お見舞い
翌日の朝に野性的騎士さんは帰ってきた。
夜間森調査の結果、混成種の痕跡は見当たらなかったみたい。
調査はひとまず切り上げねとリラさんは言っていた。
そこからは慌ただしく陣の撤収が始まった。
僕らはいくつかの荷車と一緒に一足先に騎士団本部へと帰還。
みんな自室へ戻っていく中、僕は一人治癒室に向かった。
コンコン
治癒室の個室をノックする。
「ノクスです」
「あいよー」
中からは気の抜けた返事が返ってきた。
静かにドアを開ける。
部屋の中には簡素なベッドに椅子とテーブル。
テーブルの上には誰か来ていたのか、花束と空になった食器があった。
リズさんはベッドで横になり安静にしている。
表情は穏やかだ。
いつものにやけ顔というか、余裕そうな表情はなりを潜めている。
「リズさん、こんにちは。体調はどうですか?」
「ノクスのおかげで傷はないよ。ただ、血が足りないのと、ちょっとお腹がね……」
そう言ってテーブル上のからの食器を見やる。
傷病者用にしては器も大きく、数もたくさんある気がした。
「……何かもらってきましょうか?」
「いや、空腹なわけじゃないんだよね。ただちょっと、脇腹に違和感があって…」
そう言って自身のお腹を摩るリズさん。
その位置はちょうど抉れていた部分だったと思う。
僕が到着する前に激しく動いた影響か、わたが少し飛び出ていたんだった。
治すときにとりあえず押し込んだけど、まずかったかもしれない。
「ちょっと、失礼します」
「!?ちょ、ちょっと!?ノクス!何して…!」
病衣をめくりお腹に手を当てる。
集中して音を浸透させる。
呼応するようにぎゅるぎゅると音が聞こえる。
「これ…かな?」
「ノクス、は、はずかし…い…ん…」
自分の体内と比べると内臓のくっ付いている位置がおかしかった。
僕のは背中側にくっ付いているのに、リズさんのはどこにもつかず、下の方にうなだれている。
あの時の回復魔法の影響なのは分かり切っていた。
慎重に魔法をかけて肉同士をくっつける。
「ん、ん…んう……いでででで!!」
「すみません、もう少しです」
「いだだだ!ちょ、ホントになにしてるの!?」
リズさんの爪が両肩に強く食い込むけど、気にしないで進める。
わき腹をこねながら正しい位置に固定していく。……できた。
「いぎっぎぎぎ……、痛く、なくなった…?ちょっと違和感あるけど、さっきより全然いいわ!」
「よかったです。すみません。多分あの時の回復魔法が甘かったみたいです」
「いや、いいんだよ。命を助けてもらったんだ。謝らないでくれ。むしろ今まできちんと礼を言ってなかったね」
リズさんは目の端に涙を浮かべながらこちらを見る。
「ノクス――「ギュルルルルルル!?!?」ノクス!そこの壺取って!早く!…よし!さあ出てけ!いいいと言うまでは入ってくるなよ!!?」
中身が正常に戻った影響なのかお腹から大きな音が響く。
言われるがまま蓋つきの壺を渡し部屋を出る。
が、心配になり部屋に戻ろうとすると、中から低い声で制止された。
「今入ってきたら殺すからな…?」
殺気まで飛んできたので中に入るのはやめておこう。
しばらくして中から入室を許可する声が聞こえたので入る。
窓が全開で開いている。ただ、風もないので室内にこもった臭いで何となく察した。
こっそり風の魔法で空気を外と入れ替えると、ふんわりとした風で窓掛けが揺れる。
リズさんが一瞬震え、こちらを見る。
その顔は真っ赤だった。
こっそりと使ったのに、魔法がバレてるみたいだった。
「……」
「……」
沈黙が続く。
なにか話した方がいいのかな…?
そんなことを考えていると、リズさんの方から話しかけてきた。
「ノクス」
まだ顔は赤い。
「…はい」
「命を救ってくれて、ありがとう」
「…いえ、自分もリズさんに助けられました」
「はは、でも私だけじゃない、ユリクレアも、ノエルも、テッサも。みんなノクスに救われたよ」
「…」
何だろうこのざわつきは…?
リラさんと一緒にいる時とは違った、胸の高鳴り。
口の端が勝手に上がる。
うれしい。
とても、うれしいんだ。
なんでうれしいのだろう?
わからない。
わからないけど、誰かを救うことで、僕はうれしくなるみたいだ。
「ありがとうございます…」
「…?なんでノクスがお礼を言うのさ、こっちがお礼してるってのに…ホント、変わった子だ…。リィンそっくり…」
リズさんがカラカラと笑う。
なんだかいつも通りの感じになってきた気がする。
コンコン
ノックの後に続けて覚えのある声が聞こえた。
「あのー?リズ隊長起きてますかー?」
「さすがに昨日の今日だし、まだゆっくり寝てるんじゃないかな」
「えー?でもノクス君の回復魔法ならもう治ってると思うよ?」
「ふむ。ノクスの回復魔法は私の知っている魔法とはだいぶかけ離れているからな」
「そーなんだよ!屋敷での訓練の時、片腕が燃えて無くなっちゃった時も一日で回復してたんだよ!」
「片腕…燃え…え…?」
「…あいつは鬼神の道をたどっているのか…?」
リズさんと目を合わせ、笑い合うと僕は扉を開けた。
________
日が落ち、姦しい連中も居なくなって、部屋の中に静寂が戻ってきた。
小さなテーブルの上にはぎっしりと見舞いの品が置かれている。
私はベッドの上で一人座っていた。
「今回は運が良かった…。守る側の私が守られて、助けられて、どうすんだよ…!」
やるせなかった。
魔法が使えないと言う欠陥が。
自分の無力さが。
「ホント、情けないなぁ……」
体を抱き、震える。
頬を暖かいものがつたう。
あの子らの前では見せなかった、脆い自分。
「本当ね。昔からあなたはなんでも背負うし、周りに悟らせないし、分かりづらいのよ」
体がびくりと跳ねる。
声の方を見ると、見慣れた同期の、大親友の姿があった。
「リラ…」
「体は大丈夫そうだけど、元気は無さそうね」
「…」
涙で濡れた頬を袖で拭う。
今更隠しても、仕方ないけどさ。
「今回の件は上と話し合って一週間の謹慎処分になったわ」
「謹慎…?」
軽すぎる。私はある程度の裁量権があるとは言えど、今回は越権していたと思う。
討伐は失敗に終わり、私やノクスは大怪我、部隊を多数動員させてしまった。
懲戒として、降格は確実だと思っていたのに。
「別に私が掛け合ったわけじゃないわよ?ただ、上が事を別の方向で重く見たみたいなの。詳しく聞こうとしたら、はぐらかされちゃったけどね」
「……」
さっきまでの感情と今の安堵で、私は座っていられなくなりベッドに倒れる。
天井を見上げながら、つぶやく。
「私、弱いなぁ」
力も心も。
知らずのうちに驕っていたのかな。
魔法が使えなくても、上級教導官まで成れて。
剣と盾さえあればなんでもできると信じて。
それに。
あの時も、リィンの優しさに助けられた。
今回はノクスの強さに助けられた。
私一人で何を成した?
……一人じゃ、何も、できない。
「……」
涙が出てきそう。
「リズ、あなたは弱くないわ。騎士としての実力も、心も」
「りら”、わたしは、つよ”く、な”んかな”い…」
「ならリズはどうして生きているの?」
「…どう、して…?」
それは明白だよ。ノクスに助けられたから。
リラは何が言いたいのだろう?
「ノクスは確かに特別に強いわ。おそらく本気で戦えば彼に軍配は上がるでしょうね」
「なら…!」
「でもね!それでも、間に合わなければ助けようがないわ」
「…!」
「ノクスが戦線復帰して、たどり着くまでの間、生き残れていたのはリズ自身の実力でしょ?」
「それは、そうかもしれないけど…。でも、結局助けられた。助けるべき側が、さ」
「それの何が悪いの?」
「……え?」
「リズ。あなた、本気で言ってるの?」
リラが少し怒気を滲ませてきた。
本気の怒気だ。
「あなたの剣術は何?」
「アーネスト流…」
「アーネスト流盾剣術の信念は何?」
「一が万を、万が一を守ること…!」
忘れていた。
私が自信をもっていた剣と盾。
立場が変わり、仕事が増え、守るものが増え、いつの間にか忘れていたもの。
「ふふ、泣き顔よりもそっちの顔の方がいいわよ」
「うるさいねぇ。…ははは。なんでこんな事忘れていたんだろう」
「そうね。最近色々あったものね?」
確かに、色々とあった。半年前からずっと。
「お気に入りの子が居なくなったり」
「やめて」
「ここでノクスにお腹をなでてもらったり?」
「な、なんでそれを!?」
「ふふふふ。もしそれ以上の事があったらまたおはなししないといけないわね?」
「まてまてまて!この間のおはなしはもう勘弁して!大丈夫!それ以上は無かったから!本当に!」
まずい。瞳から光が消えかけてる。
おはなしされたらまたここへ逆戻りだ。
「本当?」
「ホントホント。剣に誓って」
「…ならいいわ。ごめんね?変に疑ってしまって。今日はお見舞いに来たはずなのに…」
「いいよ。逆に元気出たわ!ありがとう!大親友!」
「どういたしまして。大親友」
変な空気が流れる。
でも。
さっきまでの弱気な私はもういなかった。
ただ、守っていこうと思う。
大事な人達を。
大事な場所を。
守られながら。




