっち?とか、似たようなご指摘をいくつか頂いたので、勢いで書いてみました。
多分、死なないとは思います。ただ、表舞台に出て来れなくなったと。
いらないかもしれない補足設定
神子母は、神子の力が母<娘になった時に娘に座を譲って引退しましたが、まだまだ若いので普通に神子をやっても問題がありません。神子不在時になにかあっても十分に対処できます。
母は兄がいますが、兄の娘は能力なしです。父は入り婿で、地味に両親ともレベル100を超えています。
擂り粉木でも、本気で勇者殴ったら撲殺できます。




