<三話>
――二年三組
二年三組の教室は、廊下の突き当たりにあった。
扉の前に立っただけで、空気が変わる。重く、冷たい。
「……ここだね」
観月が小さく言う。 黒板の横に貼られた掲示物は剥がれかけ、
教室の中からは物音ひとつしない。
俺は、ドアノブに手をかけた。鍵は、かかっていない。
「密室、なのに?」
観月が眉をひそめる。 ゆっくりと扉を開く。
教室の中は、整然としていた。
机も椅子も倒れていない。争った形跡は、ない。
そして――
教卓の横に、一人の生徒が倒れていた。
「……っ」
観月が息を呑む。
死体だ。それはもう、疑いようがなかった。
だが、違和感はそれだけじゃない。教室の隅。
窓際の席に――人が座っている。
「……誰?」
観月の声に、少女はゆっくりと顔を上げた。
黒髪。制服は乱れていない。
驚いた様子も、取り乱した様子もない。
まるで、
最初からそこにいたみたいに。
「……あ」
少女は、俺たちを見るなり小さく声を漏らした。
「来たんだ」
その言い方に、胸がざわつく。
「……君は?」
観月が一歩前に出る。
少女は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「未堂しおり。二年です」
それだけ。名乗り方も、声の調子も、普通なのに――
心臓が、嫌な音を立てる。知らない。でも、知っている。
「一人で、ここに?」
観月が尋ねる。
「はい」
未堂は、死体の方を一瞥した。
「気づいたら、こうなってました」
気づいたら。その言葉が、引っかかる。
「鍵は?」
俺が聞くと、未堂は首を傾げた。
「最初から、閉まってましたよ」
「……でも、今は?」
「内側から」
彼女は、当たり前のように言った。
「ほら」
教室の扉の内側。確かに、簡易的な鍵がかかっている。
観月が小さく舌打ちする。
「じゃあ、どうやって?」
「分かりません」
未堂は、即答した。迷いも、嘘をつく素振りもない。
「私は、ずっとここにいましたから」
胸の奥が、冷える。
「……ずっと?」
思わず、俺は聞き返していた。
未堂は、一瞬だけ考えるような間を置いてから答える。
「事件が起きてから、です」
その言葉に、観月がぴくりと反応した。
「起きてから?」
「はい」
まるで、事件が起きる前を知っているみたいな言い方。
未堂は、俺を見る。視線が合った瞬間、
頭の奥で、何かが軋んだ。
「……あれ?」
未堂が、わずかに首を傾げる。
「もう、そこは調べました?」
その一言で、空気が凍りついた。
「……どこを?」
観月が警戒した声で聞く。
未堂は、教卓の下を指さす。
「鍵、落ちてますよ」
……なぜ、知っている?
俺は、言葉を失ったまま教卓に近づく。確かに、
小さな鍵が転がっていた。
観月が、俺を見る。
「……初見、だよね?」
答えられない。未堂は、静かに言った。
「順番、間違えると」
「?」
「ちゃんと辿り着けませんから」
その言葉の意味を、俺はまだ理解できない。
だが、確信だけがあった。
この少女は――
事件の外側にいない。そして多分、俺よりも、この事件に近い。
教室の外で、足音が響いた。教師か。それとも――。
「……ここ、長くはいられません」
未堂が言う。その声は、忠告のようで、命令にも聞こえた。
俺たちは、再び選択を迫られる。 この少女を、信じるか。
疑うか。
それとも―― 記録の一部として扱うか。




