第十六話
「え…?」
何言って…。
コーヒーを飲んだにもかかわらず、口が乾いて仕方がなかった。ごくり、と飲んだ唾の音が耳の奥でよく聞こえた。
「失礼いたしましたぁ~」
ガシャンと割れたのはコップかカップか、店員が周囲に謝罪をしながら片づけをしている。カチャリ、カチャリと片付ける音が聞こえる。
目の前の男の表情は変わらない。会った時と変わらない穏やかな笑み。ニコニコとしたまま私の答えを待っている。
「どうしたの?わたしは、わたしでしょ?」
少し言い方に棘を含ませ、拗ねたような表情を見せるも彼の表情が変わることはなかった。
「コーヒーなんて飲まないしさ」
むしろ嫌いじゃん?それに甘党の真莉亜がブラックなんて飲めるわけないし。
しまった。
ハッとした私を彼は見逃さなかった。
「よくできてるね?すごく大変だったでしょ?」
彼は笑顔を変えぬまま、私の頬をスルリとなぞり、髪に指を絡める。
おそらく彼は私が全身整形をして真莉亜ちゃんに成り代わっていると思っているようだ。
「ほくろの位置まで完璧だし、見た目だけじゃなくて、身長も声もそっくり。すごく有能なお医者さんなんだね」
彼は顔色を変えず、指で髪を弄び続ける。
「ねぇ、真莉亜は?真莉亜は元気?」
「ぁ…」
なんと、なんと答えればいいのだ。肉体は真莉亜のままだから元気と答えるべきか。そもそも真莉亜ではないと言えるはずがない。しかし、偽物だとバレている。どうしたら…?
「真莉亜はさ、おバカだし高慢ちきだし、すっごく性格悪いけど」
俺の大事な分身なんだよね。
「ねぇ、もう一度言うよ」
彼の髪を掴む力が強くなる。ブチブチと抜け落ちる音が聞こえる。
「真莉亜はどこ?」
「私は…」
私は、誰?私は和馬?それとも真莉亜?私は…私は…。
「私は真莉亜であって、真莉亜ではない」
彼の眼を見据え、腹をくくった。
彼は初めて表情を崩した。頬杖をつきながら、呆気にとられたようにポカンと口を開けた。
「え、それ、認めたってことでいいの?」
真莉亜が誘拐されて、お前がいるってことでいいの?
宗佑君の顔から表情が抜け落ち、目には怒りが宿っていた。
「真莉亜ちゃんは別に誘拐されていない」
「はぁ?何を信じろって?とりあえず、何が欲しいんだよ。どうせ金だろ?いくら?さっさと言ってくれる?」
イライラしだした宗佑君は右の人差し指を机にトントンと叩き始め、早く身代金を言えと催促してくる。
「信じるも何も、わたしが真莉亜なのは事実よ」
「お前いい加減にしろよ。このまま社会的に抹殺されても文句言えない立場にいることわかってる?」
軽蔑した目線を向けてくるが、真莉亜ちゃんが本当に誘拐されていたとして、お金を渡したらどうせ社会的に抹殺するつもりだろうが。
「フン!」
鼻で笑い、腕を組んで顎を上げ、宗佑君を見下した。
「私がここで何を言っても信じないでしょうよ。そんな相手に何を話せって?」
「俺がこのままノコノコ引き下がるとでも?」
金城家敵に回してよくそんな大口叩けるな。
「いいわよ、何をしてくれたって。わたしをいくら叩いてもなんにも出て来やしないわよ」
「はっ!どうだか!それよりも」
目の前で立ち上がった宗佑君に胸ぐらをつかまれ、立ち上がらせられる。
「真莉亜は生きてんのか、あ?」
彼に瞳は業火で焼き尽くさんばかりに怒りに満ちていた。美男美女の痴話喧嘩(最早痴話では済まない)に、店内が静まり返る。ググと首が締まっていくが、私は鼻で笑ってみせた。
「肉体は生きている。これで満足?」
「ふざけんな!!!」
怒鳴る彼から目を離さずジッと睨み返す。お互い無言で睨み合い、首がかなり締まって少し苦しくなってきたところで、店内が警察呼ぶ…?と騒めき出した。
「…こっち来い」
「ええ、望むところ」
手を思い切り払いのけ、服を整える。
クッソ、真莉亜ちゃんのブランド物の服が皺くちゃじゃねーか。この服真莉亜ちゃんが持ってるキラキラしてる服の中で一番マシなのに。
「こっちだ」
腕を乱雑につかまれ、店を後にする。そのまま早足で腕をひかれ、躓きそうになりながら、必死で歩いた。彼はこのままこのショッピングモールを出ていくようだ。
真莉亜ちゃんじゃなかったら、足の長さ違いすぎて転んでたなこりゃ。
なんて思っていると、一台の高級車が目の前にとまった。
「乗れ」
「言われなくても」
腕を自分のもとへ思い切り引っ張り、掴まれていたところを擦る。
めちゃくちゃ赤くなってんじゃねーか。真莉亜ちゃんの腕痣できやすいの知らねーのか?
「どういうことか説明しろ」
「説明したところで、どうせ信じ「いいから話せ!!!」…なによ」
彼は頭を掻きむしり、項垂れた。全身から真莉亜ちゃんへの心配が溢れている。
「お願いだ…真莉亜は…どうなってるんだ…」
顔をクシャクシャにして泣きそう彼が、懇願してくる。
「その…」
あまりの憔悴っぷりにひどく動揺した。私が、この体を乗っ取っている事実を、どう伝えればいいのかわからなかった。なに伝えても彼の心が晴れることはないだから。
「なにから、話せば…」
「最初からだ!お前が…どういった経緯で…その姿になったのか…そこからだ…」
言葉を選びながら、ポツリポツリと話を始めた。




