第七話
あの後、テンションマックスの状態で戸塚君と別れた。かなり心配されたがそんなこと気にしている余裕なんてなかった。NIRだと?!私が大好きなブランドじゃないか!!なんていいところの息子なんだ新納君!そうだよ、だから新納に聞き覚えがあったんだよ!新納美禰さんはNIRを立ち上げた張本人で、おそらく新納君のお祖母様!そして、美禰さんの娘である新納百合禰さんは今のNIRのトップ!!ヤバイヤバイ…!!
「就職してぇ…!!」
実を言うと前の私は、デザイナーになりたくてなりたく仕方なかったのだが、美術的センスがからっきしだったため泣く泣く諦め、次に興味のあった編集の仕事に就いた。真莉亜ちゃんはピアノが出来るようだし芸術的センスはあるのかもしれない。でも、デザイナーになりたかった頃より10年ほど経ってみると、あの頃の私はNIRに入りたいがためにデザイナーを目指していただけであって、デザイナーになりたかった訳ではなかったと思える。だから、今の自分に芸術的センスがあったとしても、私は私がつくるNIRが好きな訳ではなく、美禰さんや百合禰さんが作るNIRが好きなのだ。つまり、私はNIRのデザイナーになりたいのではなく、NIRにとりあえず関わっていたいだけだということが、年を重ねてわかったことだった。
「うーん、経理…とか?」
ならば、経営学部に行くべきか?いや、経済学部か?いっそのこと、広報にするか…。
とりあえず。
「新納君救出大作戦!」
コネは作っておくほうがいいよね!
次の日のテストを最高潮のテンションで乗り切った私は、軽やかなステップを踏みながら、テスト終わりにも関わらず熱心に行われているイジメの現場である裏庭に向かった。
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「薄気味わりぃんだよ!」
どごっ!
「痛いんだろ?ほら、助けを求めろよ!泣いて縋ってみろよ!」
がつん!
「ムカつくんだよ!」
どす!
あらあらあらあら。派手にやっているな。よしよし、真莉亜ちゃん的上から目線で追い払ってやるか。ぐへへ。
「ちょっと!」
「「「――っ」」」
いじめっ子たちが私の声に体を竦ませた。人が急に現れたことに驚いたようだ。
へん、そんなことでビビっててどうする!
「な…金城真莉亜…」
「んで、こんなとこに…」
「毎回毎回、うるさいのよね」
はぁ、と溜め息を吐いて四人に向かって歩き出す。ある程度の距離を保って、高飛車に見える角度になるように顎を少し挙げた。
「子供みたいな真似して楽しいのかしら?」
「あ?頭沸いてるお前なんかに言われたくねぇよ」
もちろんそうだよね!
「あら?私にそんな口を利いてもよかったのかしら?ねぇ…?東城晴樹さん?」
私に向かって反抗してきたいじめっ子の名前を呼ぶと、彼は一瞬にして顔を青褪めさせた。
「あなたは…えぇ…辻本尚吾さんだったかしら…?」
横にいた少年の名を呼ぶと、彼も同じように顔を青くした。
「私、毎日毎日ここの騒音が原因でノイローゼになりそうなのよね……お父様に言っちゃおうかしら」
「や、やめろ!!」
これ、どっからどう見ても真莉亜ちゃんが悪者じゃねぇか。親出して脅すとか卑怯にもほどがある。まぁ、出してるのは私なんだけどね!だって、口が真莉亜ちゃんみたいにたたないんだから!仕方ないじゃん!
「ふぅん…?」
わざとゆっくりと歩きながら彼らに近付くと、彼らはじりじりと後退って行き、いじめられっこの眼鏡君の囲みを解除した。
「あら?」
真莉亜ちゃんは今気付いたかのように眼鏡君に目をやる。
「あなた、丁度いいわ。私の犬におなりなさいな」
待て私。これ、どこをどう見ても恩売れなくね?