第十七話
「本当にお前が真莉亜なのはわかった…」
到底理解できるような代物ではない話に対して、彼は一切口を挟むことはなかった。
「真莉亜は…もう…いないんだな…」
真莉亜の肉体だけ…。
彼は真っ赤になった瞳をこちらに向けた。先ほどまでの怒りは消え失せ、深い悲しみに包まれていた。
「どうして…どうして、真莉亜は…」
本当だよ真莉亜ちゃん。こんなにも君のことを思って悲しんでくれる人がいるというのに、あんな理由で…。
「深く傷ついたんだろうね…」
「違う…」
「え?」
「真莉亜は…何かを隠してる」
宗佑君は私から視線を外し、唇に指をあてなにかを考え始めた。
「真莉亜は馬鹿だし、プライド高いし、嫌われ者だけど…自殺なんてしない…」
宗佑君は涙を堪えきれず、ポロポロと大粒の涙を流し始め、彼は幼いころの話をし始めた。
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「しゅうすけ!また泣いているの!」
「まりあぁ…だってぇ」
物陰に隠れ、いじめられっ子から逃げて泣いているところを姉の真莉亜に見つけられた。いや、真莉亜はきっと俺を探し回っていたのだ。
「まぁだらしのない!強くありなさい!」
真莉亜はいつだって強かった。泣いている姿は見たことがない。頭は悪いし、気が強くてみんなから嫌われていたけれど、俺を守ってくれる大好きな双子の姉だった。
「あなたは金城家を継ぐのよ!そんな泣いてばっかりいちゃ、この先思いやられるわ!」
「だったら、真莉亜が継げばいいじゃんか…」
「まぁ!冗談でしょう?!わたくしが継ぐだなんてあり得ないわ!」
私を知っているでしょう?私は勉強できない上に、人望もないわ!上に立つ人間ではないのよ。それに私はとっても素敵な殿方と結婚して、悠々自適な生活を死ぬまで送ることが夢なのよ!
真莉亜は背筋をシャンと伸ばして腕を組み、泣いている俺を見下ろした。
「しゅうすけ、あなたは優しすぎるの。それじゃあ相手の思う壺よ」
「でもぉ…」
「よぉーく聞きなさい」
真莉亜は俺の前にしゃがみ込み、俺の頬を包み込んで自分の顔へと近づけた。
「わたくしがあなたの盾になってあげられるのは今だけなのよ。今のうちに覚えなさい。人の使い方を。わたくしの背に隠れて、馬鹿なわたくしを踏み台にするのよ」
「真莉亜何言って…」
真莉亜の目は真剣そのものだった。
「この世界は食うか食われるかよ。あなたはまだ食われる側にいる。そして、わたくしは食うほどの技量がないの。あなたは賢い。食う側の人間におなりなさい。いい?」
わたくしがいる間だけよ、守ってあげられるのは。この世界に食われることのないように生きるのよ。
「真莉亜…?何言ってるの?なんでそんな怖いこと言うの?」
「えぇい、おだまり!!」
真莉亜は目を吊り上げながら、ギリギリと俺の頬を両手で抓り上げる。
「いいからわたくしの言うことを聞きなさい!」
「いたいよー!」
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「真莉亜は…勉強はできないし常識もなかったけど…聡い人だったんだ…」
高級車に揺られながら、彼に話にジッと耳を傾ける。
「幼いころから自分の立場を理解していた。自分が女であり、頭がよくないことから、この家を継ぐことがないと。そして、この弱い弟の俺が、いずれトップに立つ時がやってくるだろうと」
真莉亜は自分が矢面に立つことで、俺の評判を相対的に上げようとしたんだ。
「馬鹿で常識のない嫌われ者の弟が、勉強ができて優しいとなれば、誰だって俺に傾くだろう?」
そうやって寄ってきたやつらにも噛みついて、残ったものが信頼できるものだと身をもって教えてくれたんだ。
「だから…俺は、真莉亜が自殺したなんて思わない」
なにか、何かあったんだ。
「宗佑君…」
「そう思いたいだけだ、なんて思ってるだろ」
彼の言葉にドキリとした。実際そう思っていた。彼女のことを知っているが故に深く考えすぎではないかと思ったのだ。
「なぁ、その声の主ってどうやったら会える?」
「はぁ?」
死ぬ直前に聞いたあの声。私だってどうやってしたのかわからない。さっぱり見当もつかない。
「真莉亜の体を得たのはお前だ。これから生きていくのもお前だ。だけど、俺のたった一人の姉の体でもある。最後に、姉になにがあったか知りたいんだ」
「宗佑君…」
「それが終わったら好きに生きてくれていい。中身が違う真莉亜で両親にも極力会ってほしくないし…。でも、親との橋渡しはするし、誤魔化せるように話も作って合わせるから」
だから、協力してくれ!
そう言って宗佑君は頭を下げた。
「…わかったよ」
これできっと家族への罪悪感もなくなるだろうから。




