その1
宮田綾乃は疲れていた。
この世界に飽きてさえいた。
死ぬのは怖いから、と臆病にふてぶてしく生きていた。
外の世界なんて、もう何年も見ていなかった。
◇◆◇◆◇◆
外へ出ない、所謂“引きこもり”な少女は暗闇の中、パソコンの電子的な光りに照らされていた。
【ANOTHER WORLD】という、日常系ネットゲームのようなもの。
モニターの中、青々とした森の中には、1人の女の子のキャラクターが棒立ちで微笑んでいた。
(……自分なんかとは、似ても似つかない)
(それでいい)
どうせ自分に似せた所で何も変わらない――と、ネガティヴな考えのもと、
少女の細い指がマウスを弄る。
カーソルにあわせて、画面の中の少女もぴょこぴょこと動き出す。
それを見て、リアルの少女は笑みを深めた。
◇◆◇◆◇◆
(……お悩み、相談室)
(悪趣味な部屋)
少女は勝手な想像に顔を顰める。
他人の不幸を親身なふりして聞いて、自分の幸せを再確認する―――そんな部屋だと思ったのだ。
リアリストを気取り、歪んだふりをした少女は【入室】のボタンへとカーソルを合わせた。
他人の不幸を聞きたい、そんなネジ曲がった考えで。
◇◆◇◆◇◆
“お悩み相談室”の中には誰も居なかった。
いや、この部屋を開いたのであろう男のキャラクターがソファに座ってニコニコとしていたが。
結構豪華な部屋の中、少女の分身であるキャラクターがぼうっと立ち尽くす。
すると、部屋の中に居たキャラクターの上にポン、と軽い音と共に吹き出しが現れた。
◇◆◇◆◇◆
「悩みは?」
『……ない』
「えーww あるでしょw」
『ないってば』
「じゃあ良いや」
「何か話す?」
『うん』
◇◆◇◆◇◆
「じゃあ良いや」という文に、少女は静かに目を見開く。
自分の、お世辞にも愛想が良いとは言えない言葉に怒ることもなく
相手の言葉は柔らかで、あっさりとしていた。
(……まぁ、モニターの向こうでは案外苛々しているのかもしれない)
でも、この感じは結構好きだと、少女は1人微笑んだ。
その日の夜、彼女は眠くて仕方がなくなる時間まで、久々の“お喋り”を楽しんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えーじゃあ学校行ってないの?」
『うん』
◇◆◇◆◇◆
その日は、少女も少し浮かれていた。
引きこもり生活の中で、初めて見つけた話し相手。
少女は次第に相手――おそらく男であろう――人間に、心を許していった。
口が滑った、いや、手が滑ったとでも言うのだろうか。
『学校に行っていない』
『それどころか外にさえ出ていない』
『そんなものに魅力を感じなくなった』
………本音を、ほんの一部の本音をキーボードで打ち込んでしまった。
(引かれる、か?)
(いや、きっと好奇心に駆られて私のことを根掘り葉掘り聞いてくるに違いない)
あぁ、面倒くさいな――と少女は【退室する】というボタンをちらりと見た。
しかし、クリックすることは叶わなかった。
次の相手の言葉を見て、呆気に取られてしまったからだ。
◇◆◇◆◇◆
「じゃあさ、俺が毎日、外の様子とか教えてあげる!」
「桜が咲いたーとか、空が真っ青ーとか」
「そしたら、外にも少し興味がわくでしょ?」
◇◆◇◆◇◆
(……はぁ??)
物好きな奴、とは思えないレベルの申し出だった。
誰が好き好んでそんなメンドクサイ事をやりたがるのだろうと思った。
(いやいやいや、)
(外に出たい、とも思ってないんだけど)
(………)
でも、
コレを口実に毎日彼と言葉を交わすことが出来るのだと思うと、
その提案は彼女にとってとても魅力的なものに思えた。
◇◆◇◆◇◆
『……分かった』
『しょうがないから、毎日聞きに来てあげる』
◇◆◇◆◇◆
初の作品です。
更新は遅いですが、何卒よろしくお願い致します