第十話
お久し振りです。また間が空きました。
「降ろせって言ってんだろ!!」
何度殴ろうと蹴ろうとピクリともしない肉体。すでに私の体力の方が限界である。華奢な真莉亜ちゃんの腕と足の方が奴の強靭な肉体に負けてきて、痛みを訴え始めていた。
「…マスター、元気、ない?」
誰のせいだとっ…!
ぶちギレそうになるのを堪え、痛む手を擦りながら無視を決め込んだ。
おろおろしているのが感覚でわかったが、私は奴にただどこかに運ばれて行くのをじっと耐えることしかできなかった。
そんな時。
「なにをやっている」
廊下に凛とした声が響いた。空気が一瞬にして張り詰めるような感覚がした。
鼓動が早くなるのを感じながら、犬に抱き抱えられながら、数メートル前を見るとどこかで見たことのある美形が立っていた。
というか、今いる廊下がいつもと違ってきらびやかだ。なんでた。ここどこだ。
「…お前、金城真莉亜か」
自分の名を呼ばれ、キョトンとしたまま相手の顔をじっと見つめる。
「あぁ、なんだ、君、橘くんじゃないか」
私が理解をし、納得して名を呼ぶと橘くんは眉をピクリと震わせ、そのあと眉を潜めた。
「…ところで、何をしている」
「え?」
異性との交際を禁じてはいないが、さすがに校内での性的行動は、生徒会長として止めざるを得ないが?
と真顔で言われ、何を言われているのかを認識するのに数秒かかった。
そして理解したと同時に全身に鳥肌が立った。
「犬。降ろせ」
物凄い低い声が出た。
犬は、私の有無を言わせぬ迫力におののき、ゆっくりと私を下ろした。
「ごめんあそばせ。そのようなつもりはなかったの」
犬に放ったような低い声をしまい、いつもの、わざと真莉亜ちゃんのように高い声を出した。
「足が疲れたから運んでいただいていただけですの」
スカートを指先で持ち上げ、腰を落としてお辞儀をする。
「ふっ…別人になったという噂が本当かと思えば、本質は傲慢なまま変わらないんだな」
橘くんの眉を潜めていただけだった顔に嫌悪感が浮かぶ。
君は本当に真莉亜ちゃんが嫌いなこと嫌いなこと。しかし、私もできる限り関わりたくないんでね、それで結構だよ。というよりも、私は君が好きではないね。
「お褒めの言葉、光栄にございます」
満面の笑みを浮かべ、橘くんの目を見据える。綺麗な艶のある白い肌に切れ長の美しい目。芸術作品を見ている錯覚を覚えそうなほど、美しい人間だった。真莉亜ちゃんが惚れるのも頷ける。
満面の笑みを浮かべながら、声を発さず言葉を紡ぐ。
――君は美しいだけだ。ただそれだけ。君の本質に人を惹き付ける魅力などない。――
「――っ…」
「それではごきげんよう」
橘くんが少しなにかを言おうと口を開けたが私は気づかないふりをして踵を返した。すべての言葉が伝わったわけではないだろうが、私の言いたいことはなんとなくわかっただろう。
「憐れだ…」
彼は、きっとこのまま敷かれたレールの上を走り続けるのだろう。そして、用意された美しい令嬢と結婚し、橘家を存続させていくのだろう。
「ひどく憐れだ…。」
バカな夢を追いかける若者が素敵だなんて言わないが、あのまま主体性もないまま生きるなんて私にはできない。真莉亜ちゃんもそうだ。彼女に主体性などなかった。この体を手に入れたからには、私は私が後悔しない生き方をしていきたい。彼女に主体性がなかったのだから、私が乗っ取ろうとなんだっていいだろう。
「マスター…」
新納が、大きな図体を折り曲げ、心配そうに私の顔を窺っていた。
相当怖い顔をしていたのだろう。少し息を吐く。
「犬」
「はい」
私は橘くんが見えなくなる距離まで廊下を歩いた後、立ち止まり新納の名を呼び、体全体を彼に向けた。
「お前がマスターを欲しがる理由を簡潔に話せ」
「え、あ、あの、はい、マスター」
しどろもどろに話始めた犬は、新納の男の悲しい血筋を語った。




