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浮かび上がった色

作者: 快流緋水

 珍しくお部屋デートにしようと誘った相良裕一さがらゆういちの家に行く前に,川原里香かわはらさとかはスーパーに寄ることにした。昼食は近くのカフェに行くことになったが,夕飯は里香が作ることになったのだ。

 実は,里香はお部屋デートは苦手であった。それは,料理が上手くないから。母に頼りきって台所に立たない日を過ごしているせいで,料理のカンはイマイチ。むしろ,一人暮らしを続けてきた裕一の方が上手いという,彼女としては複雑な気持ちになる状態なのだ。

 それでも,裕一ばかりに作ってもらうのも気が引けるので,今回は里香が引き受けていた。

 料理することを引き受けたことに後悔しつつも,食材を見て回る。

(お肉をただ焼けば良いなんて,味気ないし。でも,煮込んで失敗したくないし。)

不安な気持ちとは裏腹な,食材の新鮮さと豊富さに戸惑いつつもカゴに入れていく。

 そんな時,携帯電話が鳴った。このメロディーは裕一だけだ。慌ててバッグから取り出して電話に出る。

「今どこにいる?」

「まだスーパーだけど。遅くなっちゃってごめんね。」

特に待ち合わせ時間を決めていたわけではないが,裕一に遅いと思われて電話をくれたのだと思ってこう言った。

 だが,違うことであった。

「大丈夫だよ。それよりさ,ゆっくり買い物しててくれない?俺もそっちに行くから。」

「え?そ,そう?」

「あと5分もしたら着くと思うから。」

「分かった~。待ってるね。」

「ああ。あとでね。」

携帯電話をしまい,カゴを持ってスーパーの中をゆっくりと歩く。輸入物も多く取り揃えているスーパーだから,イタリア語やフランス語が書かれた瓶などもある。それを手に取り,何に使うものかだけを見る。やたらめったら買ってもみたくなるが,自分の手に負えないものは買わないのがベストだ。

 5分を少し過ぎて,肩をぽんと叩かれた。裕一だ。

『お待たせ。』

そう言って,カゴをすぐに持った。中身を見て微笑む。

『今日は和食?』

中に入っているのは,鯖となめことお豆腐,卵などである。

『そうでーす。』

『楽しみにしてるよ。あとは何を買う?』

『もうないけど。』

『じゃあ,あとは飲み物だな。』

野菜ジュースなどを数本入れ,レジに立つ。

『去年の今頃は新人だったから,ゆっくり出来なかったよなぁ。』

『そうだね。でもね,今年は新人が配属されなかったから,私はまだまだひよっ子だけど。』

『可愛がられていーじゃん。』

『どっちかって言うと,いじられてる,だと思うけど~?』

裕一は空いた手で里香の頭を撫でる。

『いじっていいのは俺だけのはずだよ?』

たまにこういうドキッとすることを素で言う裕一。里香はたちまち顔を赤くする。

『ほらね。』

『もうっ。』

ふいっとそっぽを向いて頬を膨らませる。その様子を見ていたレジのオバサンが笑った。

『仲が良いことはいいけれど,会計もいいかい?』

『あっ。』

里香は慌てて財布を出してレジを済ませる。

『すみません。ありがとうございます。』

恥ずかしい思いをしつつエコバッグに食材を詰め,裕一が手に持った。空いた手はもちろん,里香と繋いでいる。

 

 裕一の家にひとまず行き,食材を冷蔵庫にしまってからすぐに家を出た。お目当てのカフェにランチしに行くのだ。

 学生が切り盛りしているカフェで,ボリュームもあるのに値段は安い。まさに学生向けなカフェではあるのだが,一般の人でも十分満足出来る内容のカフェ。2人はランチセットを頼み,テラステーブルに座って出されたお冷で喉を潤した。レモンをピッチャーに入れているカフェは多いが,ここはなぜかオレンジが入っている。その甘い酸味が心地良かった。

『なんで和食にしたの?』

『ん~気分かな。』

あいまいな答えに,裕一は笑った。

『どんな気分なんだか。』

『ほら。この間まで桜が咲いていたでしょ。そういう時って和テイストに惹かれるの。』

『へぇ。じゃあ花火を見たら?』

里香の考えは止まってしまった。

『和テイストって思ったでしょ?』

ニヤリと笑って見る裕一にお手上げだ。

『花火と来れば,浴衣。それが里香の考えだろ?』

いつも自分を見透かされている裕一に,里香は勝ったことがない。

 

 ランチ後。少し遠回りして家に帰り,それからはゆっくりとテレビを見たり,やりかけのパズルを一緒にしていた。

 お出かけするデートもいいが,こうしてゆっくりと他人の目がないデートも良いかもしれない。


 夕方,里香の苦手な料理タイムだ。裕一は手伝わず,仕事の書類を見つつ,エプロン姿を堪能していた。

『え~っと。』

メニューは鯖の塩焼きとなめこと豆腐の味噌汁,だし巻き卵にわかめときゅうりの酢の物。

簡単と言えば簡単なのだが,不慣れな里香はオロオロしながら作っていた。

 お味噌汁を吹きこぼす寸前で火を消し,だし巻き卵も焦がさずになんとか済んだ。酢の物のお酢が足りないが,この程度ならまだマシだろう。鯖も少し焦げたものの,ようやく焼き上げた。

『出来たよ~。』

『はい,お疲れさん。』

『何か飲む?』

『和食だから,日本酒。』

里香は冷蔵庫を開けてじ~っと日本酒を探す。その姿を見て,裕一は笑い出した。

『え?何?』

驚いて振り向くと,裕一は‘おいでおいで’と手で招いた。

『料理酒しかうちはないよ。』

それを聞いてだまされたと分かった里香の頬は膨らむ。

『まったくからかいがいがあるね。』

そう言ってちょこんとキスをした。

『あとで良いもの見せてあげるから,機嫌直しなよ。』

決まりよくはぐらかす裕一に,これ以上怒る気にもなれなかった。


 奮闘して作った夕食はさらっとなくなり,裕一は満足げにおなかをさすった。

『美味しかった~。』

『本当に?』

『うん。ま,料理は経験と慣れだよな。段々と上手くなってるよ。』

素直にほめられ,自然とほほが緩む。

『ありがと。』


 洗い物を済ませ,食後のお茶でも入れようとしたとき。裕一はそれを止めた。

『出かけよう。』

里香は首をちょこんとかしげる。

『今から?』

外はすでに真っ暗。昼間は春らしくポカポカした陽気だが,夜になれば少し寒気がする。そんな頃にお出かけと言われても,イマイチぴんと来ない。

『昼もいいけれど,夜もまた良いからさ。』

そう言い,里香に上着を渡し,自分も着る。

 なにがなんだか分からず,お部屋デートの結末がどうなるのか不思議に思いながら歩き出した。外は上着を着ていても,少々寒い。それを見通していたのか,さっと裕一が手を繋いで上着のポケットにしまいこんだ。

『これで少しは温かいだろ?』

『うん。ありがとう。』

人目がつかないとはいえ,ちょっと恥ずかしい思いをしつつも裕一の気持ちが嬉しかった。

 他愛ない会話をしながらしばらく歩き,手を引かれるまま川原に下りた。整備された川だが,きちんと川原は出来ており,ご近所さんの散歩コースにもなっていた。

『着いたよ。ほら,あそこ。』

街灯の明かりだけで,薄暗い中。視線の先には,ぽっかりとほのかな明かりがあった。

 いや,明かりではない。今まさに咲き誇っている菜の花である。明るい黄色の花が暗い中でも輝くように咲いていた。

昼間見る菜の花と違って,ぼんやりと浮かぶように咲いている様子は幻想的だ。

『この間気付いたんだ。』

『綺麗ね。』

2人は歩み寄り,間近で菜の花を愛でる。

『不思議ね。』

『え?』

里香は裕一を見上げ,そしてまた菜の花に視線を戻した。

『こんなに静かで,消えそうな菜の花を初めて見た。』

暗闇に浮かぶような,そんな菜の花は目に新しい。

『裕一,ありがとう。』

『どういたしまして。』

2人はしばし,夜桜ならぬ,夜菜の花を堪能した。

 元気を表すかのような昼の菜の花に比べ,どことなく儚げに見える夜の菜の花。

 その不思議な様に酔いしれていた。

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