第十二話
また間が空きました。
そうは言ったものの、この駄犬が隣にいるだけで繁栄が得られるなんぞ、甚だ疑問だ。私自身が自分で何かをしたことを、補うように支えるように新納の力が働くのではないだろうか。すべてをこの駄犬に任せてしまうのは、私個人として非常に納得いかない。というか、任せられない。途中でぶん殴ってしまいそうだ。
廊下を歩いていると、駄犬に案内され、生徒の中でも上流者しか入れないようなセキュリティ万全の建物に導かれた。駄犬がカードを通すと、ロックが解除され、ドアが開いた。中に入ると執事のような人に出迎えられ、建物の中の中庭に通された。駄犬がその執事のような人に、一言いうと彼はいったん下がり、再びお茶を手に戻ってきた。彼は茶を出すと、一礼し消えていった。
「いい匂いだ」
ここはこいつや橘くんレベルの生徒しか入ることが許されていないのだろうか。相当なお金持ちの真莉亜ちゃんも持ってそうなものだが、私の手元に駄犬がさっき通したようなカードはなかったはずだ。ストーカー行為のしすぎて取り上げられたか?
「駄犬」
用意された茶を優雅に飲みながら、足元に嬉しそうにしゃがみこんでいる駄犬を蹴る。
「足元にいるな、鬱陶しい。ちゃんと椅子に座っておけ」
「で、でも、マスターと同じ、席に、つくなんてっ…」
「私は、駄犬を飼うつもりでいるが、血統書付きの駄犬が好きなんだ」
マナーのない犬は、捨ててしまうぞ。
そういうと、駄犬は泣きながら、本当に泣きながら飛び上がって、礼儀正しく椅子に座り、茶を飲み始めた。
さすが新納の家の者なだけはある。飲み姿が洗礼されている。マナーまでバッチリ。まぁ、見た目の麗しさがプラス点になっているのかもしれないが。
「なぁ琲禰」
「っ…!ぁ、はっ、はいぃ…!」
名前呼ぶ度にビクンビクンするな気色悪い。
侮蔑の眼差しを向けると、困った顔をしながら顔を赤らめた。
お前は捨てられることが嫌なくせに、よくもそんな気色の悪い性癖を持ってるんだ。
「琲禰」
「はい」
まともな顔をしたグリーンの目を真正面から向けられると、少しドギマギしてしまう。こいつ無駄にいい男だからな~。
「お前は、私がどうするのが正しいと思う?」
「マスターは、どうしたいと、思って、おられですか?」
質問を質問で返すな。マナー違反だぞ。駄犬は少し困ったように笑った。
「そうだな……できることなら、私は、新納に入りたい」
「入る、ですか…?」
「会社に、な。それはデザイナーでも、経営でも、営業でも、経理でもなんでもいいんだ」
勿論、自分のやりたい分野、できる分野に越したことはないが。
「少しでも、近付きたい」
あの人の傍で、見ることができるのならば。あの人のためになるのであれば。
「ばあ様、ですか?」
「ばっ…!」
まぁ、こいつからしたら、お祖母さんではあるけれども…。
「ん、美禰さんの、な」
「じい様は、とてもばあ様のことを大切にされていました」
つまり、新納家の血を引くじい様が美禰さんを支え、今のNIRがあると。
「俺も、マスターのこと、大切にする…命に代えてでも…」
比較的流暢に且つ顔を赤らめることなく、まっすぐ見つめられながら言われ、自分の頬がカッと熱くなるのを感じた。
ああああ、もう!これだから美形は!
「当たり前だろ駄犬!私以外に尻尾振ったら殺すからな!」
「はい、マスター」
駄犬は、私が赤くなったことが嬉しいのか、ガンガン足を蹴られても、ニコニコしたままこちらを見つめてきていた。
「マスター、今のNIRは、母が代表ですが、雇用の、すべては、ばあ様が、仕切っています」
「え、そうなのか?あれだけ大きいのに?」
「はい、デザイナー以外もすべてばあ様です」
というと?
「基本的に、能力があろうとも、ばあ様が、気に入らなければ、入ることは、できません」
「えっ…」
サァッと血の気が引くのがわかった。さっきまで顔に集まっていた血はどこへいった。
「能力よりも、人柄です」
「うそっ…!」
そんなの無理じゃん!!!!だってわたし、今真莉亜ちゃんなんだよ!?!?この至上最悪の馬鹿でストーカーの評価のこの私なんだよ!?!?
「どうしよう…!!!」
私が椅子から立ち上がったと同時に、ガチャンと音をたてて机の上のカップが倒れた。




