新米騎士のおしごと 遭遇
王都周辺は、基本的に安全だ。
もちろん魔生は出るけれど、その大半は人工魔生で、増えすぎてしまったり、指示を受け付けない個体が稀に出るくらいだそう。
野生の魔生もいるにはいるが、危険度は少ない。
例えば、爪土竜。賢者命名。全長30センチ。
目が退化しており、その大きな爪で外壁の下を掘っては壁を歪ませている。
ちなみに壁が落ち込むその重さで、大体の爪土竜は圧死してしまうらしい。
後は、ニイトウルフ。賢者命名。全長1メートル。
遥か昔はグラスストーカーと言われ、街道行く人を苦しめた。
という記述があるが、僕から見て、街道の脇でおなかを見せて日向ぼっこしているウルフに、そんな印象はどうしても湧かなかった。
たまに通る旅人から干し肉の欠片をもらい、尻尾さえ振っている。
しかし、そんな平和すぎる魔生事情だからこその問題もある。
それは、他の厳しい環境から弾き出されたはぐれ魔生だ。
王都周辺の生ぬるい環境とは違い、厳しい生存競争で敗れ逃げてきた魔生は、恐ろしい上に種類も多岐に渡る。
また、単独ならまだしも、群れ単位ではぐれた場合は更に大ごとだという。
まだ遭遇したことないからわからないけど
群れていないはぐれ小型種は巡回衛兵や、たまたま通る冒険者が討伐するが、稀に来る中型種、大型種、群れは実力のある騎士が対応する。
そういう決まりだそうだ。
つまり、新米騎士にまで討伐任務が回ることはない。
――本来なら。
「今日は昨日言った魔生討伐だよ」
朝の門前。
装備を整えながら、リズさんが珍しく真面目な顔をしていた。
「みんな、魔生の討伐経験はあるよね?」
一様にうなずく。
巡回は王都内だけでなく街道もしたから、その時の経験がある。
「今回の魔生討伐は、ホントはリラが受けていた任務なんだけど、昨日の訓練場の件と前々から溜まってた仕事で、どうしても抜けられないらしくてねぇ」
何故かユリクレアさんと僕を交互に見るリズさん。
僕もつられてユリクレアさんを見てしまう。
お風呂のお湯を蒸発させた時のテッサと同じ表情をしてる。
そして、こちらの視線に気づくとすごく睨んでくる。
思わず首をかしげる。
「はぁ、まあいいや。そんなわけで混成種の討伐に行くよ」
混成種。
聞いたことがある。
いつかリラさんが鎧ボロボロの状態で帰ってきたときに言ってた気がする。
めんどくさかった。と、言っていた。
「混成種…ですか?聞いたことないですね…。ヴァルグレイ様はいかがでしょう?」
「いや、私も実家でそれなりの魔生討伐はしてきたが、そんな種類の魔生は初耳だな」
「私もないなぁ。隊長、突然変異とかですか?」
みんなは初めて聞くみたいだ。
「うーん、それがねぇ、突然変異にしちゃここ半年で3体の討伐。今回の合わせれば4体ってことになるんだよね。だから新種として、混成種と呼称することになったんだよね」
「その、混成というからには何かが混じってるのでしょうか?」
「その通り。この辺では見ない魔生複数に、無機物的な装置みたいなのが、こう、くっ付いているというか、なんか、あれよ、気持ち悪い感じに取り込まれてるのよ」
リズさんは実際に見たことがあるのかうげぇと言いながら話してくれる。
「書院の連中とか、術学舎の連中にも素材回してるんだけどねぇ…。この半年成果はほぼ無し。一応肉塊の方からは、融合した魔生の種類なんかは分かったらしいんだけど、肝心の発生原因がねぇ…」
「……人為的なもの、でしょうか?」
「その線も追ってるけど、この国最上の知識人を名乗る連中がわからんって言ってるんだ、そんな技術があるなら、国は最初からそいつを取り込んでるだろうねぇ」
「……他国の可能性もあるか?最近私の領地でも不穏な噂が流れている」
「無くはないね。帝国側でも大きな問題が起きてるって話だしねぇ」
「では帝国主導の線は逆に薄いのでは?帝国は―――」
話が難しくなってきた。
テッサは隣で目を回してる。
「隊長、そろそろ行きませんか?混成種を捜索しなくてはいけないでしょう、時間は有限です」
「―――っと、そうだね。すまない、話の脇道に行ってしまったね。さて、改めてこれからの行動を説明する―――」
その後、作戦をしっかりと確認し、僕たちは北へ向かい歩き出した。
街道脇では、ニイトウルフが気持ちよさそうに眠っていた。
報告地は北門からそこそこ離れた林道付近だった。森林の管理者が数日前の早朝にまばゆい光を目撃したという地点。
目標地点へ到着した時、森は異様なほど静かだった。
風はなく、木々の騒めきも、鳥の声さえ聞こえない。
太陽がそろそろ直上に来るかという頃。
「……なんか暗いね」
テッサの言う通り、間伐されていて日光が入るはずなのに、なぜだか薄暗く感じる。
ユリクレアさんは既に抜剣していた。
エルも剣に手を置いて周囲を警戒している。
僕もできる限り警戒して、念のため自分に魔法をかけておく。
しばらく奥に進むと。
「止まれ」
リズさんが低い声で静止し、鼻を鳴らす。
「臭う。近いよ」
言われて周囲を注視する。
微かに、音が聞こえた。
それとほぼ時間差なく、森には似つかわしくない、甲高い音が聞こえ始める。
視界の端、木々の最奥で、影が蠢く。
そして、眩い光が発せられる。
……あれはダメだ。
初めてジークさんと本気の模擬戦した時と同じ感覚。
動かないと。
ジュウッ
…?
胸が、熱い。
声が、出ない。
息が、できない。
音が、遠く感じる。
耳元、心臓がうるさい。
「な…ひゅ…こぇは…かひゅ」
後ろ、で、誰かの、悲、鳴が、聞こえ、る。
くら、い。
甲高い不快になるような音が聞こえた。
木々の奥の奥で、何かが光った。
最初、それが何なのか分からなかったが、ノクスが私を押した瞬間に攻撃だと察した。
光りが収まれば、ノクスの背中に穴が開いていた。
右の肩甲骨あたりに拳大の穴。
すべて、一瞬だった。
カーヴェル隊長が盾を構えながらノクスを支える。
「っ!?」
すぐに
無詠唱で足に単純な風を纏いながら。戦闘態勢に移り、声を張り上げる。
「敵襲!敵襲!数不明!距離200以上!」
「各個散開!離脱!クレアはノクスを拾え!殿は私だっ!!」
カーヴェル隊長がノクスを投げてくるが、何とか受け留め走る。
意識は無い様だが、幸いな事に傷口はきれいに炭化している為、出血は無い。
しかし、鎧は完全に溶け切って、傷口に癒着しているようにも見える。
予断はしない。最速で城門を目指さなければならない。
「…お前は死なせない。【風よ、我に従え。相反の双子よ、激突し、擦れ、留め、穿ち、暴れろ】この身はお前を受け入れよう」
詠唱を終えると、急激に体が熱くなり、バチッバチッと光り出す。
昨日使ったばかりの魔法。
本当は秘伝のはずなのにノクスの口車に乗せられまんまと使ってしまった。
だが、今回は自分の意志で、ノクスを救う為に、使おう。
音の壁を貫き、私は駆ける。
一筋の光となって。




