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第3話 軍師、報われず

 翌朝、パーティに最初の依頼が来た。


 村の北、半日ほど歩いた森の中に、ゴブリンの群れが巣を作っているらしい。数は10〜15。村の農地を荒らし、夜間に家畜を襲っている。


 討伐の依頼書を見ながら、アルベルトが「よし、行くか」と言った。朝食の途中だった。パンを口に咥えたまま立ち上がろうとしている。


 恩を売るチャンス到来!よし、このバカを抱き込むぞ。


「少し待ってください」

「ん?」

「考えなしに行って勝てるんですか?」

「ゴブリン程度なら力押しで勝てるよ」


 そう言えばこいつ勇者だったな。

「数が15なら誰かは怪我するでしょ」


 アルベルトが黙った。


 セリアがそう言うってことは本当なんだろうな。脳筋バカじゃん。…とういうか、勇者パーティがゴブリン15体に怪我をするって大丈夫なのか?


「でしたら、斥候がいると思います。」

「斥候?」


 アルベルトは斥候もわからないのか。Web小説張り付きおじさんの方が知識があるってやばいだろ。


「見張りのことです」


 カインが俺を見た。


「お前、戦闘経験は」

「ないです」

「では何を根拠に」

「ゴブリンについての話を昨日の夜に宿の主人から聞きました。夜行性で、昼は巣に戻る。巣は必ず一つの出入り口に集中する。群れの中に必ず先行する陽動がいる——と言っていました」


 カインは少し黙った。


「……なるほど、だから、斥候がいるということか。よく聞いていたな」

「暇だったので」


 出発前に一時間かけて作戦を立てた。主にカインと俺で話し、アルベルトが頷き、エマが同意し、セリアが渋々認める、という構図で進んだ。


 作戦の骨子はこうだ。


 まず俺とエマが先行して巣の周囲を偵察する。エマは弓があるから遠距離対応ができる。俺は戦力にならないが、観察はできる。巣の出入り口と斥候の位置を確認したら、エマが音を使って群れを一方向に誘導す

る。その誘導路の途中に、俺が簡易トラップを仕掛ける。引っかかった相手をカインが処理し、残った群れをアルベルトが正面から受ける。セリアは後方から補助魔法と回復待機。


「簡易トラップって、お前が一人で作れるのか」


 途中カインにそう聞かれた。


「縄と枝があれば。複雑なものじゃないです。ただ、足元を見ていない相手には効きます」

「ゴブリンは走るときは前しか見てない。前に敵がいれば突進してくる」


 そんな相手に無傷では勝てないってどういうことだよ。……まあ、戦力外の俺が言うことでもないけど。


「では有効です」

「レンは戦闘参加しなくていいのか」

「俺ができることは別にあります」

「なんだ」

「補助です。魔力は今のところ使えませんが——実は昨日から少し試していて、魔力を体の外に出す感覚だけは掴めてきています。セリアさんに教えてもらえれば、簡単な補助くらいはできるかもしれない」

「昨日今日で?」

「感覚だけです。使えるかどうかは分かりません」


 こう言っとけば教えてもらえるだろ。口からでまかせはニートの特技だからな。


「……一応、基礎的な強化補助の術式を教えるわ。失敗しても知らないけれど」

「ありがとうございます」


 うまくいかなかった。


 森に入ってからは、ほぼ計画通りに進んだ。


 偵察で分かったこと——巣の出入り口は一か所、陽動が二体、昼間は群れの大半が巣の内部で休んでいる。


「村人の報告どおりだね〜」

「ああ」


 俺は偵察の合間を縫って、誘導路に縄を張った。地面すれすれの高さで、草に隠れるように。木の根に縛り付けて、踏んでも分からないように枯れ葉を被せた。三か所。一か所目で転んだ相手が、二か所目でもつれる。そういう設計だ。


「器用だな」

「ヒモの結び方はYou——前に習いました」

「なにか言いかけてなかったか?」

「気にしないでください」


 カイルは警戒しないとな。こいつが頭脳担当だったぽいし。


 エマが遠距離から矢を一本、巣の横の木に当てた。音だけを立てる狙い撃ちだ。ゴブリンたちがざわめいて、一斉に出口から飛び出してきた。予想より少し多い。十七体。


「多いな」

「罠は三か所あります。最初の波は止まります」


 実際、最初に飛び出した六体が縄に引っかかってもつれた。カインが静かに処理する。次の波をアルベルトが正面で受けた。大剣が光る。元気だ。楽しそうですらある。


 戦闘は十分で終わった。怪我人はゼロ。想定の半分以下の時間だった。


 問題はその後だった。


 村に戻ると、村人たちが広場に集まっていた。依頼の完了を待っていたらしい。アルベルトが前に出た。


 ここまでは良かった。


「今回の討伐、俺が単独で二十体以上を——」


「十七体です」


「十七体を倒しました! 群れは全滅です。村はもう安全です!」


 村人たちが沸いた。歓声。拍手。誰かが「勇者様!」と叫んだ。


 セリアが俺の隣に来た。そして、澄んだ声で言った。


「みなさん、本日の英雄をご紹介しますわね」


 なんだこれ。どのWeb小説にもこんなのなかったぞ。


「アルベルト様が先陣を切り、カイン様が確実に仕留め、エマ様が見事な誘導射撃を。セリア——わたくしが全員を守り抜きました」


 俺への言及はなかった。完全に、なかった。


「……」


 エマだけが俺をちらりと見て、申し訳なさそうに肩をすくめた。


 村長がと深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。報酬は後ほど……」


「あの」


 勇者パーティの全員が振り返った。


「罠を仕掛けたのは俺ですが」


 沈黙。


 アルベルトが「ああ、そうだな! レンも頑張ってた!」と元気よく言った。頑張ってた、という表現が気になったが、指摘する気力がなかった。


 村人の一人が、誰だ?という顔をしていた。。


「……なんでもないです」


 報酬は等分だった…俺の分以外は。


 俺の分は「見習い枠なので半人前」という理由でセリアが計算して、他の四分の一になった。


「おかしくないですか」

「スキルも武器もない見習いが正規の取り分をもらうのは違和感があるわ」とセリアが答えた。

「作戦を立てたのは俺ですが」

「作戦はカインも関わっていたでしょう」

「罠を仕掛けたのは」

「実績は積み重ねで評価するものよ。一回で正規扱いにはならない」


 反論は正直いくらでもあったが、俺は黙った。今ここで揉めるのは得策ではない。貯金が必要なのは事実だ。今は我慢する。


 ただ、この日から俺は一つのことを決めた。


 自分の価値は、自分で証明するしかない。


 誰かに認めてもらうのを待つのではなく。


 翌日、パーティは王都へ向かう道を歩いていた。


 勇者の旅は基本的に王都を経由するらしい。王国からの正式な討伐令状を受け取り、次の任務に向かう。それがこの国のシステムだ。


 街道は整備されていて、歩きやすい。天気も悪くない。アルベルトが鼻歌を歌っている。エマがそれに合わせて指を鳴らしている。カインは黙って歩いている。セリアは俺の少し前を、俺とは一定の距離を保ちながら歩いている。


 俺は昨日のことを頭の中で整理していた。


 補助魔法の感覚は掴んだ。次はもう少し安定させたい。魔力を外に出す、形を持たせる、対象に乗せる。その三段階だ。今は一段階目も到達していない感じだ。


 罠の構造ももっと改善できる。縄だけではなく、地形を利用した誘導、視線の遮蔽、音の操作——考えることは多い。


 カインが横に並んできた。


「期待している」


 それだけ言って、カインは前に戻った。


 不愛想だが、言葉は本物だと思った。


「王都着いたらうまいもの食うぞ!」


 前方でアルベルトが叫んでいた。


「おごりで!」

「はしたない」


 そして無言を貫く者が約2名。


 王都まで、あと五日。


 そこで何かが待っているとは別に思っていなかった。ただ、次の任務をこなして、実績を積んで、少しずつ立場を作っていくつもりだった。


 その計画が、王都に着いた途端に、盛大に崩れることになるとは、この時点の俺にはまだ知る由もなかった。

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