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第1話 追放されたから異世界転生したときから思い出して原因を探す

「お前ここから出ていけ」

「…へ?」

「国外追放じゃ」


 俺の目の前の玉座にふんぞりがえっている王様がそういった。


 俺、何かやらかしたか?ここに来てから1週間真面目に動いていたはずだが…。勇者パーティーでも活躍していたはずなのに。


 ちらっと顔を上げてみた。王様の目はいたって真剣だ。


 う〜ん、よし!これまでのことを振り返って原因を見つけ、大人の土下座で許してもらおう。


 そうと決まれば回想タ〜イム…




——1週間前——




 人生というのは、本当に理不尽なものだ。


 俺——蒼井(あおい)(れん)、三十八歳、職業・無職(ニート)はその事実を骨の髄まで理解していた。理解した上で、特に何もしなかった。それが問題の全てと言えば全てだった。


 経歴を書くと長ったらしくなって面白くないので手短にまとめる。高校卒業、専門学校中退、バイト転々、ある日「働くのが馬鹿馬鹿しくなった」と判断してアパートに引きこもる。以来約十年、俺の生活はYouTubeと異世界小説とカップ麺の三本柱で成立していた。


 一応、YouTubeチャンネルだけは持っていた。チャンネル名は『廉チャンネル』。センスのかけらもない名前だが、俺は気にしていなかった。


 登録者数は最盛期で四千九百八十二人。一度だけ五千人の大台が見えた瞬間があったが、その直後に動画の一本が「話が長すぎて退屈」というコメントで炎上!?し、三百人が解除した。


 俺は泣いた。


 貯金はすでにない。家賃は二か月滞納中。冷蔵庫の中身は賞味期限が七か月前に切れたマヨネーズと、貰いもののフルーツゼリーが一個だけ。フルーツゼリーは「なんかもったいない」という謎の感情で食べられずにいた。


 その夜も俺は布団の上でスマホを握っていた。


 読んでいたのは『勇者パーティから追放された俺が、実は最強魔法使いだった件』というタイトルのWeb小説だ。評価は星三・二。描写は荒削り。主人公は無駄にモテる。序盤の文章は誤字が多い。


 それでも俺は最新話まで読み切っていた。


 小説の中では今まさに、クライマックスを迎えていた。主人公が魔王城に乗り込み、玉座に座る魔王と対峙する場面だ。


 魔王は高笑いしている。主人公は覚醒している。光の柱が立ち上り、大地が揺れ、世界の運命が決まろうとしていた。


 コメント欄は「かっけえ!!!」「チートすぎ草」「俺もこんな異世界行きたい」の三種類しか存在しなかった。


「もし俺が異世界行ったら、人生逆転させて魔王なんてぶっ倒してやるわ 笑)」


 誰に向けるわけでもなく呟いた。深夜二時、最寄りのコンビニまで徒歩三分のアパートの一室、布団の上のニートの独り言だ。重みは一グラムもない。


 次の瞬間、胸に鋭い痛みが走った。


「——ッ」


 スマホが手から落ちた。画面が割れた。


 一万二千円で買った2年間の相棒が…


 胸を押さえながら布団に倒れ込む。呼吸が浅い。腕が動かない。天井のシミが妙にくっきり見えた。家賃を払っていない部屋の、染みだらけの天井。これが最後に見る景色か、と俺は思った。


 よく「死の間際に走馬灯そうまとうが見える」という話がある。人生の名場面がフラッシュバックし、その人の生きた証が輝く、というやつだ。


 俺にも、見えた。


 最初に浮かんだのは小学校の運動会。徒競走で転んで泥だらけになる場面。なぜよりによってこれ、と俺は思った。


 次は中学校の文化祭。告白しようとした女子の名前を、緊張のあまり本人の前で「田中さん……じゃなくて、えっと……田中さん」と二回同じ名前で呼んでしまった場面。名前が分からなくなっていたのだ。


 高校の卒業式。壇上で転んだ。さっき見た(デジャヴ)


 専門学校時代に作ったプログラムが、提出当日に原因不明のバグを起こして白紙になった場面。


 バイト先のコンビニで、クレーマーのおじさんに三十分間、肉まんの温度について説教された場面。


 チャンネル登録者数が四千九百八十二人に達した深夜、一人で「よっしゃ!」とガッツポーズをした場面。


 その三日後、三百人に解除されて布団に潜り込んだ場面。


 フルーツゼリーを冷蔵庫に入れたまま食べないでいた、今日の自分の場面。


——以上だった。


 輝かしい人生の走馬灯が、全部その程度だった。転んで、空回りして、クレームを受けて、少し喜んで、また沈んで。それが三十八年間の全記録だ。


「……俺の人生、笑えるな」


 薄れゆく意識の中で、俺は心の底からそう思った。怒りでも悲しみでもなく、本当に純粋な感想として。


 そして意識は、静かに途絶えた。


「じゃあ本気でやってみろよ!」


 声がした。


 目を開けると、何もない白い空間だった。上も下も分からない。ただ白い。


 そして目の前に、黒いローブを着た人影が立っていた。フードを目深に被り、輪郭がなんとなくぼやけている。性別も年齢も分からない。


「死神か」

「正解。一発で分かるんだな、みんな」

「ローブと雰囲気でだいたい分かる。それより今の『本気でやってみろ』ってどういう意味だ」


 死神はフードの奥で少し笑ったような気がした。


「お前が死ぬ直前に言っただろ。『魔王なんてぶっ倒してやるわ』って。神様が珍しく気まぐれを起こしてな。異世界転生の権利をくれた」

「……笑)ってつけたんだが」

「神様にジョークは通じない」


 俺は三秒間、沈黙した。


「一個聞いていいか。俺の走馬灯、見たか」

「見た」

「感想は」

「……しょうもないな」

「ありがとう、傷に塩を塗ってくれて」


 ため息をついてから、気を取り直した。


「分かった。異世界転生、受けよう。どうせ現世に帰っても家賃を払うだけだし」

「お前の場合は払えないけどな」

「余計なことを言うな」


 死神が軽く手を振ると、空間が眩しい光に満ちていった。重力が消えたような、体がほどけていくような、不思議な心地よさが全身を包む。


 ああ、気持ちいいな——と俺は思った。


 意識が遠のいていく。


 次に目が覚めたとき、俺は石造りの椅子に座っていた。


 窓の外は炎の海だ。どこかで何かが唸っている。壁に「魂の滞納は厳禁」と貼り紙がある。どこからどう見ても地獄だった。


 さっきの死神が、机の向こうに座っていた。書類の山に囲まれ、目の下にクマがある。書類を束ねたバインダーには「本日の転生処理 残り四十七件」と書かれていた。


「転生のルートが地獄経由なのか」

「事務手続きの関係でな。気にするな。で、本題だが——」

「チートスキルの話をしよう。鑑定(スキャン)無限収納(アイテムボックス)全属性魔法適性(フルマスター)、あと現地語自動翻訳(オートトランスレート)。この四つを希望する」


 俺は畳みかけた。下調べ完了、とばかりに。


 死神は書類をペラペラとめくりながら、三秒間ほど沈黙した。


「ないよ」

「……は?」

「スキル付与、なし。神様の気まぐれ転生プランは最低限パッケージでな。スキル無し、初期装備無し、現地調達。以上」

「ちょっと待て。話が違う。異世界転生ってそういうもんじゃないだろ」

「神様の気まぐれだって言っただろ。あの人、気まぐれでやったことにそこまでコストかけないんだよ。お前の願いを叶えてあげた、という事実が大事で、内容は二の次なんだよ」

「それは願いを叶えてると言わないだろ」

「神様案件にクレームを入れる窓口はないので」


 机の上を拳でドン、とやりたかったが、この状況で死神に喧嘩を売るのは得策ではないと判断して自制した。…三十八年間で一番賢い判断かもしれないな。


「何もなしで異世界を生きないといけないのかよ」

「そういうわけではない。全属性の潜在適性が一応ついてる。今は使えないが、正しく努力すればいつか開花する……かもしれない」

「かもしれない、か」

「まあ、現代の知識はそのまま持っていける。あと体は若返って十七歳になる。それで勘弁してくれ」


 俺は長い沈黙の後、静かに言った。


「分かった」

「意外と素直だな」

「切り替えが早いのが俺の数少ない長所なんだよ。だが、一個だけ言っていいたいことがある」

「どうぞ」

「いつか必ず神様に文句を言いに来る。そのとき案内してくれ」


 死神は、フードの奥で確かに笑った。


「……先約として覚えておくよ」




 まず、土の匂いがした。


 それから鳥の声、風の音、遠くで鶏が鳴いている音。そして全身が微妙に痛い。草の上に倒れていたらしい。


 ゆっくりと体を起こした。見上げると、抜けるように青い空があった。太陽の色はわずかに金色が濃い。雲の形は、現代の地球のものと変わらない。


 自分の手を見る。細くて綺麗だ。関節がきちんとしている。三十八歳のニートの手ではなく、十七歳の少年の手だ。確かに若返っている。


「……スキルなし、装備なし、十七歳、草原スタート」


 状況を口に出して確認する。我ながら笑えるスタートラインだ。ちなみに財布もない。服は転生前に着ていたヨレたスウェットのままだ。このスウェット、ファンタジー世界で完全に浮くだろうな、と俺は思った。


 そのとき俺は気づいた。


 体の内側に、何かがある。骨の奥に、言葉にできない感覚。広大な湖が水面下に静かに沈んでいるような、地の底で火山が眠っているような。スキルではない、もっと根源的な何か。


「……これが魔力か」


 全属性の潜在適性。今は使えない。でも確かにある。


 少し歩くと、近くに村が見えた。木造の家が十数軒、井戸と畑、煙突から煙が上がっている。いかにも

「最初の村」という風体だ。


 何気なくポケットに手を突っ込んだら、スマホが入っていた。画面は割れていた。当然電波はない。完全に無意味だ。だが、なんとなく捨てられなかった。


「まず情報収集。村で現地語が通じるか確認して、金の作り方を考えて、食料を確保して——」


 独り言を言いながら歩き始める。魔王は、まだ遠い、笑えるほど先の話だ。チートスキルもない。装備もない。頼れるのは三十八年分の知識と、人生で磨かれた切り替えの早さだけだ。


「やってやるよ…」


 誰に聞かせるわけでもなく呟いた。風が草を揺らして、返事の代わりのように吹き抜けた。


 走馬灯に映せるものが、何一つない人生だった。


 ならば今度こそ、映せるものを作ればいい。


 俺は異世界で人生を逆転させるために歩き出した——

これからこの小説を毎週土曜日17:00に投稿します。これからも読んでいってくれると嬉しいです。

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