第十五話
ちょっと短いです。すいません。
よく晴れた土曜日。蝉の声が聞こえ、夏本番であることを教えてくれる。大きな寮は山奥にあり、辺りは緑で囲まれていた。
「中と違って、すごく空気がおいしい」
中はひどく息苦しい。小さな世界に押し込められているようだ。
空気を吸って伸びをしながら、大きな門へ足を運ぶ。門まではきれいな噴水や整えられた垣根が左右対称に並んでいた。
「今日のパーティだるいわ~」
「私も~」
週末の外出は自由だ。申請はしないといけないが、通らないことはない。行先と帰る時間だけ告げれば問題ない。どうやら、ここの生徒たちはパーティなど親の主催するものやそれ以外の行事に頻繁に顔を出さないといけないみたいである。お金持ちの子どもは、一般の子がしない苦労もたくさんあるのだろう。
門の前には迎えの車に乗り込むたくさんの生徒たちの姿があった。言わずもがな。迎えの車は高級車ばかり。その間を縫って、タクシー乗り場に向かう。街へ出かける生徒は、学園が雇っているタクシーに乗り街へ繰り出すのだそうだ。普通のタクシーと違って、執事のような人がタクシーを運転している。こんなところにまで配慮していて、少し辟易する。
「街までお願いします」
タクシーに乗り込み、離れていく学園を見つめる。
きっと真莉亜ちゃんはこの世界しか知らなかったのだろう。小さなころからこの密閉された窮屈な世界に住み、その中での生き方しかわからなかったのであろう。
「もったいない」
彼女の人生は薔薇色だったはず。性格に難があったが、きっと苦労をすることなく人生を歩めた。小さな世界の中でもがき、諦めた彼女の人生。
「わたしが引き継ぐよ」
あなたが望まない人生かもしれないけれど。私の人生として、大事に使わせてもらうから。
学園を見ていた目を閉じ、街へ向かうタクシーに身を委ねた。
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「真莉亜!」
指定された場所は、なんの変哲もないショッピングモール。真莉亜ちゃんは絶対に行かないであろう場所。そんな場所に宗佑君はいた。
「久しぶり!」
真莉亜ちゃんによく似た綺麗な顔立ちの少年。むしろそっくりなほど似ている少年は、私を体の中にすっぽりと収めるように抱き着いてきた。
「ぐぇ!!く、苦しい…!ギ、ギブ…!」
「あぁ、ごめん!つい!それにしても変な声出たね」
ニコニコと宗佑君は笑う。真莉亜ちゃんと同じ顔だけれども、真莉亜ちゃんと違って人がよさそうなオーラを纏っている。兄弟でこんなにも違うのか。
「だ、だって急に抱きしめるから…」
「ははっ、そうだよね。でも久しぶりだから」
スッと手を繋いで歩きだした宗佑君に驚いて何度も手と顔を交互に見た。
「え?どうしたの?」
「え、あ、いや、その…手…?」
「え?なに?手かゆいの?」
「あ、いや、ちがくて…」
繋いでいる手を持ち上げて、反対の手で私の手を優しく掻いてくれた。
ええええ??これ普通なの?弟と手をこの歳になっても繋いでたの真莉亜ちゃん?!
明らかに引きつっている顔を何とか戻して、何事もなかったように宗佑君と歩き出す。宗佑君は真莉亜ちゃんが暇にならないようにたくさんの話題を出してくる。目に入ったものや通り過ぎた店の話、留学中の面白かった出来事、今どんなことをやっているか、困っていたことや、友達の話、そして家族の話。
うんうんと笑いながら答える。ズキズキと心が痛むけれど、笑顔は絶やさず話を続ける。私はもう私ではない。でも、真莉亜でもない。私であって真莉亜でもある。それを背負って生きていかねばならないのだ。
「疲れたでしょ?ちょっとやすもっか」
私の機微を感じ取った宗佑君は通りかかったカフェのチェーン店に入っていく。
「真莉亜何にする?」
「あー…コーヒーにしようかな」
「アイス?ホット?」
「ちょっと冷房効きすぎて寒いし、ホットにする」
「頼んでくるから座って待ってて」
「わかった」
ちょうど端っこの席が空いていたため、そこに腰を下ろす。
ふぅ…疲れた。体の疲れではなく、心の疲れ。騙していることへの罪悪感で心が疲れてしまったのだ。しかし、慣れなければならない。これからもずっと家族のことは騙し続けていくのだから。
「お待たせ」
「あ、ありがとう」
目を瞑って待っていたところに、笑顔の宗佑君が飲み物をもってやってきた。
「やっぱり日本はサービスがいいっていうか、過剰だよね~」
あっちの接客なんてさ…
宗佑君は変わらない笑顔で話を続ける。もらったコーヒーに口をつけ、相槌を打つ。
「ところでさ」
「なぁに?」
宗佑君は頬杖をつき、私に目を向ける。変わらぬ笑顔に私もつられるように笑い、コーヒーのカップをソーサーに置く。
「お前誰?」
ガシャン、とどこかでなにかが割れる音がした。




