第五話
待ちに待っていない期末テストの期間がやってまいりました。少しずつ英語とか理科とか思い出してきたけれど、数学は一人でやるのに限界が生じてきた。わからないところってわからないと本当に理解できないのだ。回答の解説に躓く。先生に聞きにいこうにも、職員室に入ると先生たちが一斉に消える。残っている先生も忙しさを前面に出して無視するか気配を殺して無視するのかの二つだった。つまり、私は先生にも避けられていた。真莉亜ちゃんの弊害がかなり大きいことにここ一ヶ月悩まされている。
「…誰に聞こう」
数学の教科書とノートと参考書とワークを握り締めて放課後の廊下をうろうろと彷徨う。テスト期間ということもありほとんどの部活が活動しておらず、学校はガランとしていた。西園寺さんに教えてもらえるか聞きたかったが、彼女に喋りかけることはおろか近付くことさえ出来なかった。西園寺さんのファンにより私が完全にシャットアウトされているからである。ファンからすると、私は西園寺さんに何か危害を加える危険がある要注意人物とされているようだ。…前の真莉亜ちゃんなら遣りかねないので、害はないと訴えることは出来なかった。少し様子が変わっただけの真莉亜ちゃんの根本が変わっただなんて、ずっと見てきた生徒たちには到底信じることなんて出来ないだろう。私だって恐らくそうだ。
「はぁ…」
少し俯いた状態で歩いていたのがいけなかった。完全に前方注意で、角を曲がってきた男子生徒と正面衝突した。
「わ、」
「う、ぎゃっ!」
前の真莉亜ちゃんだったら絶対に出していないであろう可愛くない悲鳴を漏らしながら、私は尻餅を付いて持っていたものをばら撒いた。あぁ、もう!
「だ、大丈夫?ごめんね」
「い、いえ、私が見てなかったのが悪いんです」
慌てて散らばったノート類を集めると、終わった頃にぶつかった男の子から手を伸ばされた。
「あ、ありがとう」
手をとると、優しい手つきで起き上がらせてもらった。起き上がって男の子を見ると、私より少しだけ大きい背の、細身でメガネを掛けたイケメンがいた。なんと言えばいいのか。橘君や今里君のようなバランスの取れたキラキラした美形なんかじゃなくって、優しいオーラが出た普通の学校にいたら、学校一のイケメンと称されるであろう風貌の男の子。メガネを掛けているから、更に優しそうな雰囲気が加速している。
「今までなにしてたの?」
「え?」
「いや、ごめんね。詮索じゃないよ。誰もいないのに、残っているなんて珍しいなと思って」
「ううん、そんなこと思ってないよ。ただ…勉強しようと思って…でも」
「でも?」
「…誰にも聞けないから困ってたの」
そう言うと、彼は目をぱちくりさせていた。
「なに?」
「いや、噂本当だったんだなって。あ、ごめん。気を悪くした?」
彼は窺うような顔をして苦笑いをした。
「ううん、本当のことだもの。あまり気にしてないわ」
「そう?」
少年は困ったように笑った後、何がわからないの?と尋ねてきた。
「えっと…数学がわからなくって…」
「もしよかったら僕が教えるよ?まぁ…嫌だったら全然いいんだけど」
「本当?!うれしい!」
興奮して少し飛び跳ねると、少年は微笑ましそうに私を見ていた。なんだか同い年として見られていない気がする。なんてこった。
「えっと…ごめんなさい、あなたのお名前は?」
「あぁ、ごめんね。僕、A組の戸塚だよ。あだ名は…そうだな……万年二位とか言われてるよ」
本意じゃないんだけどね。
と言って彼は苦笑しながらよろしくと言ってきた。
万年二位が何だ。この学園で言うところの二位は全国で言うトップクラスだろ!勝ち組だろ!
「A組?!じゃあ、とても頭がいいのね!」
「まぁ…万年二位だけど…」
「それでも、頭がいいことには変わりないじゃない!……でも、いいの?万年二位をそんなに嫌がってるのに、私なんかに勉強を教えて…」
「いや、いいんだ。息抜きも必要だって、その…彼女が教えてくれたんだ」
「あら、いい彼女さんをお持ちなのね」
そう言うと、戸塚君は「そうでもないよ」なんて言いながら、年相応の顔をして照れていた。可愛いなぁ…千鶴君とは大違いだ。
「あ…そうすると、彼女さんに悪くないかしら?」
教えるとなると二人っきりになってしまうし。
「いいよ、ちゃんと話す。それに、金城さんは俺なんかとどうこうなるつもりないでしょう?興味もないだろうし、好みも違うだろうし」
好みで言うと君みたいな子は好きだけど、おばさんだから今は真莉亜ちゃんと同年代の子達を好きになれそうにない。今はたぶん…30代の人とか好きになるだろうな。犯罪か!
「そんなことないって言うとあなたに悪いけど、ここはそんなことないわって言っておくわね……じゃあ、よろしくお願いします」
と、私は頭を下げた。
「うん、こちらこそ。よろしくね」
いい人見つけたぜ!