第三話
「……で、あるから、えー、つまり、ここは…」
こんにちは、金城真莉亜です。只今、数学の授業中でございます。真莉亜ちゃんはすべての科目ができないお馬鹿なので、私が真っ白なノートに記号を羅列しています。今は6月らしいのだけれども、ノートが真っ白ってどういうことなの。真莉亜ちゃんは授業中はなにしていたのだろうか。
そして、数学・英語・理科はクラスが分かれているらしく、他のクラスの子も混じって授業を受けている。勿論、真莉亜ちゃんは全部下のクラスである。納得だ。でも、10年以上ブランクのある私からすると、基礎から教えてくれる先生の話は大変わかりやすい。ありがとう先生。
「7月の頭にある期末テストにここは出すって言っておくから、ちゃんと復習しておきなさいね」
わかりました、先生!
「えー、じゃあ、ここの問題を…」
視線を彷徨わせている先生とばっちり目が合って、あてられる!と思ってちょっとドキってしたのに、すぐ目をそらされた。なんでだ。真莉亜ちゃんは馬鹿だから答えられないってか。っちくしょー、期末テストで100点取ってやっからな!覚えてろよ!…嘘です。80点取れたら、いいかな。
「今日はここまでです」
「きりーつ、れー」
ガタガタと音を立てながら机から立ち上がる面々と一緒に私も同じように立ち上がって、教壇に立つ先生にしっかりと頭を下げた。あざっしたー!
「次、なんだっけ」
「あー、世界史だった…はず」
あの子達は、真莉亜ちゃんと同じG組の子達だったはずだ。ふぅん、次は世界史かぁ。
真莉亜ちゃんは文系のG組で、理系の私にとって数学がⅡBまでしかないのは嬉しいけれど、社会が二科目あるのはかなりキツイ。公民は得意だが、地理と歴史は大の苦手である。そんな中、真莉亜ちゃんは倫理と世界史を選択していた。私も倫理を選択していたから、かなりホッとした。あとは世界史をどうにかするだけ。
「かっ、金城さん…お、落としましたよ」
「え?」
声がするほうを向けば、青い顔をした男の子が、私が落としたらしい数学のプリントを持っていた。
「あっ、ありがとう」
「!!」
青い顔が一瞬にして赤に変わった。赤くなるのはわかるが、なんで最初は青だったんだ。
「じゃあ」
男の子の前から立ち去ると、彼は彼の友達らしき男の子たちにすぐに囲まれた。
「お前が罵倒されるのに1000円かけてたのに」
「つーか、礼を言われるとか+評価のほうにかけてた奴誰もいねぇだろ」
「無効も無効。つーか、はじまらねぇ」
「ま、マジでびびったぁ」
「お疲れさん」
なるほど。真莉亜ちゃんは橘君以外の男子はすべて罵倒していたんだったな。ある意味その徹底っぷりに驚かされるよ。
「はぁ…世界史かぁ」
暗記は嫌いじゃないからいいけど…名前がややこしいんだよなぁ。倫理に出てくる人と被ったらどうしよう。って、あ。私今、国公立行く前提で考えていたけど、真莉亜ちゃんはお金持ちだから、私立に行ってもいいのか。となると、世界史は捨てていいと考えるべきか。
「金城」
「っ! は、はい!」
考え事をしていたせいで、思わずビクって体が跳ねてしまった。恥ずかしい。
目の前には眼鏡をかけた学生よりは年をとっているが、それでもかなり若い男の人が立っていた。
あぁ、まだ教職歴の浅い先生か。
「志望調査のプリント、今日中に出してくれるか」
「え」
「無くしたのか?」
「え、あ、いや、そうではなくて…いや、そうです」
「お前は○×大学に行くんだろう?そこだけでも書いて出してくれ」
え、真莉亜ちゃん本気?そこ、滅茶苦茶偏差値高いじゃないか。
「ピアノ、最近弾いてるのか」
「え…?…あ、あっ!はい!」
真莉亜ちゃん、ピアノ弾けたの?!あぁ!!だから、○×大学なのか!納得!
この大学は芸術学部音楽科があるのだ。この大学はすべての学部学科において、偏差値がめちゃくちゃ高いが、この学部は実技の一本勝負である。そのため、真莉亜ちゃんでもいけるのだろう。ピアノの腕前知らんけど。ただ、この学部学科は定員がほとんどない。ピアノ学専攻なんて、5名くらいなんじゃなかっただろうか。いや、3名?あとで調べておこう。
「一応、紙渡しておくから」
放課後、提出しに来なさい。
そう言って先生は、一枚の紙を私に差し出してきた。
「わかりました。放課後にまた提出しに伺います」
「……今日は怒らないんだな」
「…まぁ」
先生の不審そうな顔に曖昧な笑顔を返しておく。
真莉亜ちゃんは先生にも癇癪を起こしていたのか。最早怖いわ、この子。
「では、次の授業があるので、失礼いたします」
「…あぁ」
あれは担任の先生だろうか。大変だろうなぁ、こんな幼稚園児みたいな子を相手にして。
んー、志望調査か…。一応、第一志望は○×大学にしておこうかな。でも第二第三は私の希望を書いておこう。
「○×大学に行きたいのって、やっぱり」
橘君の影響かなぁ。橘君は頭がいいらしいし。というか、生徒会長なんだっけか。真莉亜ちゃんの日記情報によると。
♪~
「やば!」
チャイムが鳴っておるではないか!!
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走ったおかげで先生が来る前にギリギリ間に合ったが、勢いよく走ってきた私にクラスメイトは目を丸くしていた。真莉亜ちゃんが全速力で走ることなんて早々ないだろうし、驚くのも当たり前か。というか真莉亜ちゃん、このプロポーションを維持しているだけはあるのか、足はことのほか速かった。少し楽しかったよ、おばさんは。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
自分の席に座って乱れた息を整える。西園寺さんはA組だから同じクラスではなかったのが少し悲しいところ。ちなみに、Aは特進クラス。さすが西園寺さん。あ、橘君もそうらしいよ。どうでもいいね。
「っはぁ」
この体…慣れるまで大変そうだな…。