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第2話 勇者パーティとかいう連中

 村は、思ったより普通だった。


 木の柵で囲まれた小さな集落。農地、井戸、鶏、干し草の匂い。住民は五十人もいないだろう。石造りの建物が数軒あって、あとは木と泥でできた家が肩を寄せ合っている。中世ヨーロッパ風、という表現が一番近い。そのまんまWeb小説の「最初の村」だ。


 村に入ろうとしたら入り口で門番のおじさんに止められた。当然だ。


「どこから来た」

「山の方から」

「山に集落はないが」

「遭難してました」

「……入れ」


 顔が正直すぎるくらい「こいつ怪しいな」と語っていたが、追い返すほどでもないと判断したらしい。助かった。


 村に入って最初にやることといったら情報収集だ。市場とか広場とか、人が集まる場所で立ち聞きする。どうやら日本語は通じるらしい。死神の「現代の知識はそのまま」はこういう意味もあったのか?


 立ち聞きで分かったこと。ここはエルフィン村、王国の辺境に位置する農村。最近近くの森で魔物が増えていて、村人が怪我をする事故が続いている。通貨はリルという単位。宿代は一泊三リル。俺の所持金はゼロリル。


 前途多難だ。


 俺は昼過ぎにそいつらを見た。


 遠くからでも分かった。というか、分からないはずがない。


 鎧が、陽光を反射して、ギラッと光ったのだ。村の外れの農道に、明らかに場違いな一団が止まってい

た。四人。全員旅装だが、その「旅装」が俺の想像する旅装と根本的に違う。


 先頭の男は背が高く、金髪で、肩に大剣を担いでいた。鎧は銀色でピカピカだ。光の加減によっては後光が差して見える。


 あれが勇者か、と俺は直感で理解した。Web小説を三千話以上読んだ経験は伊達じゃない。


 その隣に白いローブの女。金髪で、胸元に光の紋章がある。表情が涼しい。聖女だ。


 後ろに、黒髪で細身の男。剣を腰に差し、腕を組んで周囲を観察している。剣士か。


 さらにその後ろ、木に背を預けて欠伸をしているのが、ショートヘアの女だ。背中に弓を背負っている。

弓使いか。


 ——全員、Web小説から抜け出てきたみたいだ。


 そして彼らの前に、村人が一人倒れていた。


 怪我人だ。足を引きずって座り込んでいる。勇者たちは……何をしているんだ? 遠巻きに囲んでいるだけで、誰も手当てをしていない。


「傷の処置はどうされましたか」

「まだです、聖女様のお力をお貸しいただければ——」

「回復魔法の行使には、相応の準備と集中が必要ですわ。少しお待ちなさい」


 準備? 集中?


 俺は二秒考えて、前に出た。


「ちょっといいですか」


 声をかけると、四人の視線が俺に集中した。


 勇者が眉を上げた。


「君は?」

「通りすがりです。その人、足をやられてますよね。見せてもらっていいですか」


 聖女がわずかに顔をしかめた。


「あなたは何者? 傷の手当てができるの?」

「できるかどうかは見てみないと分かりません。でも、今すぐ処置しないと化膿しますよ」


 これは本当のことだ。怪我人の足首あたりを遠目で見る限り、傷口が開いていて、泥がついている。放置は論外だ。


「……好きにしなさい。どうせすぐ回復魔法をかけますから」


 俺は怪我人の隣にしゃがんだ。


「痛みますか」

「……はい」


 三十代くらいだろうか。親近感がわくな。


 周囲を見回す。道の脇に草が生えている。俺はしゃがんだまま、草むらを手で分けた。——あった。


「少し待ってください」


 草の葉を数枚摘む。手で揉んで、汁を出す。


「何をしているの」

「止血と、消毒です」

「……しょうどく?」


 聖女が首を傾げた。


「傷に菌——悪いものが入らないようにすることです」

「……葉っぱで?」

「オオバコです。傷に効きます」


 聖女はオオバコと聞き首を傾げている。


 オオバコ——あるいはこの世界のそれに似た植物は民間療法で昔から傷薬として使われていた。成分にアウクビンとか抗炎症作用のある物質が含まれている、というのを調べた覚えがある。どうでもいい雑学動画を一本作るために、調べたことが役に立つとわな。


 揉んだ葉を傷口に当てて、スウェットの袖口をちぎって包帯代わりにした。ちょっと痛かったが、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「これで少しはましになります。ただ、根本的な処置は必要ですよ」


 勇者たちを見上げると、四人が微妙な顔をしていた。驚き、というより、変質者を見ている顔だ。


 その後、聖女が回復魔法をかけた。光がふわっと広がって、村人の傷が塞がっていった。綺麗なものだ。これが魔法か、と俺は素直に感心した。


 村人は「ありがとうございます!」と泣きそうな顔でお礼を言い、勇者たちに向かって頭を下げ、それから俺にも頭を下げて、「あなたはどちら様ですか」と聞いてきた。


「通りすがりの者です」

「よろしければ村にお寄りください。ご恩返しに食事くらいは……」

「お言葉に甘えます」


 俺はすかさず答えた。所持金ゼロなので、食事は最優先課題だ。


 村の宿屋——というか、宿屋を兼ねた食堂に入ると、勇者一行も同じ建物に入ってきた。どうやら彼らも宿を取るつもりらしい。


 テーブルが向かい合った。向こうが四人、こちらが一人。


 勇者が話しかけてきた。


「さっきはありがとう。俺はアルベルト。一応、勇者ってやつをやってる」


 整った顔立ち、金髪、真っ直ぐな目。熱量が顔から出ている。善人そうだ。俺が一番苦手なタイプだ。


「廉です」

「どこから来たの、レン」

「遠くから」

「旅人か。武器は?」

「ないです」

「スキルは?」

「ないです」


 アルベルトが少し困った顔をした。


 白いローブの聖女が、こちらを流し見る。


「スキルなし、武器なし……ただの一般人じゃないの」

「セリア」

「事実を言っただけよ」


 この聖女はセリアと言うらしい。声は涼しく、表情も涼しい。悪意はないが配慮もない。そういうタイプか。


 黒髪の剣士が「俺はカイン」と静かに名乗った。


 カインはそれ以上口を開かなかった。観察している、という感じがした。悪い人間ではなさそうだ。


 最後に、欠伸を噛み殺しながら弓使いの女が手を上げた。ショートヘアで、目が細い。


「エマ。弓使い。よろしく〜レンくん」

「よろしく」

「スキルなしで旅してるって、かなりヤバくない? お金は?」

「ないです」

「宿代は?」

「……これから考えます」

「ぷっ。なにそれ、最高じゃん」


 夕食をごちそうになった。


 スープとパン。味は悪くない。十数年ぶりにまともな食事をした気がして、俺は少しだけ人心地ついた。


 食事中、アルベルトが村の宿屋の主人から話を聞いていた。


 内容をまとめると、近くの森に魔物が増えている、村人が何人か怪我をした、討伐を依頼しようにも冒険者がなかなか来ない、勇者一行が通りかかったので頼んだ、ということらしい。


 夜に森へ向かうつもりだとアルベルトが言った。


 俺には関係ない話だ、と思っていたところに、宿屋の主人が言った。


「そういえば——旅のお方、せっかくですから魔力鑑定を受けていかれませんか」

「魔力鑑定?」

「この村に一人、鑑定士がおりまして。たいした設備ではありませんが、魔力の有無と属性くらいは分かります。スキルを持たない方でも、魔力適性があれば冒険者として身を立てられますし……」


 ◯ンター×◯ンターでいう水見式ってことか。


 俺は少し考えた。潜在適性があると死神は言っていた。どんな形で現れるかは知らないが、確認しておいて損はない。


「受けます」


 鑑定士は村の端の小屋に住んでいた。老人で、腰が曲がっていて、眼鏡の奥の目が妙に鋭い。名前をゴルトといった。


 小屋の中央に、拳大の水晶球が台座の上に置かれていた。


「手を添えてください。魔力があれば光ります。なければ光りません。それだけです」


 シンプルだな。


 俺は水晶球に両手を添えた。


 三秒、何も起きなかった。


 四秒目に、水晶球の内部で、何かが動いた。


 光、というより……揺らぎ、と表現した方が正確だ。明確に輝くわけではなく、球の中心で六色の何かがぐるりと一周して、すっと消えた。


 ゴルトが眼鏡を押し上げた。


 沈黙が続いた。


「何か出ましたか」

「……微かな兆候があった、という程度です。潜在適性、かもしれません。断言はできませんが」


 ゴルトはそれ以上言わなかった。


 ただ、俺が出ていくとき、その背中に向かって一言だけ付け加えた。


「その兆候を見たのは、三十年の鑑定士生活で二度目です」


 俺は振り返らなかった。「そうですか」とだけ言って、小屋を出た。


 外でアルベルトたちが待っていた。


「どうだった?」

「特になし」


 まあ、こいつらに伝えなくてもいいだろ。


 夜、食堂のテーブルで、アルベルトが俺に話しかけてきた。


「レン、うちのパーティに来ないか」


 俺はスープの残りを飲みながら、一秒で答えた。


「どのくらいの待遇ですか」

「食事と宿はパーティ持ち。報酬は成果次第でちゃんと出す」

「スキルも武器も持ってない人間を拾う理由は」

「さっきの処置を見てた。知識がある人間は強い。それに——俺たちにないものを持ってる気がする」

「私は賛成はしていないけれど、アルベルトが決めることなら止めないわ」

「悪くない」

「さんせー! レンくん面白そうだし」


 俺はもう一秒考えた。


 選択肢はそれほど多くない。所持金ゼロ、スキルなし、知り合いなし。この状況で単独行動を続けるのは、戦略的に筋が悪い。情報収集にも、生活の基盤にも、パーティに属している方が明らかに有利だ。


「分かりました。ただし条件があります」

「条件?」

「戦闘は基本的に参加しません。荷物の管理や情報の整理、怪我人の手当てを担当します。前線には出ない」

「……でも魔物の討伐とかは」

「スキルも武器も持っていない人間が前線に立っても邪魔なだけです。俺が役に立てる場所を使ってください」

「……それでもいい」


 たぶんこいつは熱血バカだな。


 こうして俺は、所持金ゼロのまま勇者パーティに加入した。

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