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<prologue>

 ――Closed Log


 目を覚ました瞬間、胸の奥がひどくざわついた。


 理由は分からない。

 ただ、何かがもう終わっている気がした。


 教室だった。


 机と椅子が整然と並び、黒板には何も書かれていない。

 どこにでもある光景のはずなのに、決定的におかしい。


 窓の外が、白い。

 空も雲もない。

 世界が、ここで切り取られている。


 「……起きてる?」


 声に、肩が跳ねた。


 同じ制服を着た少女が、数歩離れた場所に立っている。

 だが、細部が微妙に違う。

 校章、色合い、縫製。


 「ここ、どこか分かる?」


 「……分からない」


 即答だった。

 考える余地すらなかった。


 日本の学校。

 それだけは分かる。

 なのに、ここに来た経緯が完全に抜け落ちている。


 廊下から、足音が聞こえた。


 カツ、カツ、カツ。


 一定の間隔。

 迷いのない歩調。


 少女の表情が一瞬で変わる。


 「……隠れたほうがいい」


 理由は聞かなかった。

 聞く前に、背筋が冷えた。


 ――見られたら、まずい。


 本能だけが、そう告げていた。


 俺たちは走った。

 人気のない廊下を抜け、角を曲がり、突き当たりへ。


 足音は、確実に近づいてくる。


 逃げ場のない場所。

 そこに、使われていない扉があった。


 反射的に押し込む。

 扉を閉めた瞬間、

 廊下の音が、嘘のように消えた。


 ノブが回される気配はない。

 そこに誰かが立っているはずなのに、入ってこない。


 部屋の中は、学校の一室に似ていた。


 簡易ベッド。

 空のロッカー。

 古い机。


 壁に掛けられた時計は、止まっている。


 「……変だね」


 少女が、低く言った。


 「追ってこない」


 俺も同じことを感じていた。

 息ができる。

 考える余裕がある。


 安全だと断言はできない。

 でも、今はここにいていい。

 そんな気がした。


 天井から、微かなノイズが流れる。


 スピーカーが起動した。


 『ようこそ』


 感情のない声。

 なのに、妙に耳に残る。


 『ここは、閉じた世界だ』

 『すでに起きた出来事が、君たちを待っている』


 机の上の端末が、ひとりでに点灯する。


 表示されたのは、短い一文。


 ――世界は、記録されている。


 意味は分からない。

 だが、なぜか胸が痛んだ。


 まるで、

 知ってはいけないことを、見逃しているみたいに。


 『それでは、開始する』


 止まっていた時計の針が、音もなく動き出す。


 カチ、という音はしない。


 まるで、

 一度止められていた物語が、再生されたかのように。


 教室の外で、何かが軋む音がした。


 遅れて、理解する。


 ――もう、事件は始まっている。


 世界は閉じたまま、動き出した。

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