その6(後)
ぶっちゃけ、自分から手を繋いだのを後悔してる藤峰桜です。やっちまったぜ!
会話はない。今はショッピングモールに来ていて、ここは映画館やゲームセンター、レストランもたくさんあるから日曜日は凄く混む。ガンガンに掛けられた冷房に少し頭が冷えて、今は胃がシクシクしてます。
白状しよう。私は、生まれて初めてのデートに浮かれていた。普段なら絶対にやらない行為はそのせいだ。いやほんとに。じゃなきゃ自分から手を繋ぐなんて破廉恥な行為、絶対にしない!(大袈裟)
私達は今から映画を観に行く。どうせ会話なんて続かないだろうからって、りっちょんがチョイスした。確かに、私は内心は騒々しいが、口に出すとなると途端に詰まる。喋るのが苦手なのだ。特別大人しい訳でも、好きでだんまりな訳でもなく、ただの口下手。上手く言葉に出来ないのがもどかしく、空気が悪くなったりしないかとわたわたテンパるタイプである。
神永蕾和も、多分似たようなもんだ。寧ろ口は開かなくていい。教えた覚えのない個人情報が、ナチュラルに飛び出すから。
会話はないが、気まずくはないと思う。無言で互いをチラチラ窺い、神永蕾和は目が合うと小さく淡く微笑む。私はそれを見てパッと目を逸らし、周りの針の筵のような視線に顔色を赤から青に変える。居心地が悪いと言うか、居たたまれない。視線を感じたり意味を読み取ったり出来るような特技を持っていない私が、簡単に分かるほどの視線だもの。
……ヤバい、もう早く帰りたくなってきた。
映画館に着いた私達。予め席はネットで予約しといてくれたらしく、チケットはすぐに買えた。映画館に来るまでにぞろぞろ着いてきていた人達もあらかた散ったし、ジュースを買って中に。
……ああ、そうだ。テレビで芸能人が町歩いてたまに起こるあの大行進が、一般じ……いや、芸能人ではないはずの神永蕾和に起こったんだよ。流石にギョッとした。
「楽しみだな、映画」
かなり良い席で気分が上昇した私は、隣に座った神永蕾和の言葉に頷いた。私、映画は友達と来ても隣同士ではなく離れて一人で観たい派なのだが、曲がりなりにもデートなのだからそれはまずかろう。と言うか予約したのは神永蕾和だから、今更言っても仕方ないが。
「うん。楽しみ」
「桜はファンタジーが好きだからな。特に魔法とか。好みのを作っ……探してみたが、桜が楽しめればいいな」
「……う、うん。ソダネ」
あれ、今なんか聞き捨てならない事言い掛けなかったか? 言った覚えのない好みを把握されてるのはいつもの事なので、この際置いておく。もうなんか慣れた。(慣れちゃダメだろ)
映画、作ったって言い掛けたよな? ……ツッコミを放棄してもいいだろうか。いや、放棄する。私の精神衛生上のために。
神永蕾和の甘ーいエロボイスが耳元で囁かれ、右側が熱くなってきた私は、それを誤魔化そうとして辺りをおかしくない程度に見回した。そして、そこにとある人物を見付ける。
うほうっ!? 金髪じゃんかっ!?
何とそこには、不良っぷるの片割れ、金髪の方がいた。一人っぽい。あれだね、薄暗の中でも金髪って結構目立つね。
何だか挙動不審で、キョロキョロと辺りを見回したかと思うと、ある一点を凝視した。何気なく視線の先を追ってみると………おおう、赤髪が浮気ちうだぜ。
金髪の視線の先には、赤髪とライバルっぽい青髪がいた。丁度座った所で、もうよく見えない。頭の天辺くらいだ。因みに、恋敵って書いてライバルって読む。
ふむ……でもおかしいな。好敵手フラグの亜種、恋敵が立ってるのは……ううーん?
首を捻っていると、すりすりと指の股を撫でられビクッとした。ちょ、やめいっ。おまいさんがやるとなんかエロいから。妙に背徳的っつーか、退廃的だから!
「ちょっ、やめっ……」
「桜」
「……っ!」
「―――映画上映の二時間の間以外では、ずっと俺だけを見てて」
っひ……、ひぎぃいいやああああああっっ!!
だっ、だだ誰かーっ! お客様の中にお医者様はいませんかーっっ! 胸焼け胃もたれ糖分摂取過多、今にも砂を吐きそうと吐き気まで訴える女子高生がいまーす!! お塩をお持ちの方は、至急こちらにーっっ!!
もおやだこの人。甘いよー甘すぎるよー! 私ゃ控えめな甘さが好きなんだよーう。甘すぎるのは辛いんだよおぉ……(但しココアとミルクティーは除く)。うう、こういう時はお控えなすって! とか言えば良いのか? 控えおろう! とか?(混乱なう)
その内、上映を報せるブザーが鳴り、私は少し肌寒く感じるくらいに効いた冷房で火照りを冷ましながら、映画に集中した。
映画は、ファンタジーだ。壮大な世界を、等身大の主人公が四苦八苦しながら旅をし、仲間を増やし、駆け抜けていく。無理な使命を課せられている訳じゃないが、ひとつの町を救い町を襲ったドラゴンの事情を知り、ドラゴンの願いを叶える。そんな在り来たりなようで、でも作り込まれた作品。一瞬でのめり込んだ。
爽快なファンタジーって感じかな。日本人が好きそうな感じ。アイスミルクティー(ガムシロ三つ入り。ちょっと後悔)をちゅうちゅう飲み、時折あるコメディ部分にふっと笑う。内容は濃いが、こういう息抜きシーンがあるから疲れずに観れる。
また飲もうとLサイズの入れ物のミルクティーを持ち上げ、さっきより重い気がしたが、あまり気にせず口をつけた。さっきより甘くないような気がしたが、やはり特に気に留めなかった。
「ふはあ……っ! 面白かったあ〜っ」
ホクホク顔でご機嫌に笑う私。いや、良かった! 最高だった! 神永蕾和に腰を抱かれても気にならないくらい、テンションはマックスだった。
パンフレットまで買ってしまった。ただ、お金を払ったのは神永蕾和で、凄く申し訳なかった。そりゃあ奢ってもらうのは嬉しいが、パンフレットは意外と高いのだ。流石になあ。
……まあ、一度断った時に、わざわざ顔を近付けうっとりするような笑顔で、
「俺に買わせて? 俺が、桜を甘やかしたくてしょうがないんだ。俺のために、払わせて」
とか、とかあ! そのくせ、「まあ桜に支払わせるなんて有り得ないし、こんなの甘やかしの内に入らないけどな」とか言いやがるのですよ。全身痒くなった。肌寒いくらいだったのに、変な汗掻いちゃったぜ……。
映画のあとはお昼ご飯。洋食店に入り、メニューを選ぶ。うーむ、流石にペペロンチーノはダメだよなあ。当たり前か。むむむ、私はお肉大好きなのでやはりハンバーグか……? 悩むなあ。
「神永くんはもう決めた?」
「ああ、これにする」
「……え、それ?」
神永蕾和が指差したのは、ボリューム満点の大盛りランチセット。うん、いや、男性にオススメって書いてあるが、え、それマジ?
ハンバーグにソーセージと唐揚げ、チキンソテーにステーキとガッツリ乗ってるやつで、サラダにスープにデザートまでついている。おまけにご飯はカツ丼。……え、マジですか? お肉まみれだぞ。食べきれるのか? と言うか、……えー……?
唖然とメニューを眺めていると、神永蕾和がにこにこと私を眺めていた。ぬう、確かにいつも重箱で三分の二は神永蕾和が平らげているが、これいっちゃいますか。
「いっぱい食べるんだねえ……」
「ああ。このくらいは余裕で」
余裕なんだ……。まあいつもなかなかの健啖家っぷりを発揮しているが、まさかここまでとは。と言うか、このお店は何故こんな大盛りメニューを……? ランチセットなだけあり、このボリュームでこれなら安いかもな。
私は、チーズハンバーグのランチセットにした。パスタと悩んだが、こっちに。
「デザート、レアチーズケーキとムースで選べるみたいだが、どっちにする?」
「ん〜……むー……。うん、じゃあムースにする」
悩んだが、ムースに。チョコとイチゴの二色ムースとか素敵すぎるよ!
神永蕾和が注文してくれたのだが、店員のお姉さんが骨抜きにされていた。目がハートで、あ、片恋フラグ立った。私の事は認識すらしてないらしい。一度もこっち見なかった。……私が影薄い訳じゃなく、神永蕾和の存在感が異様なんだとだけ言っておく。
ご飯が来るまでは、映画について話していた。興奮して、久しぶりにいっぱい喋った私。神永蕾和はにこにことずーっと笑顔で聞いていた。絶妙な相槌が私の口を止めない。何だか普通に話せているなあ、と何となくホッとした。
注文を聞いた人とは違う店員さんが、先にサラダとスープを持ってきてくれた。なんか化粧濃くね……? 香水も。
神永蕾和に秋波を送るお姉さんと、一切無視する神永蕾和、そして神永蕾和にずっと微笑みを向けられる私は、その場の女性みんなに睨まれ顔が引き攣った。何でこんな時だけ認識されるのさ。私の事は無視していいから! 寧ろお願い無視してえ!
胃が痛む中、ご飯の味なんてよく分からなかった。しかも、空気読まないこの男とおかず交換したりデザート食べさせっこしたりしてしまい、視線が更にキツくなって後悔した。
慣らされたのだ。毎日お弁当作ってくれて、あーんされて、あーんさせられて。最初は非常に恥ずかしかったが、最近ではそれが普通でさ……。だからつい、ね? それに、デザートは神永蕾和はレアチーズを頼んでたんだ。食べたかったんだ!
お昼も結局神永蕾和が全部払ってくれた。お金を出そうとすると、笑顔で封じ込められるんだ。えと、デートってこれが普通なの? うう、私にゃ無理だ。感謝よりも申し訳なさが先に来てしまう。精神的に、自分の分は自分で払いたい。奢るならケーキくらいが妥当だと私は思います……。
「じゃあ行こうか」
「う、うん」
お礼を言うと、神永蕾和は私の手をきゅっと握り歩き出した。
午後は特に予定は決めていない。ぶらぶらと適当に歩くつもりだ。神永蕾和は私にどこに行きたいか聞いてきたが、ぶっちゃけ行きたいところはない。まあ私もおにゃのこなので可愛い雑貨屋さんも行くし、文具店や本屋さんだったらいつまでもいれる。りっちょんと来てたら、多分それらを提案していた。りっちょんは文具マニアだから、いつも文具店一択である。
「ああ、ここ古本屋が入ったんだよ。そこ行こうか?」
「えっ、そうなの? うん、行きたい」
ふと神永蕾和が提案してくれたので、頷いた。本屋でも古本屋は特に好きな私。……もうツッコまないからな。
古本屋、と言っても所謂古書とか文学作品とか、そんなマニアがいるようなのじゃない。漫画とかラノベとか、あとは推理小説なんかを立ち読みしたり、買ったりするのが好きだ。たまに掘り出し物があるんだよね〜。
古本屋に行く途中、じゃれる赤髪と青髪とすれ違った。同じ学校だから神永蕾和の顔は知ってるらしくチラチラ見ていた。その後ろから、こそこそと尾行しているらしい金髪が。そのこそこそ感が悪目立ちしているのだが、気付いていないのだろうか……。赤髪と青髪は気付いてないっぽかったが、もしかしたら気付いてたりするかもな。
あのまま三人を尾行したい気持ちがむくりと起き上がったが、それを何とか押し留め古本屋に向かった。くふふ、何かいい物あるといいなあ〜。
神永蕾和相手に取り繕う事はしない。家族やりっちょんに引かれたミルクティーガムシロ三個入れも、神永蕾和が何も言ってないのに作ってくれたしな。……色々、把握されてるからさ。
私はもう気にしない事にした。開き直ってる神永蕾和に私も開き直り、素の自分を見せている。あわよくばこのまま失望して(それはそれでムカつくが)離れてくれればいい。確かに神永蕾和は所謂超優良物件だろうが、次元が違いすぎるのであまり関わりたくない。
その後のデートの様子は飛ばそう。朝は暑さと、あの神懸かった美貌に脳みそ蕩けて頭が沸いていただけで、冷房で冷えた今は至って通常運転だ。つまり、内心ツッコミまくり。
古本屋の後に、ゲーセンに行ったんだ。驚く事に、神永蕾和はゲーセン初体験らしく、物珍しそうにしていた。レアだ。で、なんやかんやありクレーンゲームで勝負する事にした。初心者相手に卑怯とか言わないように。……私、負けちゃったんだから。
先に私がやったら、見ただけで理解したらしく私完敗。負けた方は勝った方の言う事を何でもひとつ聞くってルールにしていたから、まあ困った。うむ、勝てると思ったんだ。私これ得意だし。……初心者に負けたけど。
願いは、何だろうか。戦慄する及び腰の私に、楽しそうに神永蕾和はこう言った。
「夏休みも毎日、一緒にいよう」
うっそだあああああ! うわーん、夏休みは会わなくて済むと思ってたのに! そりゃさ、教えた覚えないのに携帯番号知ってるから連絡は来るだろうな、くらいは思っていたけどさ。まさかここで出してくるとは……! 神永蕾和、恐ろしい子…ッ!
まあ、はい。ぶっちゃけ夏休みも会いに来るだろうな〜、と何となく思っていたのでこくんと頷いた。
そして、夕方。まだまだ日は落ちないので、夕飯も一緒に食べた。妙に高そうなレストランで腰が引けたが、中は個室で掘り炬燵式の座敷でほっこりする空間だったので、ご飯も楽しめた。この程好い狭さがいい。でも、隣同士で食べるのはどうかと思うの、私。
でさ、個室とか大丈夫かよと思うかもしれない。最初は周りの視線気にしなくていいからとホッとしたが、途中で不味くないかと気付いたのだ。鈍いとか言うな。
まあ、太ももがぴったりくっつく距離だったが、変な事はされなかったのでよしとする。食べにくいったらなかったが。
食べたのは、所謂御膳って奴。どれもこれも、大変美味しゅうございました。デザートのクリーム餡蜜も美味しくて、神永蕾和の羊羹と交換したりして楽しんだ。……あれ、私ってばかじゃね? 結局流されてんじゃねーかッ!
食後、神永蕾和がリップグロスが落ちてると言った。母に途中で直しなさいと言われ、一度直したが取れちゃったらしい。まあもう帰るだけだしいいよね。唇になんかついてると落ち着かないし。
なのに、神永蕾和はそれはそれは素晴らしい麗しの笑顔で、とんでもない事を宣った。
「グロス貸して。俺が塗ってあげる」
「………、へ?」
「塗りたい。桜の、唇に」
ぎゃあああああっ!!
止めてよお〜止めたげてよお〜っ。何そのあまあまえろえろな囁き声は! 猥褻物陳列罪で通報するぞ! 寧ろ逮捕しちゃうぞ! ……あの、逮捕は冗談なので婦人警官コスとかお仕置きとかプレイとか言って、頬染めて恥じらわないでくれます? テンパってぽろっとこぼしちゃった私もアレですけども!
で、結局言いくるめられて、バッグからそれを出し渡した。まあ、塗るだけだしな。朝だって母に塗られたし。……と、軽く考えたのが間違いだった。
やっぱり今日の私、頭沸いてるわ……。うう、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。
「少し口開けて」
「……ん」
「……うん、塗れた」
塗れたらんーぱっ、てやらないといけないらしいのでやったら、赤くなった熱に浮かされたような蕩けた表情で、灼熱の籠った眼差しで私を見下ろす神永蕾和と目が合った。いやいやちょ、近くね? 近すぎないっ?
「桜……可愛い」
「ぁ、神永く……っ」
「桜、……愛してる」
すっと頬に手を当てられ、どんどん神永蕾和の顔が近付いてくる。私は、あまりの色気に当てられ動けず、ただ硬直して近付いた恐ろしいくらいの感情が籠った瞳を見つめ――。
「失礼します。――ああこちらにいらしたのね、ライカ様」
――突然個室の扉が開かれ、そこから現れた人物に私は正気に戻った。うほうッ、流されるとこだったぜあぶねーっ!
シュバッと離れた私は、入り口の方を見た。入ってきたのは、見るからにブランド物の服に身を包んだ、すんごい美人だった。
「あら、そちらが噂の方ですわね。はじめまして、私はライカ様の婚約者候補である、木崎麗奈ですわ」
お、おおっ……!
立ったー! 恋敵フラグが立ったよお───っっ!!
……ああ、何だかまた一波乱ありそうだなあ。
一波乱……書いといてなんだけど、めんどくさ(ry
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