第十三話
何年振りでしょうか…。
また細々と再開、していけたら、な…なんて。
いやいや、落ち着け。落ち着くんだ私。NIRに入りたいと思っているが、まずは地に足をつけてから就職を考えるんだ。そもそも、真莉亜ちゃんの内申がいい訳ないから、まず新卒で入るのはほぼ無理だろう。真莉亜ちゃんが望んでいる○×大学にとりあえず入って、経験を積んでからそちらに移行も悪くない。音楽センスはあるようだし、ピアノで名を轟かせてNIRとコラボという手もある。
「就職にこだわる必要はないか…」
犬は黙りこくって考え始めたわたしを不思議そうに見つめてくる。
問題はこいつか。
「犬、お前は将来どうするつもりなんだ?」
「将来…?マスターと、一緒に、いるよ…?」
「そうじゃない。進学や就職だ」
「??俺、マスターが、いるところに、行く」
「…四六時中一緒にいるのか?」
「はい」
出会いがなくなるじゃねーか、それ。
「私はお前に自分のことも考えて欲しい。そうある犬でいてほしいんだ」
「ど、ゆこと…?」
「わたしのそばにいていい。いることを許可したが、なにも考えない、働かない犬はいらないということだよ」
君も自分の人生だ。少しは新納の血に縛られずに過ごしてほしいものだ。
「稼げばいい…?役に立てば、マスターと、一緒に、いれる?」
「あー、まぁ、そういうことだ」
役に立てと言っているわけではないが、彼が主体的に動いてくれるならそれでいい。
「さて、犬。うーん、犬ではダメだな。人格を問われる」
「マスター、犬で、いいよ」
「いやダメだ。マスターも、ダメだ」
犬はしょげたように肩をすくめる。
「琲禰、と呼ぶ。お前はわたしのことを…」
うーん、なんて呼ぶ?真莉亜?真莉亜って呼ばれるのはなぁ…なんか嫌だな。金城さんも変だし…。真莉亜さまとか言い出したら、前のイメージのままだし…。ええい、仕方ない。
「真莉亜さんって呼びなさい」
「はい、真莉亜、さん」
なんだか、背筋がゾワゾワするが仕方がない。
「あと、そのどもりながら喋るのやめろ」
「はい、マスター」
「違う」
ゴスと脛を蹴ると、すかさず彼は訂正した。
「まぁいい。慣れろ。あと、極力学校では話しかけてくるな。わたしはわたしの生活がある。お前はお前で生活しろ」
「いつ、会えば…?」
「はぁ?」
琲禰はウルウルとした瞳でこちらをじっと見つめていた。
「新納の、男は、主と一定期間、会えないと…壊れます…」
はぁー。なんてややこしい血なんだ。だからか、夫婦が多いのは。男を主人にしたら、お嫁さんが大変だ。訳の分からん男が自分の夫を主と慕って頻繁に会うなんて。いや、会社の部下とか側近、秘書にしたら頻繁に会えてるし問題ないのか。
「うーん、そうだな。1週間に一度、外に行くときについてこい」
「街へ…?」
「そうだ。街の様子を知りたい。ここは特殊な空間だからな。ここが普通にならないようにしたいんだ」
「わかりました。毎週末、街へ共に…」
「時間や日付は前日までに連絡するようにする。あ、連絡先教えてくれるか」
「はい、真莉亜さん」
琲禰は真新しい携帯をスッと胸ポケットから取り出した。
「? やけに新しいな?」
「はい。昨日買いました」
「持ってなかったのか?」
「いえ、真莉亜さん専用です」
絶句。真莉亜ちゃんのストーカーっぷりが可愛く思えてくるほどの気持ち悪さだな、これは。
「…まぁ、なんでもいいけど、わたしがマスターだということは伏せろ」
「はい、マスター」
「マスター言うな。ところで、知っているのは誰だ?」
「新納の、この血の定めを知っているものだけです。ばあ様や母さま、父さまなど近しいものばかりです」
「そうか、仕方ないな」
尚更、NIRに入りづらくなってしまったものだ。
「じゃあ琲禰。私は戻る。騒ぎは起こすなよ。連絡するまで待て、だ」
「はい、真莉亜さん。待ってます。ずっと」
本当に連絡が来るまで永遠に待っていそうな雰囲気がある。
「真莉亜さん」
「ん、なんだ?」
立ち上がって立ち去ろうとする私に、琲禰は声をかけた。
「あなたの証が欲しい」
「は?」
俺が貴女の犬である証、貴女と一生一緒だという証が欲しい。
彼の目は真剣そのものだった。
「そう、だな…」
なにが一番証として相応しいのだろうか。
「次、会う時までに用意しておく。待ってろ」
そういうと琲禰は今まで見たことのないようなほどの笑顔を見せ、頷いた。
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教室に戻ると案の定、みんなが一斉にこちらを見た。廊下に並んだ生徒たちが口々に噂を話し合う。話題に事欠かない真莉亜ちゃんだよ、本当。
廊下を一歩一歩進んでいく。進むにつれ、生徒たちは口を閉じ、わたしの一挙一動に目を凝らしていた。
「あら、いやだ」
私の一言に、生徒たちが息を飲む。
「みなさん、授業はどうされましたの?」
もう始まりますわ?
にっこり、と悪意のない笑みを見せると、生徒たちはバツ悪そうに顔を見合わせ、そそくさと自分たちの教室は帰っていった。
自分の教室に戻るが、教室内も同じような目を向けられ、静まり返っていた。
みんな興味津々だねぇ。私の何が気になるのだろうか。
「みなさん、次の授業はなにかしら?」
笑顔を見せ、教室をぐるりと見回す。誰一人目を合わそうとはせず、慌てた様子で日常を繰り広げていた。
弱い奴ら。集団でないと、なにもできないのだから。
ニコニコと愛想を振りまきながら、自分の席へ向かう。
あぁ、私もなんともない日常を過ごしてみたいとのだ。




