その6(前)
初めての前後編。前編です。ラブコメらしくなってきた!
暑い。暑い暑い暑いっ!
今は夏だ。クソ暑い夏だ。この時期になるとパンツ一丁でタオルケットを腹に掛けただけで寝る、魔の季節だ。
最近は、暑くなったり急に涼しくなったりと変な気温だが、暑いのには変わりない。
そんな中手を繋いで歩くのは拷問だと、確信しているお馴染み藤峰桜です。
学校では良いん……いや良くない。繋ぐ事自体了承した訳じゃない毒されるな自分! ……と言っても、振り払う勇気がないので結局受け入れちゃうんだけど。美形の涙目って、あんな威力あるんだね。涙目で訴えるとか、子供と美少女だけの特権だと思ってました。
うん、まあ話を戻すけど、学校で繋ぐのはいいんだ。去年から学校冷暖房完備になったから。いや、運が良かったわ〜。たまにこんな感じで運が良いんだよなあ。常に適温なので、くっついてても(あれこの言い方だとなんかバカップルみたいで恥ずかしい…)問題はない。
当然ながら登下校中は暑い。じりじりと太陽の熱に晒され歩かねばならない。そんな中をさ、こ、恋人繋ぎで歩くって、嫌だよね? 暑いし、手汗でべたべたのぬるぬるだと思うと、ほんっとやだ。
私、訴えました。汗を掻く様も異様に色っぺー麗しい神永蕾和に、外で手を繋ぐのは止めてくれと。何故、と絶望したように聞かれたので、暑いし手汗も気になると言ったら
「そんなの気にしないよ。寧ろ桜の体液なら浴びたいし舐めたい」
と色気を滲ませたとってもあまあまな綺麗な微笑みを浮かべ、そう宣った。久しぶりの気持ち悪さに、すぐに手を引き抜きダッシュで逃げた。止めて、体液とか言うの止めて。ガチで気持ち悪いから! つーか暑いことには触れないのかっ。
神永蕾和は私のストーカーだっけ、と思い出した。いや、実感がないと言うか、現実味がないんだよね。世界大会でぶっちぎり優勝殿堂入り確定な美男子が、良くも悪くも普通の女子高生(自分で言っててへこんだ……)の私に、ストーカーってねえ? 普通は逆だろって。
ストーカーって言ってもさ、今は多分辞めてくれたと思ってる。流石にカメラや盗聴機は仕掛けてないと思う(一応家捜しはしました。見付からなかったよ)し、妙に私の嗜好に詳しいだけ……だと思いたい。時々気持ち悪いくらい私の好みをさらりと当てるので、ちょっとアレだけど。
全てを運命って決め付けるのは嫌いだけど、まあ一応知る努力はしてるつもりでさ。ぶっちゃけ、その……絆されると言うか、まあ……ね? 意外と中身は普通……よりぶっ飛んでるが、人間味はあってさ。ちょっとずつ、ひ……惹かれてる、のは自覚してます、はい。でも、ストーカーって事実を忘れてるとか、私もどうかしてるぜ。
気持ち悪い発言をした神永蕾和に、絶対に手を繋ぐのを止めさせる! そう気合いを入れた時、ぽんと何かフラグが立った。……あれー? 嫌な予感しかしないよ!
はい、てな訳でー! 私は現在母に改造されております。どんな訳だって? 私も混乱している。
神永蕾和に手を繋ぐのを止めるように言ったんだ。神永蕾和の外付け良心、牧野陽太を味方につけた。りっちょんも味方さ!
そこまでは良かったんだ。でもね、渋った神永蕾和が、
「なら、さ……こ、今度の休み、その……い、一緒に出掛けてくれないか……!?」
と赤い顔で言った。私は鈍くはないので、流石にそのお誘いがですね、その……で、デートと呼ばれるものだと分かった。
ぽかーんと見ていたら、何を勘違いしたのかガシッと両手を掴まれ、
「ぉっ、お、俺とデートしてくださいっ!」
と、迫られた。顔真っ赤。両方ね。
……正直、キュンとしました。ドキドキしちゃいましたあ! ごめんなさい!(誰に謝ってんだろう…)
で、今日がデートの日なのです。今日まだ互いに変に意識しちゃってですね、デートプラン(ぎゃあああ恥ずかちいいいい)は牧野陽太とりっちょんが考えてくれました。それってドーヨと思わなくもないが、気恥ずかしさと甘酸っぱさにそわそわした私達に、自分で考えるなど不可能だった。
ぽろっと、一昨日の夕飯の時に心ここに非ずでその。日曜日のデートの事を漏らしちゃって、何故か物凄く張り切ったお母さんに土曜日は買い物に付き合わされ、全身コーディネートされた。私、新しい下着(きゃわいいの。で、せくすぃーなの)はいらないと思うのですが。え、これが普通なの?
今朝は、叩き起こされ何故か朝からシャワーを浴びせられ(寝汗がどうのとか万が一がどうのとか。万が一はないッ!)、化粧まで施された。とは言っても、私は汗っ掻きで肌も弱いし顔に何か塗るのに何となく抵抗感があり、睫毛くるんで唇ぷるんにしただけだ。あ、眉毛と顔の産毛も剃られた。つるつる!
「うん、可愛い可愛い」
お母さんが満足げに頷く。にやにや兄とぶっすり父が気になるが、自分の格好が一番気になる。服の種類なんてあまり分からないが、少なくとも普段着るラフな格好とは全く違う。
「……ちょっと、露出しすぎじゃないか」
「何言ってんのよ! 今時はこのくらいフツーよフツー! 寧ろ少ないくらいだわ」
「むう……」
ぬう、どちらにも賛成だ。確かにもっと足も腕も肩もババーンと出してる人はいるだろうけど、私にはもうちょっと大人しめがいいなあ。
膝上のキャミワンピにシースルーの半袖シャツを羽織ってる。足や腕はまあ普通だが、胸元ババーンですよ。谷間があるお! ちょっとお高いブラは凄い機能があるらしい。ワンピースなんていつ以来だろ……。
「うふふ、あんたの見た目で自慢出来るのは胸くらいだからね、そのくらい出さなきゃねえ」
「……お母さん……」
ひでえ。実の娘に向かってなんて言い草だ。それと、胸もお母さんみたいに巨乳ってほどはないんだけどなあ。遺伝で私も将来はこのくらいに……!
お母さんの胸を見ていると、さっさと行けと玄関に追いやられた。ポシェットには携帯と財布(デート資金入り)とハンカチティッシュ。あとリップだけ。あ、グロスだっけ? 日焼け止めはすでに塗ってある。焼けないけど赤くなって痛いんだ。
「いってらっしゃい! 明日は学校だからお泊まりはダメよ」
「しないから!」
もうやだこの母! 兄がちょっとグレて夜遊びとかしてたからかな、真逆の私には妙に夜遊びを推奨してくる。どんな親だ。因みに、兄は夜遊びと言っても不良のパシリだったので、未だに彼女いない歴年齢のどーてーらしいよ。
相変わらず憮然とした表情でリビングから顔を覗かせる父と、にやにやしたムカつく兄、きらっきらした目の楽しそうな母に、いってきますと言って家を出た。編み込んだ髪を崩さないように、帽子を被って。
何だかね、家族総出で送られると、すっげー緊張してきた。うわあ、ちょっともう帰りたいよう。
ドキドキしながら待ち合わせ場所に行く。大体十分前には着くだろう。ち、ちょっと遅いかな? いや、妥当だよね? あんまり早くても、何だか楽しみにしてたみたいで恥ずかしいし……。そわそわしてただけで、た、楽しみな訳じゃないよ!
うわ、何だこれ。今からもうバクバクだよう。ううー、胸がきゅってなって、底から何かが涌き出てきて、うわーって感じがする。手のひらで太もも擦って、足踏みしてバタバタしたい。ぴゃーってしたい! 意味分からんって? 私も分からん!
よく分からない緊張と興奮の高揚感に、あうあう戸惑いながらも待ち合わせの駅前に着いた。……おふう、あれは……。
駅前に着いたのはいいんだけど、神永蕾和はもう来てたみたいで……どこにいるか一目で分かった。
「あーたは来日した海外俳優か」
すっげーの。もうね、ピンクのフラグ乱立でね、人だかりがね。
ついつい声に出してツッコんじゃったくらいには、凄い数の女性が集まっている。声を掛けている人達に、それを取り囲むようにいる人達も。あそこだけ男女比がおかしいし密集してる。ピンク!
きゃあきゃあ聞こえる声。長身だから神永蕾和の頭は見える。うん、気付いて……あ、目が合った。……目が合った!? まだ結構距離あるし私周りに埋もれてるんですけど!? 何で分かったのさ!
若干戦慄していると、神永蕾和がふわあっと花が綻ぶような笑みを浮かべた。無表情から一変それで、バタバタと周りの人々が性別関係なく倒れた。漫画みたいだなあ。
え、私? ま、まあ距離もあったし見慣れ……み……ま、まあ大丈夫だ。顔が赤いのは暑いからだよ。ほんとだもん。ほんとだもんっ!
「桜っ!」
歩くどころか小走りで私の前に来た神永蕾和。……うん、あの……うん。
真っ赤になって固まった私の顔を不思議そうに覗き込んできた神永蕾和。あまりの近さにちょっと体を引くと、少し悲しそうな顔をされ、慌てて意味もなく手を振った。
「あわわ、ごめっ……!」
「桜……俺、変かな……?」
「やっ、ちがっ……! 寧ろ逆で、凄く格好いいから……ぁ、いやあの……っ」
テンパって、つい本音がぽろっと……うぎゃあああああ恥ずかちいよおおおおううぅっ! 何言ってんだよ私いいいいいっっ!!
「ぅあ……。ぁ、や……さ、桜も凄く……可愛い」
「……ぅ」
「……誰にも見せたくないくらい、ほんと……可愛すぎ」
その呟きに思わず顔を上げると、ぱっと頬に朱を散らした神永蕾和の熱っぽい目とぱちりと合った。焼き切られそうな視線に晒され固まる私は、すっと目線を逸らし口元を手で覆い、ぽつりと呟かれたそれに、頭が沸騰した。いっぱいに感情が込められたそれは、聞こえるか微妙なくらい小さくて、それが逆に本音なんだって思い知らされた。
あ、あああああああっっ! ななな何だこれ何だこれ何だこれええええっ!? うわあああああ私ラブコメしてる? ラブコメしてる! ラブコメってるよねええええっ!?
うわーうわー、うわああああっ。なんか自分の頭にぽんぽんフラグが立っては回収されるのを感じた。待て待て待て、何のフラグですかやだー不安だよおっ。
真っ赤な顔で向かい合い、俯きながらちらっ、ちらっと互いを見ては、目がぱちんと合ってぱっと目を逸らし、もじもじした。あ、甘酸っぱいでしゅな……。
キャラじゃない。こんなの私のキャラじゃないよ! 確かに、こんな恋愛っぽい事は一生縁がないと思っていたから(なんせみんな頭に旗立ててるから滑稽で笑っちゃう)、今の状況は憧れだったりもするけどさ。私はこんにゃキャラじゃない!(かみかみ)
ぐっと拳を握り、ちょいと見上げた。と、取り敢えず挨拶からか?
「ぇと……お、おはよう神永くん…」
「っ……お、おはよう桜」
何故か言葉に詰まり目を泳がせながら挨拶を返してきた神永蕾和。何故動揺したし。や、やっぱりここで挨拶はおかしかったのか? ううう、初心者には分からないんだよう。(うーわーめーづーかーいー) 内心どうしたものかとあわあわしていると、神永蕾和がすっと手を出してきた。
「手、繋いでも、いいか?」
「へ……?」
思わずぽかんとした。だっていつも了承なしに繋ぐのに、何で今回はわざわざ確認を?
それが顔に出ていたのか、神永蕾和が照れ臭そうに、ちょっと気まずげにはにかんだ。
「桜言ったろ? 外で手を繋ぐの嫌だって。だから……」
「あ」
え、あれか。で……デート、なんだから手は繋いでも不自然じゃないし、勝手に繋ぐものかと……。
反応しない私に勘違いして、嫌ならいいんだ、行こうか。と慌てて言ってくるりと背を向けた神永蕾和に、くすりと笑みをこぼした。……いつも、強引なのにね。
「うん、行こっか」
「……! さっ、桜!?」
「えへへっ……。いつも神永くんがしてること、だよ」
きゅっと握った手は、驚きにびくりとしたもののすぐに握り返してくれて。伝わってくる震えが、神永蕾和も緊張してるってのを教えてくれて、凄くホッとして頬が緩んだ。
初めてのデートで、初めて自分から神永蕾和に触れた。
……暑さにやられたのか、今日はいつもより積極的な私のようで。
今日この日が、私の……私達の関係を変える日になるんだろうなって、漠然と思った。
長くなったのでここで区切り。初めて恒例の不良っぷるが出てません。書いてて痒くなった……。
因みに、二人の世界に入ったあいつらの周りの倒れた人々は、どこからともなく現れた黒服に介抱されました。